第19話
受付嬢がカオリに言っていた通り、翌週俺たち3人はシルバーランクに昇格した。
「これで一人前の冒険者になりましたね」
新しいシルバーのカードを渡しながら受付嬢が言った。
「シルバーランクになったのを機会に他の街に行ってみようと考えているの」
カードを受け取ると代表してカオリが言った。
「分かりました。冒険者の行動は自由です。ただ出来れば街を出る時と帰ってきた時はこのポロのギルドに報告してください。向こうでのギルドへの報告は自由ですので報告しなくても構いません」
ギルドとして所属している冒険者の動向をできるだけ掴んでおくと言うのが報告を必要とする意図らしい。ギルドを出た俺たちは市内のレストランで夕食を摂りながら昇格祝いをする。この日は奮発して個室を取った。と言っても実際に部屋を取ったのはカオリで俺は後から付いていっただけなんだけど。
「目標のシルバーランクに到達したことを祝って乾杯!」
「「乾杯」」
グラスに入っているビールを口に運ぶ。余り酒は飲まないが今日は飲む日だ。たまに飲むビールは美味い。
「美味しいね」
「仕事のあとの一杯、最高ね」
カオリとユキは日本ではオフ前には必ずお酒を飲んでたらしい。仕事が接客業でストレスが溜まりやすいそうだ。飛行機の中や飛行機から降りる時におっさんから名刺を渡されるのはしょっちゅうだし、チャットアプリのIDを書いたメモを渡されたこともあるのだという。また、やりたいオーラ丸出しで話かけてくる乗客がそれなりにいるらしい。それでも笑顔を絶やさないのがCAの仕事だそうだ。
「だからお酒を飲んで仕事のストレスを解消してたのよ」
「この世界に来てからはストレスが減ったのでお酒の量や回数も随分と減ったわよ」
いやはやご苦労様です。
食事をしながら明日からどうしようかという話になった。
「とりあえず明日は装備の更新かな」
「そうね。そして新しい装備に慣れてから遠出になるかな」
カオリとユキの話を聞いている俺はそれでいいと頷きながら食事を口に運んでいた。
「その遠出だけどさ、どこに行くかカオリのアイデアはあるの?」
「うん。最初の遠出だから余り遠くに出るのもと思ってこの街から10日程の距離のところにある港町のサンロケか山裾の街のベールヒルのどちらかかなって考えてるの」
自分の予想通りだった。カオリはイケイケに見えるけどそれはちゃんと自分たちの実力の範囲内でのイケイケなんだよな。実力以上のことはしないし無茶もしない。だから彼女がリーダーでも問題ないんだよ。
「ユイチはどこか行きたい街はある?」
「図書館で地図を見たけど今カオリが言った2箇所かなと思ってた。そしてその2つの街なら俺は海産物が食べられるサンロケがいいかな」
俺が言うと海産物いいわねという話になる。もちろん日本で食べていたものがそのままあるとは思わないがそれでも海の幸はここポロだと食べるチャンスが少ない。レストランには魚料理はあるがどれも値段が高いんだよ。
「海産物、いいわね」
そう言ったユキの言葉で決まった。俺たちは港町サンロケに向かうことになった。なったは良いが目的は何なんだろう?そう思って聞いてみた。
「それでさ、サンロケには見聞を広めるために行くの?それともガチで鍛錬目的?」
「ガチの訳ないじゃん。3人で小旅行よ」
「そうそう、そりゃ途中で魔獣を倒すわよ。でも本当の目的は違う街の様子を見て欲しいものがあったら買ってという観光旅行ね。せっかくこの世界にいるんだからあちこち見て回りたいじゃない。途中で倒した魔獣や魔石を買い取ってもらうためにギルドには顔をだすけど向こうでクエストを受ける気はないわよ」
2人の話を聞いて盛大に安心する。俺が安堵の表情になったのを見たのだろう。ユキが言った。
「サンロケではさ、宿の部屋を2部屋だけとってさ、ユイチは毎晩どちらかの部屋に泊まる?」
「ユキ、それいいじゃん」
「でしょ?」
俺の意向は参考にされない様だ。でも悪くない話だと思ってしまう自分がいる。まぁ宿の件は実際にサンロケに行ってからの話だ、彼女達は今はこう言ってるが実際に現地に行けば3部屋押さえて何もなく平和に終わることも十分にあり得るからね。過度の期待はしないでおこう。
「でもこのタイミングでユイチとユキが新しい魔法を会得したのは大きいわよ。海産物をたっぷりと買い込んで戻ってこようよ」
収納魔法の中では時間が止まっている。たっぷりと買い込んでも何も問題ないな。
「ユイチはお魚は捌けるの?」
