第24話
城門を潜って市内に入るとまずは冒険者ギルドに顔を出す。事前の調べだとこのサンロケは強い魔獣があまり生息していないこともありこの街での冒険者ランクの最高位はシルバーランクだ。滅多なことにはならないだろうとギルドの扉を開けると夕刻でもありそこそこの冒険者達がロビーや酒場に集まっていた。
扉を開けて中に入った俺たちに視線が向けられるがその中を歩いてカウンターに着くとカオリが言った。
「ポロからやってきたシルバーランクの3人なんだけど、ここに来る途中で倒した魔獣の魔石を買い取ってもらいたいの」
そう言ってギルドカードを受付に置いた。
「シルバーランクのカオリさんですね。分かりました。査定をしますので少しお待ちください」
受付嬢がシルバーランクと言ったのが聞こえたのだろう。こちらを見ていた数名が視線を外した。低ランクだったら絡んでやろうと思っていたのか?勘弁してほしいよ。トラブルは苦手なんだよ。それにこのお姉さん2人は美人だけどキレたら怖いんだよな。
そんなことを考えている間に査定が終わった様だ。いくばくかの金貨を手に入れるとそのままギルドを出る。
あれ?宿のことは聞かないのかな?と思っているとギルドを出たところでカオリが俺たちに顔を向けた。
「ここには1週間ほど滞在するつもり。ギルドにいた冒険者の男の人に泊まっている宿を知られたくないでしょ?だから敢えてあそこで聞かなかったのよ」
なるほど。色々考えているんだ。それにしても男の扱い方に慣れてるな。前職の影響か?
「じゃあ街の中で聞き込みしながら探そうか」
ユキの提案で俺たちは市内をぶらぶらしながら屋台のおばちゃんや店のおっちゃんらに聞き込みをする。その結果皆が勧めてきた『潮騒』という宿に泊まることにした。
「『潮騒』はお勧めだよ。部屋は広いし壁が厚くて静かなんだよ。ちょっと高めだけどそれだけの価値はあるよ」
こんな声が多かったんだよ。教えてくれた『潮騒』という宿は大通りから少し入ったところにあった。3階建のがっしりとした建物だ。それにしても港町というのはどこも同じだな。何というかいいんだよね。どこにいても潮の香りがするし。
扉を開けると正面がフロントになっていて女性が2人立っていた。もちろん交渉の窓口はカオリだ。俺とユキがフロントの近くにある椅子に座って待っているとしばらくして部屋のキーを持ってカオリがやってきた。
「3階のダブルベッドの部屋が2つ取れたわ。とりあえず1週間押さえたの。この宿は1階はレストランとフロントで部屋は2階と3階だって」
そう言ってキーをヒラヒラとさせる。冗談なのかと思っていたけど本当に2部屋しか取らなかったんだ。びっくりすると同時にワクワクドキドキしてきた。そりゃ俺だって男だからな。
行きましょうと3人で階段を上がって3階に行く。見る限り10部屋程度しかない。おそらく2階もそれくらいの部屋数なんだろう。
3階に上がるとキーの1つを持っているユキが俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「ユイチは今日は私の部屋よ。明日はカオリの部屋ね」
俺の知らない間にローテーションまで決めていた様だ。もちろんこちらに何の異論もない。ユキと一緒に部屋に入ると部屋が広い。レンネルの宿の部屋も大きいなと思ったけどここはそれ以上だ。ゆったりとした部屋に大きなベッドがあって窓からは港町と海が見えていた。オーシャンビューだよ。
「いい景色ね。景色はまたあとで見るとしてユイチ、一緒にシャワー浴びよ」
「はい、分かりました」
色々とすっきりした俺。夕食時になるとカオリがフロントでお勧めの海鮮料理店をいくつか聞いていたのでその中の1つに向かう。この街の中の雰囲気はポロやレンネルとも違う。何というか海があるせいか開放的な雰囲気なんだよ。建物も白い壁や赤い屋根といった原色を使った建物が多い。
カオリとユキはどこそこの街に似てるねとか話しをしながら歩いているが俺の行ったことがない場所ばかりだ。元CAさんならあちこち行ってるだろうし。
