第25話
3日目は街の外で体を動かす日だ。朝一番でギルドに顔を出してカオリが受付から情報を仕入れてきた。街の南側の森にシルバーランクが相手にする魔獣が生息しているらしい。
「がっつりとやるんじゃなくて体を動かす感覚でのんびりやりましょう」
カオリのその提案には俺も賛成だ。旅行に来ているんだからガツガツやる必要はないよ。それにしても2人とも元気だよ。こっちは睡眠不足で腰が痛い。こういう時に精霊士でよかったと実感する。戦闘中は後ろから魔法を撃っているだけでいいから。
ギルドから教えてもらった森の奥に行って出会う魔獣を倒していくがポロの森の中に比べると接敵の頻度も少ない。効率を重視している訳じゃないのでこれくらいで十分だよ。
サンロケに戻ってから昼ごはんを食べようと言うので昼ごろまで森の中で狩りをした俺たちがギルドに戻ってきたのは昼過ぎの時間だった。移動で往復2時間、現地で3時間ちょっとの活動。個人的にはポロでもこれくらいの感じでにの活動でいいんだけど。でも実際そうなると金策ができなくなって生活が苦しくなるのは分かっている。働かざる者食うべからず。昔の人はいい事言ったよ。
精算が終わると俺たちは市内のレストランに移動する。昼のピークの時間が過ぎていたのでレストランの中は空いていた。
「今日はこれからまた市内をぶらぶらするとしてさ、明日も今日と同じ感じでやらない?朝から昼過ぎまで外で体を動かして戻ってきてから市内をうろうろするの」
魚介のスープをスプーンで掬って飲みながらカオリが言った。美味しそうなスープだな、明日はこのスープを注文しよう。そう思いながら話を聞いているとユキもそれでいいと言う。
「俺もそれでいいよ」
2人から聞かれる前に答える俺。決まりねというカオリの言葉で明日の予定が決まった。
俺たちは結局1週間いたが3日目からは午前中は外で体を動かして、街戻ってきたあと、午後は市内をあちこち回ってショッピングをするというパターンで過ごした。
戦闘自体は格上を相手にしていないので本当に体を動かす程度なんだけどそれでも魔石をギルドに提供することで多少の金策にもなる。
サンロケの街では初日にミキサーを買って、その後は市内で気に入った小物、食器や置き物を各自が買った。俺もいくつか小物や置物を買ったよ。アパートの部屋が殺風景だからアクセントにはなるだろう。
最後の日はがっつりと海産物を買う。宿と店を何度も往復して大量に海産物を仕入れた俺たち。最後の夜は店の人に教えてもらった海鮮料理屋に行った。結局毎回レストランを変えていたことになる。俺は同じ店の同じ定食でも全然困らない人なんだが女性陣は色々とあるらしい。もちろん店を決めるのはカオリとユキの2人だ。俺は付いていくだけでいいので気が楽だよ。テーブルに座って料理を注文するとカオリが言った。
「この旅行、いい気晴らしになったわね」
「そうだね。海産物が美味しいし、良い気分転換になったわ」
ユキとカオリはこの街には旅行、気晴らしで来るのが丁度いいと言っている。彼女たちによるとこの街は冒険者として活動するには厳しい街だと言う。実は俺もそう思っていた。街の周辺には強い敵がいない。強い敵を相手にするには街から離れた場所に行かないといけない。効率的ではないので当然冒険者としての見入りが減る。
ポロの街なら街の外にいろんなランクの敵がいるから相手には困らないし数も多い。冒険者になるしかない自分たちから見ればポロの街の方がずっと良い暮らしができる。
この街で冒険者をやっていたらいつまでも安アパート暮らしから抜けられなかったかもしれない。周囲に聞こえない声でカオリが言う。
「途中のレンネルの街もイマイチだったし、私たちはポロ住まいで大正解かもね」
「そうだね。ユイチはどう思った?」
こっちに話を振られると分かってたからしっかり考えてたよ。
