第120話
山奥の街を出る朝、本館の前にはサーラ長老と今回一緒にポロの街に出向く4人が俺たちを待っていた。
「魔法袋は1人1個持たせてある」
「分かりました」
カオリが答えた。お金についても事前に彼らが持っている魔石を俺たちの通貨で買い取っているので問題ない。自分たちの買い物以外にこの街に持ち帰る品物もあるだろう。今彼らが持っているお金で十分買えるはずだよ。
サーラ長老は4人を見て言った。
「街の様子を見るのはもちろんだが、それと同時に新しい街を楽しんでおいで。自分たちはこの山奥の街の人たちの思いを背負ってやってきてるんだ、なんて考えすぎると肩が凝るよ」
長老の言葉で緊張気味だった4人の表情が緩んだよ。人心掌握術というのかな、流石だよ。
「ではお世話になりました」
俺たちはお世話になりましたといい、4人は行って参りますと言って街の城門から外に出た。
ここからポロの街までの転移も4人でやってもらう。でないとこれから先、自分たちで来られないからね。まずは各自でいつもの山の上に飛んでもらう。俺たち3人はユキの魔法で飛んだ。そこからは毎回目標となる山を彼らに認識させてから転移する。3人ならもう少し先に飛べるがそれをやっても彼らのためにならないからね。彼らの転移の距離に合わせて飛ぶのが大事だよ。
4人は転移魔法の鍛錬を終えている。ここから彼らは交代で転移をする。ルートを覚えながらの移動だから時間はかかるけど、ここはしっかり時間をかけて覚えてもらわないと。
同じ様な山ばかりの中で目標、次の転移先を決めるのも初めての事だ。
「距離感が掴みにくいですね」
山の頂上から次に飛ぶ方向に顔を向けているハミーが言うと他の3人も難しいと言う。
「そんな時は近くの山に飛んでみる。そこで魔力の減り具合から大体の距離を予想するんです」
俺が言うとなるほどと頷く3人。
「だから先生はいつも魔力が半分になる感覚を覚えろと仰っていたんですね」
「その通り。使った魔力、体内に残っている魔力から距離をしっかりと感じ取れる様にしましょう。何度か飛んでいると感覚を掴みますよ」
先生と言われるのは本当に慣れないよ。
「ユイチセンセイ、次はセンセイの魔法で飛んでね」
そばにやってきたユキが言った。揶揄っているのは分かるのだが、俺はお姉さん2人に話かけられるとパブロフの犬の様に条件反射で言葉が出る。
「はい!わかりました」
1日目はいつもの俺たちの移動の距離から見ると半分ちょっと、6割ほどの距離を移動したところで野営をすることにする。ハミー始め4人は野営も初めてだ。野営用のテントはポロの街で買っていて各自が持っている。テントの張り方を教えて、上手くテントができたところでカオリが4人を集めた。
「野営をする時は交代で食事、見張りをするの。街の外は安全じゃない。全員がテントの中に入っちゃったら魔獣や盗賊が近づいてきても分からない。あなた達の訓練のためにも私たちがいないと思って4人で順番を決めて。私たちは私たちで決めるから」
明日の朝の出発時間を決めるとあとは4人で夕食の順、見張りの順を決める。俺も最初は緊張というか見張りって何をするんだろうとか考えたよ。この4人も少しずつ経験を積んでいけばいいんだ。
俺たち3人はローテーションが決まっている。彼らは初日は4人は1人ずつ食事をしていたが翌日からは2人ずつ食事をし、後の2人が外で周囲を見ることに変えていた。そうそう、そうやって一つずつ覚えていくんですよ。
山から山へ短い転移を繰り返し、夜は野営を繰り返して西の山の端についたのは山奥の街を出てから5日目の昼過ぎだった。俺たち3人なら野営2回で3日目には西の山の端に着くが彼らはまだそこまで転移できない。山の上からは眼下に森と平原が見えている。
「これが私たちが住んでいるレアリコ王国の領土よ」
山の上から景色を見ているとカオリが言った。初めての草原をすごいとか言いながら見ている4人。
「ここからこの山の裾にある森の入り口まで飛ぶの。そこからは転移の魔法や浮遊魔法は使わずに徒歩で移動します」
ユキの言葉に分かりましたと言った4人。俺が先に山裾に飛んで、後から4人とユキとカオリが飛んできた。
「山の上には魔獣がいなかったけど、ここからは魔獣が生息しているエリアよ。常に周囲を警戒して。ただ、このあたりにいる魔獣はそう強くはないの。あなた達の街の外にいる魔獣の方がずっと強いから過剰な心配はしなくても大丈夫。あなた達4人でも普通に倒せる強さよ」
魔獣がいる森を通り抜けなければならないと聞いて緊張した表情になっている4人。
「あなた達は街の外にいる魔獣を倒しているの。自信を持っていいわよ」
ユキがそう言って俺たちは森の中に入っていく。しばらく歩いていると前方にシルバークラスの魔獣が1体、俺たちを見つけて唸り声を上げて近づいてきた。
「皆で精霊魔法の準備」
カオリの声で全員が持っている杖を前に突き出した。近づいてくると俺たちが何も言わなくと4人が同じタイミングで魔法を発動、見事に魔獣の討伐に成功する。すぐにカシュとラックスの2人が魔獣から魔石を取り出した。
こちらから何も言わなくても最後までやり遂げているよ。大したもんだ。
「今のは100点。文句のつけようがないわ。魔法の発動のタイミング、討伐した後すぐに魔石を取り出したこと。どう?4人で普通に倒せたでしょ?」
「少し緊張したけど先生と何度も森で魔獣を討伐していたのでできました」
カシュが言った。
「あの山を降りてから人がいる街まで、今倒した魔獣より強い魔獣はいないわ。今の戦闘を見ていると移動するには問題がなさそう」
カオリがそう言った。見ていた俺も同じだ。身体がどう動けばいいのか完全に覚えこんでいる。魔法もロスが少ない良い魔法だったし。これなら心配ないだろう。
その後も数回シルバーランクを倒しては魔石を取り出した彼ら。その間俺たちは周囲を警戒しているだけだった。森を抜けたところで野営をし、草原を西に歩いていくとイグナスの村が見えてきた。そこで久しぶりに宿で泊まり、翌日からまた西に進んでいった2日後の夕刻前の時間、俺たちの街ポロの大きな城壁が目に入ってきた。それを見て全員が立ち止まる。
「あれが先生達が住んでいる街なんですね」
「自分たちの街よりも大きそうだ」
遠目に見える城門を見ながらハミーとカシュが言った。
「大きいわよ。数万人の人が住んでるからね」
「さあ、行きましょう。新しい扉が待ってるわよ」
カオリがそう言って城門に向かって歩き出した。




