第22話
2日目も村の宿に泊まることができた。ここまでは順調だ。道中魔獣にも会っていない。ただここからは暫く人が住んでいない場所になる。
「今日と明日は間違いなく野営になるわ。暗くなると周囲の景色が分かりにくくなるので夕方のうちに野営ポイントを決めましょう」
村を出る時にカオリが言った。全くその通りだ。ここからは低ランクだとは思うが魔獣とも会うだろう。今までの様にのんびりととはいかない。
街道を歩き始めて3時間が経った頃、林のそばを歩いていると林からゴブリンが3体飛び出してきた。ブロンズランクの時に相手をしていた強めのゴブリンだ。魔法で2体の頭を吹き飛ばした時、残り1体をカオリが切り裂いていた。
「この程度なら問題ないわね」
魔石を取り出した2人が街道に戻ってきた。俺は水玉を作って空中で浮かべて彼女達を待っている。
「いつもありがと」
2人が水玉に手を突っ込んで綺麗に洗っている。洗い終えて手を抜くと水玉をそのまま街道の端の草原まで移動させてそのまま落下させる。毎回やってるからもう慣れたものだ。
その後も数度ゴブリンやオークと出会ったがいずれもシルバーランクになった俺たちの敵ではなかった。街道沿いで強い魔獣は出ないというのはどうやら本当の様だ。弱目の敵を倒しながら街道を歩いていく。もちろん転移する場所をマーキングすることも忘れない。2人に貢献できる数少ない活躍の場だからな。
陽が傾いてきたのでそろそろ野営場所を探さないといけない。街道の両側は草原になっていてどこでもいいといえば良いのだがあまりに開けすぎていて周囲から丸見えになっている。盗賊はいないとは聞いているが安心はできない。
「いい場所がないわね」
そう言いながら歩いていると小さな丘を越えたところで俺たちは立ち止まる。丘の先は左側は草原だが右側はこじんまりとした林になっていてそこに複数のテントが組まれているのが見える。
「あの場所に行ってみましょう。冒険者御用達の野営エリアかもよ」
それから20分後、俺たちは林まで辿り着いた。カオリが行ってくるとテントの近くにいる冒険者のところに行って二言三言話をするとすぐに戻ってきた。
「ここはレンネルとポロの間の街道を使う冒険者や商人がよく野営する場所らしいの。こうして固まってテントを張ると盗賊や魔獣も近づいてこない。ここからレンネル寄りの場所にも同じ様な野営場所があるらしいわ」
村や街のない場所、野営前提の場所はだいたい決まっている。いつの頃からか宿のない時の野営場所が絞られてきてこの場所になったらしい。移動速度にそう大差がないので必然的に場所が同じになる。
周りを見ると皆プライバシーを守る為かテントとテントが結構離れている。
俺たちも周囲とのプライバシーが保てる場所を見つけるとそこにテントを張る。1人用のテントを張ろうかと言ったら2人から大きいテントにしようと言う。
「ユイチと一緒なら夜襲われても大丈夫でしょ?」
「そうそう。1人用のテントなら何されるか分からないしね」
そう言うことか。いや2人とも結構強い冒険者なんだけどとは思うが、それ以上にお姉さん2人一緒に寝られるとウキウキしている自分がいる。
数分でテントを組み立てた。3人でやると早いね。テントを組み立て終わって周りを見ると食事をしているプレイヤー達がいるが皆携帯食糧だ。
「流石にここで焼肉をすると怪しまれるわね」
同じ様に周りを見ていたカオリが言った。
「ユイチ、何がある?」
「飲み物は冷たいジュースがあるよ。食事はサンドイッチにしようか。それなら臭いもないし周りから見ても怪しまれない気がするんだ」
テントの中に入って収納からサンドイッチと冷たいジュースを取り出して同じく収納から取り出したテーブルの上に並べる。俺がテントの入り口に座って中にカオリとユキが座っての夕食だ。
「いいわね、冷たいジュースが美味しい」
「サンドイッチもまだお肉が温かいよ」
こうして野営をすると収納魔法のありがたみが分かる。丸1日歩いて美味しい食事にありつければ疲れも取れる。
食事が終わってテントの外に出てみると日が大きく傾いて周囲が薄暗くなってきていた。あちこちのテントで魔道具のランプをつけている。俺もテントの入り口に魔道具のランプを吊るした。いつの間にかテントの数がまた増えていた。それでも皆しっかりと距離をとってテントを張っている。小さな水玉を作ってそれでコップを洗ってテントの中にいるユキに渡すと彼女が収納にコップを納める。
