第14話
ブロンズ級になっても活動のパターンは変わらない。と言うか俺はお姉さん2人についていくだけなのだが、彼女達も自分たちの実力以上の事をしようとはしなかったので助かっている。自分としては今のクラスで十分。ブロンズなら街から遠くに行かなくてもそれなりに稼げる。
パーティを組んでから半年以上も経てば俺達も冒険者の中で知り合いというか言葉をかわす程度の関係になる人が増える。とは言っても実際はカオリとユキが知り合いを増やしていくのに俺が乗っかっているだけなのだけど。彼女達は仲良くなった女性冒険者から街の外の狩場の情報や市内の情報(主に美味しい喫茶店や安くて品質が良い衣料店だが)を聞いている様だ。
ポロの街所属の男性冒険者からは美人2人と一緒にパーティを組んでこのぉ、と羨ましがられたりするが、実は3人が同じ日本人だからとは言えずにまぁなとか言ってごまかしている。幸いというかこのポロの街に所属している冒険者の女性の中には美人が多い。男性の関心がカオリとユキに集中しないので助かっていた。これがそうでなかったら俺は嫉妬にかられた男達から何をされたか分かったもんじゃない。いい女と一緒にいるからちょっとシメてやろうぜとか思われたのではたまらない。俺は基本目立たず、地味に暮らしていきたいんだよ。
活動が休みの日は相変わらず部屋でゴロゴロしている。もともとアウトドア派ではない俺は部屋でのんびり過ごす事が苦痛にならない。スマホがなくとも時間は潰せる。ライトの魔法はそうやって暇な時に少しずつ練習をして覚えた魔法だ。今は空中に水の玉を浮かせる練習をしている。これができると手を洗う時にその水球に手を入れれば済むし、顔を洗う時も楽になるんじゃないかと。
水球を作って空中で静止させるのは思っていた以上に魔力のコントロールが難しい。それでも何度も練習をしているうちに、最初はゴルフボール位の大きさだった水球が今ではバレーボール位までの大きさを作って安定させることができる様になった。
これでまた楽になるぞ。少しでもお姉さん達に貢献しないとな、見捨てられても困るし。魔法の鍛錬は集中力が必要なので時間が経つのが早い。スマホのないこの世界でこれが俺の休日の過ごし方だ。
アパートにも慣れて数ヶ月が過ぎた。
例によって休日を部屋でゴロゴロして過ごした俺。そろそろ夕食の時間だから屋台で定番の串焼きでも買おうかなと思っていると部屋がノックされてユキが顔を出して中を覗き込んできた。
「ユイチ、夕食は?」
「まだ。これから屋台でも行こうかなと思っていたところ」
「じゃあ私の部屋で一緒に食べない?夕食を作ったんだけど多くて1人で食べきれられないのよ」
願ったり叶ったりと隣のユキの部屋に行くとこれが同じアパートなのかと思う程に綺麗な部屋だった。ちょっとした小物が置いてあったり、家具やカーテンも統一感があって落ち着く。冒険者活動をしない日ということもありユキはシャツにパンツという私服だった。普段ローブ姿なので私服が新鮮だ。
「いい部屋だね」
「何言ってるの、ユイチと同じ間取りでしょ?」
「そりゃそうだけどさ、俺の部屋は殺風景というかほとんど物がないから」
そんな話をしながらテーブルの上に料理を並べていく。テーブルの上に料理が並ぶと向かい合って座り、ビールで乾杯をする。
「いただきます」
一口食べると美味しい。美人で料理も上手い。天は二物を与えているんだ。カオリは今日はずっと外出しているらしい。休日まで一緒じゃないんだ。
「そりゃそうよ。仲はいいわよ。だからこそこうやって2人が一緒じゃない時間が必要なの。でないと長続きしないのよ。特に女同士はね」
そう言うものなんだ。基本ボッチだった俺には分からない世界だ。食事をしながら自分たちのことを話してくれた。こうやって2人の話をゆっくりと聞くのは初めてだ。
同期入社で入った2人は最初からウマがあったらしい、そうして地方のローカル線のフライトで一緒になって飛んでいたと思ったら異世界に飛ばされた。
