第20話
この日は3人で師匠の洞窟に墓参りに出向いた。明後日からサンロケに出かけるという報告も兼ねている。俺が3回、ユキが2回転移魔法をして無事に洞窟の入り口に着いた。この前よりもずっと早い時間に到着できたよ。
「転移魔法に慣れた?」
洞窟に入る手前でカオリが俺たち2人を見て聞いてきた。
「そうね。私は5Kmまでは問題ないかな。ユイチがいるから無理をしなくてもいいしね」
ユイチはどう?とユキが聞いてきた。
「カオリが言う通り慣れてきたのかな。飛ぶ先の場所のイメージを鮮明にした方が魔力の減りが少ない気がするんだよ」
そう言うとなるほどというユキ。魔法がイメージであるならばイメージというか転移先の情景を詳細に頭の中に描いたらどうだろうと考えてやってみたらそうなったんだよと説明をする。自分の感覚だけどね。
師匠は相変わらず洞窟の奥に骨の状態で佇んでいた。花を捧げて両手を合わせてお祈りをする。
「ところでさ、師匠って冒険者のランクはどこまで上がったんだろう?」
祈りを終えて師匠の前で車座に座って水分を補給している時にカオリが言った。
「ギルドに記録が残ってたんだよ。師匠は最終的にゴールドランクで冒険者を引退されているみたいだよ」
「「ゴールドランク?」」
女性2人が声を揃えて言ってから師匠の亡骸に顔をむけた。
「あの遺言?それを読んだら自分はたいした魔法使いじゃなかったって書いてあったけど実際はすごかったんだね」
「本当よね。謙遜してたのかな?」
おそらくそうだろう。謙遜は日本人の美徳だ。しかも師匠は言葉は悪いが昔の人だ。自分を高く評価していないのだろう。
師匠へのお参りを終えた俺たちは昼過ぎにポロの街に戻ってきた。朝出てお参りをして昼過ぎには街に戻ってきたんだよ。以前なら考えられない。街の近くまで戻ったらもっと早かったんだろうけどバレちゃいけない魔法なので街から少し離れた人気のない森に飛んでそこから歩いて戻ってきた。
今日の午後と明日は遠出の準備だ。食料品は明日買うことにして遅めの昼食をとった俺たち3人は市内のアイテムショップに顔を出す。テントや寝袋を買わないといけない。
俺は各自が1人用のテントを買うものだと思っていたが店に入るとユキが3、4人用でいいじゃないのと言った。
「1人が見張りで2人がテントで休んだらいいじゃん」
「そうね。気を使うこともないしね」
と言うことらしい。すごく魅力的は話だが、それはそれとして別に1人用もあった方がいいんじゃないのという俺のアドバイスも聞いてくれて結局1人用のテントを各自が買ってそれとは別に4人用の大きめのテントを1つ買った。寝袋もとりあえず各自で購入する。あとは肉や野菜を焼く鉄板だの頑丈な木製のマグカップだの、まるでキャンプ用品を買う感覚で次々と買っていく。周囲に敵がいるかいないかの違いだけでやることはキャンプそのものだものな。
店の人から野営をするのならこれがあると便利だよと勧められたのが魔道具のランプだ。テントの中で使えるし魔力を注ぐと何度でも使える優れものらしい。もちろんそれも購入する。3つほど買った。街の中で収納魔法を使う訳にはいかないので買った品物は魔法袋の中に放り込んでいく。
「衣服は買わないの?」
アイテムショップを出たところで2人に聞いた。
「私服で歩いているとナンパされたり絡まれたりすることがあるらしいのよ。だからポロの街以外の街の中を歩く時は冒険者の格好をしていると良いって知り合いに教えて貰ったのの。それに私服はポロの街中だと品数も多いし値段も安いから買うとしてもポロの街ね」
ポロの街なら市内の様子も知っているし私服で歩いても安全だが、知らない街だと治安の良い場所、そうでない場所がわからない。冒険者の格好だとまず絡まれないらしい。
ユキの話を聞いて納得したよ。女性ならではの護身術の1つなんだな。
「ユイチは私服は持ってるの?」
「一応。でも普段から外に出る時は大抵ローブにズボンだよ。杖は魔法袋に入れてるし」
「男性は楽でいいわよね」
その後もいくつか小物を買った俺たち。10日間の移動とはいえ途中に街や村もある。恐らく宿もあるだろう。となると実質の野営は3、4日くらいか。今日買った分で何とかなりそうな気がする。
日本と違ってネットがないこの世界では宿の事前予約なんてシステムは存在していない。その場で空き部屋があるかどうかを聞いて部屋があれば泊まる、なければ野営。シンプルで分かりやすいよ。
その後は下着や小物を買うという2人と分かれて俺は1人で市内をウロウロする。遠出に必要な物は買ったと思うけど買い残しがあるかもしれない。
こうして1人で街の中を歩くのは久しぶりだ。カオリとユキとに出会う前は街を詳しく知ろうと結構歩いていたが3人で活動を始めてからは2人に丸投げしていて、よく行く場所と言えば武器、防具屋以外だと図書館かギルドの資料室くらいだものな。