周りの冒険者達は皆慣れているのか大騒ぎすることもなく数名集まって小声で話をしたり椅子に座って休んでいたりと思い思いに時間を過ごしている様に見える。
「野営の時のマナーみたいなのがあるんだね」
「そうだね。皆しっかりしてるね」
テントから外に出てきて周囲を見ている2人。空が暗くなるとテントの外に出ていた人たちが皆テントの中に戻っていく。俺たちも灯りを消してテントの中に入った。
当たり前だが何もなかった。でも俺は女性に挟まれて眠れたので満足している。
翌朝、テントの中で朝食をとるとそのまま出発だ。テントを畳んで一旦魔法袋に入れる。同じ様に野営をしていた連中も出発の準備中だ。
見てるとポロ方面に進むのが7割、レンネル方面に進むのは3割といった感じか。
「私たちも行きましょう」
というカオリの声で野営地から街道に出るとそのまま北上する。前と後ろに冒険者のパーティがいるのがそれでもたまに魔獣が出てくる。街道から外れて数度格下との戦闘をこなした俺たちは夕刻に野営地に着いた。ここも昨日と同じくあちこちにテントが張られている。ただテントの数は昨日よりも少なくなっていた。まぁ偶々だろう。
ポロの街を出てからひたすらに街道を北上してきているが周囲の景色は草原と川と林と山。日本の北海道の風景の様だ。広くて雄大な景色が続いている。最初は感動したが何時間も続くと飽きてくる。そんな風景だ。ただ電柱といった人工物がないので景色自体は本当に綺麗なんだよ。ポロの近郊でここまで雄大な景色はない。
「最初は感動したけど同じ景色が続くと飽きちゃうね」
夕食の時にユキが言った。カオリもそうだよねと同じ意見だ。もちろん俺もそうだ。
「明日は村に泊まれるよ。宿の部屋があるかどうかは別だけどうまく泊まれれば水浴びができるかもしれない」
次の日、俺の見立て通り村に着いた俺たちはここでも運良く宿の部屋を取ることができた。水浴びをしてしっかりと休んだ6日目の昼過ぎ、目の前にレンネルの街の城壁が見えてきた。転移の魔法用のマーキングで街道から外れて森の中をウロウロとしていたので当初の予定より1日遅れていた。ただこっちは観光が目的だ。少々遅れても何も問題ない。
「やっと大きな街に着いた」
城門で冒険者カードを見せて中に入った俺たち。中はポロの街並みと同じく地球でいうところの中世の欧州の街並みそのものだ。
「先に宿の部屋を押さえちゃいましょうよ。シャワー浴びたい」
まず冒険者ギルドに行って途中で倒した弱目の魔獣の魔石を買い取って貰い、ついでにおすすめの宿をいくつか聞いてきたカオリ。
「冒険者御用達の宿ってのもあるけどせっかくの旅行なんだからそれよりもランクが上の宿を聞いてきたわよ」
そう言って彼女が聞いてきた宿は冒険者ギルドから10分程市内の中心部に向かって歩いたところにある『時雨亭』という落ち着いた雰囲気のこじんまりとした宿だ。通りから路地に入ったところにあり2階建で周囲の街並みに溶け込んでいる。
宿に入ると部屋は開いていた。カオリがフロントの女性と何やら話をした後で戻ってきた。
「2階の部屋が取れたわよ。ついでにお勧めのレストランも聞いてきたの」
手際がいいな。2階に上がって奥から3つ連続で俺たちの部屋で奥からカオリ、ユキ、そして一番階段に近い部屋が俺になった。アパートの並びと同じだ。宿の部屋は広くてそこに大きめのベッドにソファ、テーブル。そして机と椅子がありシャワーとトイレが部屋についている。
彼女達は部屋でシャワーを浴びて一休みすると言う。
「夕方にユイチの部屋をノックする。これでいい?」
「構わないよ」
俺はシャワーを浴びると再びローブを着て宿から街の中に出てみた。1時間ほど散歩するとおおよその街の様子が見えてきた。
このレンネルの街は交通の要所だけあって、街の作りが独特だ。俺たちが入ってきたのは南門。そこから市内に入って通りを真っ直ぐに進むとちょうど中心部に大きな噴水があってそこから東西南北の4方向に通りが伸びている。それぞれの通りの先が王都に続く街道に出る北門、ベールヒルに続く東門、そして港町サンロケに続く西門になっている。
東西と南北の街道が交差している場所に街が作られていた。街道を歩く人は必ずこの街に立ち寄る様になっている。上手くできているよ。しばらく噴水を見ていた俺はゆっくりと宿に戻っていった。