レストランで出てきた海鮮料理はどれも絶品だった。しかも値段がポロよりもずっと安い。こっちの世界に来て初めて美味い海鮮料理を食べたよ。海の幸は美味しいのが多いね。お姉さん2人も美味しいと言いながら次々と頼んだ料理を平らげていた。
ある程度満腹になったところでカオリが言った。
「とりあえず2日程は市内をぶらぶらしない?それから少し街の外で体を動かしてもいいかなって考えているの」
悪くないアイデアだと思っているとユキが賛成していた。それを聞いてから俺もそれでいいんじゃないかなと言う。まず2人の意向を聞いてから意思表示をする癖は治らない。
海産物はこの街を出る日かその前日にたっぷりと買いまくろうとなった。
しっかり食べてレストランを出ると日が暮れていた。自分たちは早くこのレストランに入ったので席も空いていたが出る時には店の前に数名が並んでいた。人気のレストランだったんだ。美味しかったから列ができるのもわかるよ。
日が暮れても人通りが多くて街は賑やかだ。街の大きさは自分たちが住んでいるポロと同じ位かもしれない。通りには屋台も多く出ていた。海産物の屋台もある。日本で言う焼き蛤の様な貝を網で焼いている店があったので買ってみた。
「美味い!」
「本当ね」
「帰る時になかったら後悔するからさ、今買っちゃおう」
その場で焼き蛤を買った3人。その後も街の中をうろうろしてから宿に戻ってきた。部屋で直ぐに収納に入れる。これで腐ることもない。
翌日は冒険者の格好のまま3人で朝から市内をぶらぶらして気になった店があれば中に入るということを繰り返す。路地を歩いているとアイテムショップを見つけたので中に入ってみた。店の中には色んな魔道具に混じってポロでは見たことがない商品が売っていた。パッと見た感じは小さなミキサーにも見えるけど。知っているミキサーよりは小ぶりの大きさだ。
「これは何?」
カオリが商品を手に持って店にいるおっちゃんに聞いた。おそらく店主だろう。
「それは魚の切り身を細かく切る機械だよ。ぶつ切りにした魚の肉を中に入れてここを押すと中にある刃が回転して魚の身を細かく切り裂いてくれるんだ。ここらでは細かく切った魚の身を団子の様に丸くして油で上げて食べる習慣がある。この街じゃ大抵の家庭には1台はあるよ」
「あっちにあったミキサーみたいなものだな」
俺が2人に顔を寄せて小声で言うと2人もそうだよ、ミキサーよと言ってくれた。魚の切り身じゃなくてもこれがあると色々と便利そうだ。その場で3台買った。各自に1台、これで調理が少し楽になるぞ。
「ポロに無いのが売っていたりして面白いね」
「まだ他にもあるかもしれないわよ」
その後も市内をうろうろしながら気になった海産物はしっかりと買っていく。魔法袋に一旦いれて後で部屋で収納に移す。これで鮮度は保たれる。その後も街をぶらぶらしたが目新しいものが見つからないまま外で夕食をとって宿に戻ってきた。もちろん夕食は海鮮料理だよ。昨日とは別の店だったけどここも美味しかった。
「ユイチ、今日は私の部屋だよ」
宿に入るとそう言ってカオリが腕を組んできた。
元CAの2人は何かにつけて俺に気を遣ってくれる。もちろんこの世界にいる3人の日本人ということもあるだろう。でも最近はそれだけの理由じゃないという気もし始めている。当人達に聞く気はないが、好かれていないのならいくら同じ日本人同士だと言っても誘ってくれないんじゃないか、なんて考えたりすることもある。
いや、自分がイケメンだとかは全然思ってないよ。無いけど普通さ、嫌だと思う男と一緒にいたいと思わないじゃない? 女と付き合ったことがなかった俺でもそれくらいはわかる。
師匠によると日本がある世界に戻る方法はないという。この世界で生き続けていかないといけない。一緒にいる女性が良い人達、そして彼女たちに嫌われていなくて本当によかったよ。
「ユイチ、何やってるの、早く一緒にシャワー浴びよ」
「はい!分かりました」