最初の異世界では毎晩2人で泣きながら帰りたいという話をしていたと話すユキ。
「自殺しようか、なんて話てたの。そこまで追い詰められてたのよ」
「それくらいに最初の世界は酷かったってことか」
無能扱いされてあっという間にまたこの世界、2度目の世界に飛ばされた俺は最初の世界の事を全く知らない。
ユキによると、人殺しのために異世界から人を呼んで人殺しの訓練をさせるというその考えがもう普通じゃないと言う。それについては俺も同意だ。カオリも同じ考えで2人でなんとか逃げたいと言っていたらしい。
「それで野営の時にカオリがね、この場所はあの最初の小屋から遠くないところだよって言ったの。その言葉で決めたのよ。逃げようって」
俺が消えたというのが一縷の望みだったらしい。2部屋あった小屋のもう1つの部屋、俺が行った部屋ならどこかに転送されるんじゃないか。それを信じてあの小屋まで逃げたのだと言う。
「日本に戻れるとは思ってなかったの。でもこの世界じゃなければもうどこでもいい。それくらい追い込まれていたのよ」
そのあとは俺も知っている。森で出会ってポロの街に移動してこうやって冒険者として生活をして落ち着いてきている。
「カオリはもともと積極的でね。私はどちらかと言えばのんびりタイプ。だから大抵カオリが決めてくれるんだけどね。ユイチも分かってると思うけど彼女決して自分勝手じゃなくて方針を決めてからこれでいい?って聞いてくれるの。だから安心できるのよ」
「それはわかるよ。気を使ってくれているなって俺でもわかるから」
ユキもカオリもこっちの世界、ポロの街にすっかり馴染んでいる様だ。
「それでこれからどうしようって話をカオリとしてたの」
「これからどうするって?」
俺はポロの街で地味に生きたいと思っているが彼女達はどう考えているのか。俺が黙っているとユキが将来の話、未来の話よと言った。
「まずはシルバーランクを目指すのは決まりなのよ」
そうなのか。俺はブロンズで…いや、言うのはよそう。黙っているとユキが続ける。
「シルバーになったら一人前の冒険者でしょ?そこからどうしようかって話」
「どうしようかって?」
伺う視線でユキを見る俺。
「他の街にも行ってみようかってカオリが言ってるの」
えっ!と思わず声が出てしまった。ユキが俺をじっと見る。
「私もカオリもユイチがこの街でのんびりと過ごしたいというのはわかっているの」
やっぱりバレてたか。2人とも俺がこの街にずっといたいというのは分かっていたという。その上でどうしようかという話をしているらしい。
「先に言っておくけどね、ユイチと別れるとか、パーティをを解散するとかは私もカオリも全く考えていないから」
「そりゃどうも」
と言うことは俺も他の街に一緒に行こうってことになるのかな?
「それでね、ユイチに提案。シルバーになったら遠征しない?この街を出るんじゃなくてこの街のこのアパートの部屋はそのままで他の街に観光がてら探索に行くの。というか観光メイン」
「生活のベースはとりあえず変えないって事だよね?」
「そう。カオリも私もこのポロの街が嫌いとかは全然ないのよ。何でも揃っているし冒険者ギルド所属の人たちはもちろん、街の中にも悪い人がほとんどいない。だからベースはこの街。たまに他の街に観光に行くってイメージかな」
頭の良くない俺でもわかる。2人は俺に随分気を使ってくれている。
「分かった。2人のアイデアでいいよ。まずはポロでシルバーランクを目指す。そのあとは近くの街を見て回る。せっかく異世界にきているから色んな場所を訪れるというのも悪くないよね」
1人ならとても怖くて街から離れるなんて出来ないけど、カオリとユキと一緒なら何とかなるだろうという気がしている。基本自分はチキンだが2人が優秀だからと自分自身を納得させた。
「ありがとう。カオリには言っておくわ」
「お願いします」