第128話
結局今回の遠出で俺は新しい精霊を呼び出すことはできなかった。カオリとユキが焦らずにやろうと言ってくれたのが救いだよ。確かに期限がある訳でもない。ただ、精霊を召喚するトリガーは何だろうと言うのがずっと気になっていた。
休日のこの日、久しぶりに図書館に顔を出した。知っている司書のお姉さんが、あら、久しぶりね。なんて表情で俺を見ている。心の中は分からないけど、俺の印象はそうだ。そう言えばこの司書さんはナッシュ先生の本が好きだと言ってたな。先生が亡くなられた事は知ってるんだろうか。俺が言ってもいいけど、何で知ってるの?とか言われたら返事が出来ない。でも普通読者の人って著者についても知りたい人って多いんだろうと思う。著者が亡くなったという事はもう新作が出ないって事だ。う〜ん、言っていいものかどうか。
悩んだ末に言う事にした。
「以前アンドレア・ナッシュ先生の本について伺ったことがあるんですが」
「ええ、覚えています。先生のファンですから」
うん、とりあえず覚えていてくれたみたいだ。
「この前王都に行った時に別件で魔法学院に顔を出したんですよ。その時に教えてもらったんですが、ナッシュ先生、亡くなられたんです。体調を崩されて寝込んだまま帰らぬ人になったと聞きました」
しばらくの沈黙の後で司書の女性が言った。
「そうなんですか。ありがとうございます。確か結構なお年でしたしね。そうですか、亡くなられたのですか」
「はい」
それ以上はもう話すことがない。司書のお姉さんが教えていただいてありがとうございますと言うのに頭を下げて応えた俺は図書館の中のテーブルに移動した。
これでいいだろう。自分が考えたベストの対応だ。他にもっといいやり方があるのかもしれないけど俺にはこれが精一杯だよ。
本来今日図書館に来た目的はナッシュ先生の訃報を伝えることじゃなくて、精霊を召喚する時のトリガー、掛け声について参考になる本があるかどうかを探す事だ。
魔法関連の本にこだわる必要もないと思う。と言う事でこちらの世界で言うところのフィクションの小説をいくつか手に取ってみた。
この世界のフィクション小説は多くない。読んでみると悪人を退治する超人の話や、伝説のドラゴンを仲間にして世界中を駆け巡る冒険小説などだ。ドラゴンを呼び出す時にはどんな声をかけるのかなと思って読んでいると、特別な笛が召喚アイテムになっていた。
本を2冊読むと結構時間が過ぎていた。本はまだあるので引き続き図書館に来て読もう。俺は本を棚に戻すと図書館を出た。出る時に司書の女性がもう一度ありがとうございましたと言ってくれた。お礼を言われた経験が余りない俺は頭を下げるだけだ。どういたしまして、とか言った方がよかったのだろうか。と思ったのは図書館を出てからだ。相変わらず機転が効かないというか鈍いというか。でもこればっかりは治らないんだよな。
「ユイチは今日はどこに行っていたの?」
夕食の時にユキが聞いてきた。カオリは今日は買い物に出掛けて普段着る私服をいくつか買ってきたそうだ。ユキは午前中は部屋で精霊を呼び出して親密度を高め、午後は市内をぶらぶらとしてきたという。休日はお姉さん2人も別々に行動することが多い。以前、仲が良いからこそ一緒にいない時間が必要なのだと言っていたのを覚えている俺。
俺は精霊を召喚するトリガー、掛け声のイメージで何か参考になるものがあるかも知れないと思って図書館に行った話をする。
「なかなか難しいよ」
俺の話とため息が終わるとお姉さん2人が言った。
「ユイチ、焦らなくてもいいからね」
「そうそう。何かのきっかけさえあれば出来るんだから、のんびりやろうろ」
お姉さんにそう言ってもらえて気が楽になった。昔から悪い方に考える癖があるのでどうしてもネガティヴな発想をしちゃうんだよな。この世界に来てマシにはなったとは思っているけど、ふとした時、気がついたらマイナス思考になっているんだよ。いかんいかん。
「そうそう、図書館に行った時に司書の人にナッシュ先生が亡くなった事を伝えておいたんだ」
「確か先生の本のファンって言ってた人?」
「そう」
「それだったら言ってあげてよかったんじゃない?」
カオリとユキも伝えてあげてよかったと言ってくれている。いずれどこかで知ることになるかも知れないけど、自分が事情を知っているのなら早めに教えてあげるのがいいよな。
明日からは日帰りで森に出かける予定になっている。つまり精霊を呼び出すことができないので、食事を終えて部屋に戻った俺は部屋の中でハルとローズを召喚した。2体の精霊は最初は部屋の中を動き回って遊んでいたが、しばらくするとハルは左肩に乗り、ローズは俺が座っているベッドにジャンプして上がってくると膝の上に乗ってきた。ほぼ毎日1時間程精霊を呼び出しているので親密度はそれなりに上がっていると思う。ウサギの格好をしているローズは背中を撫でられるのが好きなのか、俺が撫でると耳を後ろに倒して目を閉じるんだよ。ハルは肩の上で足をぶらぶらをさせて、時々ステッキを取り出すと指揮者の様に動かして遊んでいる。
「来週森の奥の洞窟に行った時はハルとローズにもしっかり魔法を撃ってもらうよ」
そういうとローズは膝の上で耳をぴくぴくと動かし、ハルは俺の肩の上で立ち上がると軽くジャンプする。精霊だってたまには魔法を使いたいよな。
そうだ、今度は奥の洞窟で2泊してみるかな。それなら精霊達もたっぷり遊んで、魔法も撃てるだろう。明日お姉さん2人に提案してみよう。