目的もなく大通りから路地に入ってみるとアイテムショップの看板を掲げている店を見つけた。
『アイテムショップ ロココ』
この店は初めて目にするぞ。この世界ではウィンドウに商品を並べている店は多く無い。衣料品店はウィンドウに飾っているがそれ以外の店は外から中の様子が見えないのがほとんどだ。目の前のアイテムショップもウィンドウがなかった。
「こんにちは」
木の扉を開けて店の中に入ると外から見た感じよりもずっと広くなっていた。そしてほとんどの商品が魔道具と呼ばれている物だ。
「いらっしゃい」
声がして奥から中年の女性が現れた。この街は女性の店主が多いのか?いやたまたまだろう。
「中を見させて貰っていいですか?」
「もちろん、ゆっくりと見てってくれよ、どうせ暇だし」
中には様々な物が売っている。冒険者御用達と言った感じではなく一般の市民が使う様な魔道具が綺麗に並べられている。自分のアパートの部屋にある火の魔石を使って料理ができるコンロも売っていた。
「冒険者だよね。ランクを聞いてもいいかい?」
置かれている品物を見ていると後ろからおばちゃんの声がした。
「最近シルバーランクになったユイチという精霊士です。明日から仲間とサンロケに遠出する予定なんですよ」
おばちゃんは私の名前はロココだよと言った。ショップの名前はおばちゃんの名前から取ってるんだ。
「遠出となると野営になるね。テントとかは持ってるのかい?」
自己紹介をしたロココおばちゃんが聞いてきた。
「ええ、買いました」
「じゃあこれなんかどうだい?意外と効果があるんだよ」
おばちゃんが棚に置いてある商品を手に持って近づいてきた。一辺が20センチほどの立方体の形をしている。中には見たことが無い色の魔石が入っていた。手に持ってみると結構重量感がある。
「これは魔除けの魔道具だよ。この中の魔石に魔力を通すと低ランクの魔獣が近づかなくなる。100%効果があるとはいえないがそれでも低ランクの魔獣に襲われる確率はグッと減る。街道沿いで野営するのならこれを置いておけばまず大丈夫だね」
「魔除けの魔道具なんてあるんだ」
おばちゃんに言わせるとアイアンランクの冒険者が倒している魔獣ならほぼ100%近づいてこない。ブロンズランクの冒険者が相手にしている魔獣でも50%以上の確率で近づいてこないらしい。
「どういう仕組みになっているのかは企業秘密らしいけど効果があるのは間違いないよ。これを買った冒険者達から聞いているからね」
使い方は簡単でテントを張ってその周囲、四隅に置くだけでいいらしい。魔力を注ぎ込むと一晩は間違いなく持つ優れものだという。値段を聞くと結構いい値段だが買えないことはない。とりあえず4つキープをして他にお勧めがあるか聞いてみた。
「ユイチは男性だからね。女性ならこれがお勧めだよ。ユイチが買って女性に差し上げたらどうだい?」
手に持っているのはペンダントだ。小さな魔石が組み込まれている。
「これは本来は解毒用のペンダントなんだよ。中には解毒の魔法が組み込まれた魔石が入っている。猛毒には効果はないけどそこらにいる蛇や蠍に噛まれたくらいならこいつが毒を解除してくれるよ」
魔獣じゃない普通の毒を持っている生き物の毒には効果があるらしい。でもそれならユキの魔法で十分だ。ただ気になる言い方をしていた。
「本来は?」
俺がそう聞き返すとおばちゃんがニヤリとした。
「解毒効果があるって言っただろう?その効果の一つに妊娠を防ぐ効果もあるんだよ」
ん?男のあれは毒なのかよ。そう思っているとおばちゃんが続けて言う。
「妊娠させたらやばい相手と遊ぶ時には必須だね。避妊具になるんだよ。ちなみに色街の娼婦達は皆持ってるよ」
避妊効果があるんだ。すごいアイテムだ。いや本当に。これ日本に持ち帰ったら飛ぶ様に売れるんじゃないか?でもあれが毒、または毒扱いというのはどうなのよ。でもそこに突っ込んだら負けなんだろうな。俺が黙っていると納得しみたいだねと俺の表情を見ていたロココおばちゃん。
「ユイチから女性にプレゼントしてあげたら喜ばれるよ。あんたなら魔石に魔力を注ぐのは問題ないだろうし」
効果が効果だけにそれなりの魔力が必要になるらしい。ただ1度魔力を注ぐと長い期間効果がある。1ヶ月くらいは全然問題ないらしい。魔石の輝きがなくなってきたらまた魔力を注げば何度でも使える。
お値段を聞くと結構な値段だ。さっきの魔除けの魔道具もいい値段がした。ただ買えない金額ではない。
「分かった。魔除けの魔道具1セットとこのペンダントを2つ買うよ」
万が一騙されたとしてもその時は俺がバカだったと思うことにしよう。この街にきてぼったくりや騙しの店を見たことがない。その運というかツキを信じることにする。