「3枚に下ろしたり刺身を切ったりするのならできるよ」
「それなら安心ね」
どうやら俺が2人の役に立つ場面がありそうだ。おんぶに抱っこ状態だからたまにはしっかりと貢献しないと。
翌日俺は市内の防具屋に顔を出した。装備関係の購入は個人個人で時間をかけてやった方がいいだろうとこの日は3人が皆バラバラになっている。
最初に装備を買った店が行きつけになったというほどじゃないが、それでも定期的に顔を出していたので店のおばさんは俺のことを覚えている。シルバーランクになったんで装備を変えたいんだと言うとちょっと待っておくれと奥からローブとズボンを持ってきた。濃紺のローブと同じ色をした長ズボンだ。ローブには白の縁取りがされていて美的センスが乏しい俺が見ても格好がいい。
「精霊士用のローブとズボンだよ。今ユイチが身につけているのよりも数段上だね。魔力が増大し魔法命中が上がる。そして軽くて丈夫なんだよ。シルバーになったのならこれくらいの装備はしてないと格上の魔獣を相手にした時に魔法がレジストされちゃうよ」
格上と戦闘をする予定は今の所無いがおばちゃんの勧めるのは悪いものじゃないんだろう。金額も防具として考えていた予算内に収まる。
これをお願いしますとおばちゃんが勧めてきたローブとズボンを買った。その場で着替える。
「今ユイチが来てる防具はまだ市場に出回ってないんだよ。最近うちの店に入ってきた新着さ。性能は保証するよ」
俺はありがとうございましたとお礼を言ってから店を出るとその足でこれも最初に杖を買った武器屋に顔を出した。そこでシルバーランクになって装備を変えたいんだというと数本の杖を持ってきた。どれも魔力と魔法命中がアップする効果がついている杖らしい。値段はどれもそう変わりがなかったので杖を持った感じが一番しっくりとくる杖を買った。
これで何とか格好がついた。
翌日朝アパートの廊下で3人が集まるとそれぞれが装備を更新していた。お姉さん2人の装備も見慣れた装備から新しいのに変わっている。
カオリはズボンに上半身は長袖の軽そうなアーマー姿だ。片手剣も新しいのに買い替えている。
「以前の皮の防具よりも軽くて丈夫なの。それに動きやすいのよ」
「似合ってるね」
「ほんと?ユイチが言ってくれると嬉しいわね」
ユキの装備は薄い茶色の落ち着いたローブとズボンで俺と同じく白の縁取りがしてある。これもまた似合ってる。似合ってるというとありがとと返してくれる。彼女が装備を買った店は俺が買った防具屋さんと同じだった。市内のあちこちの防具屋を見て回ってからあの店に顔を出すと言っていたので俺とは別行動をとっていた。女性は買い物が好きだからね。
「ユイチのも格好いいじゃない。精霊士って感じだよ。あの防具屋さん、良いものを置いてるわね。値段もリーズナブルだし」
新しい装備に変えた俺たちはギルドでクエストを受ける。シルバーになると魔獣のランクがまた一段上がって森の奥で上位の獣人のオークや虎や熊などの四つ足の猛獣が狩りの対象となる。
この日はまずは従来のシルバーランクの対象を何体か倒してから森の奥に進んでいった。万が一やばい事態になったら転移魔法でその場から離れる事ができるとわかっているので気が楽だ。
結局転移魔法を使わずに森の中でシルバーランク対象の魔獣や獣人を倒して夕刻にポロの街に戻ってきた。精算をすると一人当たり金貨4枚になった。
「これは助かるわね」
「本当ね。でも無理をしないでおきましょう。今日も倒せていたけど以前より時間がかかってるし」
市内のレストランでカオリとユキが話をしているのを聞いている俺。ユキの言う通りで討伐に以前よりも時間がかかっている。慎重になるのは良い事だと思う。特に四つ足は足が早くて素早い。その動きを避けながらの攻撃なので時間がかかってしまっていた。
俺は例によって最初は魔法の威力の加減がわからなくで敵を爆発させてしまったが慣れると以前と同じ程度の魔力でシルバーランクの対象の敵を倒せる様になっていた。いい加減学習しろよと言う話だよな。
おそらく装備が良くなっているから以前と同じ感覚でいけたのだろう。ユキの強化魔法は俺が見ても以前とは大違いでしっかりとカオリにかかっているのが分かる。魔力は俺よりも落ちるかもしれないが魔法の撃ち方、使い方は見習うべき点が多い。カオリは装備とユキのバフの相乗効果で素人の自分が見ても動きが軽やかだよ。2人ともすごいよ。置いていかれない様にしなければ。