「レンネルは治安がよくない、ここサンロケは海産物は美味しいけどそれだけ。冒険者として生きていくのならこの3つの中じゃポロの街かな」
俺がそう言うとそうだよねと2人が言ってくれた。
「でも気晴らしにこうして他の街に出かけるのは賛成だよ。2人も言ってるけど良い気分転換にもなるし、この街で見つけたミキサーの様な街独特の商品が他の街にもあるかもしれないしね」
「ユイチの言うとおりだよ。ポロをベースにしてたまに観光にいきましょう」
翌日俺たちは1週間世話になったサンロケの街を後にする。街中と街の周辺は冒険者や商人らが行き交っていて人が多いのでしばらくは街道をレンネルに向かって歩いていく。
「今日もいい天気ね」
「そうだね。風が気持ちいいね」
そんなことを言いながら歩いている2人。俺は一晩中2人の相手をして腰が痛いのと睡眠不足で元気がないというのに女性2人はめちゃくちゃ元気だよ。そう、最後の夜はユキの部屋に3人で泊まって朝方まで2人のお相手をしていました。嫌だったとかじゃないんだよ、逆にすごく良かったんだけどさ、翌日は若い俺でも流石にぐったりだよ。
街を出て半日ほど歩くと行き交う人も少なくなってきた。俺たちは獲物を探すと言った感じで森の中に入っていく。
「大丈夫よ」
周囲を警戒してきたカオリが俺の右腕にしがみついてきた。左手はすでにユキがしがみついている。
「じゃあ飛ぶよ」
転移の魔法を唱えた俺たちは次の瞬間にさっきとは違う森の中についた。そのまま再び転移をする。
「今度は私がやるわ」
そんな感じで俺がメイン、時々ユキが転移の魔法を使って人気のない場所を移動し続けた俺たちは往路の半分以下の時間、4日でポロの郊外に戻ってきた。
森から出ると見慣れた景色が目に入ってきた。
「あー、この景色、なんか落ち着く」
「だね。それにしてもユイチとユキの魔法はすごいね。行きの半分以下だよ」
2人の話を聞いている俺もそう思っていた。ポロの街の郊外、知っている景色が目に入るとやっと帰ってきたなという気になるよ。
ポロの街の城門を潜って市内に入るとさらにほっとする。異世界に飛ばされた俺にとってはこのポロが俺の実家のある街みたいなものだ。
とりあえず戻ってきたという報告をギルドにした俺たちはそのまま市内のレストランに足を向けた。お疲れ様と料理の前に来たビールを飲む。ビールを飲み干した頃に料理が運ばれてきた。
「久しぶりのポロの料理。なんだか懐かしいね」
「本当ね。ポロの料理もこれはこれで美味しいよ」
少し濃いめの味付けをしている肉料理。サンロケの海鮮料理ももちろん美味しかったがこうして久しぶりにポロの料理を食べるとこっちも美味しいと感じる。
レストランから出てアパートに帰った俺たちは収納から向こうで買った海産物やそれ以外の小物などを俺の部屋で広げると3人で分配をした。魔道具の冷蔵庫が海産物でパンパンになったよ。
3人で話をして明日は休養日としてその翌日から外で体を動かして冒険者の活動に慣らしていこうということになった。方針が決まると2人はシャワーを浴びるわと、自分たちの荷物を持ってそれぞれの部屋に戻っていった。
1人になった俺もシャワーを浴びると私服姿でベッドに横になる。
ポロの街に来た時には死ぬまでこの街の片隅で地味に暮らしていこう、なんて考えていた俺だが実際は安宿からアパートに引っ越しをし、仲間もできて一緒に他の街に出向いてみたりと当初の計画、ライフプランからは大きく変わってきている。冒険者のクラスだってせいぜいブロンズで良いと思っていたのがいつの間にか気がついたらシルバーだ。
ただこんな変化もすんなりと受け入れられる様になっているってことは自分も少しは進歩しているのかもしれない。
カオリとユキに引っ張られているとはいえ自分でも以前よりはずっと積極的になってきたと思っている。環境が人を変えるのかもしれないが、この変化は悪い変化じゃない。そう考えることにする。