第117話
レストランから戻った俺たちはリビングでジュースを飲みながら話をしている。カオリが帰る途中、道で鍛錬している住民達を見て呟いたことをもう少ししっかりと話してみようとなった。
「この街には辛い過去の歴史がある。それは代々語り継がれているので知らない人はいないよね」
カオリは自分の頭の中を整理しながら話をしている様だ。ゆっくりと言葉を区切りながら話している。
「私たちだってさ、元々ポロの東、山の向こうはどうなっているんだろうと言う気持ちから探検を始めて偶々この街を見つけたよね。この街に私たちと同じ様な好奇心旺盛な人がいてさ、外の世界を見てみたいとか思うんじゃないかな」
「確かにね。東にマミナと言う街があるのは知ってる、そして私たちは西からやってきた。じゃあ西にあるポロという街、国はどんななんだろうと思っても不思議じゃないよね」
「行きたければ、行けばいいんじゃないかな」
この街が特殊な成り立ちをした街だというのは理解できる。でもだからと言っていつまでも人から隠れる様に暮らしていて良いのだろうか。外の世界を見てみたいという人が現れたら外に出て経験すればいいんだよ。
こんな考えをするなんて自分でも変わったなと思う。
この世界に飛ばされた時には絶対に考えなかった発想だ。死ぬまでずっと低ランクで安い宿に住んでいるだろうなと思ってたもの。それが2人の女性と知り合って彼女達の影響を受けて自分も物事を前向きに考える様になった。もちろん目立ちたくない、地味に生きていきたいという基本ポシリーは変わってない。でもだからと言って何もしないでじっとしていようということじゃない。心境の変化だよ。この世界に来た時は目立たないと、何もしないとは同次元だったけど、今は目立たない様にはするけど、いろんな経験値は増やしたいと思っている。
この街の人たちも俺たちを見て、外を見てみたいと考えてもおかしくない。俺が言うと説得力がないかもしれないけどとりあえずやりたい事はやった方が良い。やらないで後で後悔するのが一番よくない。
うん、俺は偉そうな事考えてるな。
でも、一歩踏み出すことで世界が変わることがある。俺がそうだったし。その点で言うとお姉さん2人には感謝しかないよ。
「ユイチ、立派だよ」
「うん、カオリの言う通りだよ。立派だよ、流石に私たちの男ね」
「そ、そうか」
俺が理由を話すると2人から褒められた。滅多に褒められないので緊張しちゃうよ。でも私たちの男と言われて内心でガッツポーズをした。
「これからもずっとこの街で暮らしていくのも一つの方法だけど、外の世界を見てみたいと言う人は出て行けばいいと思う。それが結果的にこの街の発展というか成長になると思うよ」
「明日にでも長老と話してみようか」
「そうしましょう。彼女の事だから事態を予想して何か考えがあるかも知れないし」
翌日、鍛錬の前に長老に話があると伝えた。午前の鍛錬が終わると俺たちは長老に案内されて本館の会議室に座る。相手は長老1人だけだ。
カオリが昨日俺たちの中で話し合ったことがらを長老に話をする。カオリの話を頷きながら黙って聞いていた長老、カオリの話が終わると口を開いた。
「それについては私も考えておった。今までは街の外、マミナの街に買い出しに行くのは転移の距離が長い者に限られたいた。それと同時にこの街はいつまでもひっそりと生きていくという代々引き継がれてきた方針がある」
そこで一旦言葉を切った長老。俺たちが黙っていると再び口を開いた。
「ただ私はそれでいいのだろうか。とずっと考えていた。今は、いや今まではマミナの街に行くことができる者がいた、今もこの街には転移の距離が長い住民が10名ちょっとおる。ただ将来はどうだろう。あんた達が来る前まで我々は鍛錬というものをしたことがない。当人が持っている魔力量に頼ってきておる。今までは良かった、ただ将来も安泰かと言うとそうではない。そのうちに転移の距離が短い者しかおらんという状況になったらどうなるんだろうか」
長老がそんなことを考えていた時に俺たちが西からやってきた。そして魔力量は鍛錬で増やせると言い、実際鍛錬を始めると住民達の魔力量がどんどんと増えていった。
「魔力量が増え、転移の距離が伸びた。収納できる量も増えた。将来もマミナからの仕入れについては問題なくなった。そうなると今まで街の外に出ることができなかった住民たちの中で、自分も外に出てみたいと思う者が出てくるだろうとな」
「それについて長老はどうお考えなのですか?」
「自分たちのルーツはこの街だ。それを分かってくれていればあとは自由にさせようと思っている」
サーラさんが言うには今までは街の外に出たいと思っていても手段が無かったから結果的に街で暮らしていた。自由に動けるとなれば外を見てみたいのは自然の欲求だろうと。
「私はこの街にやってきた時からあんた達を見ていた」
この街に初めてやってきた部外者の俺たち。サーラ長老は俺たちのことを見ていたのだという。
「あんた達はポロという街に住んでいる。そこを拠点にしながら冒険者という職業であちこちに移動している。ただ見ているとやっぱり自分たちが住んでいる街を大事にしているという印象を受けたんだよ。言い方は悪いがフラフラとあちこちに行こうが最後は自分が住んでいる街に戻る。この街の住民も同じだろうとね。この街に戻ってきてくれるのであれば、それまで見聞を広めるために外に出るのは良いだろう」
はっきりと聞いたことはないが、若い人は特に外に出たいと思っているんじゃないかと言う長老。
「いつまでもこの街に引き留めておく理由がない。もちろんこの街に居たいという者を無理やり外の世界を見てこいと放り出す気はない。当人に任せるつもりだよ」
最低限の決まり、つまり特殊な魔法を人前では絶対に使わないという事さえ守れるのであればあとは自由にさせたいというのが彼女の考えだ。
「よくわかりました」
「街には刺激が必要だよ。それがひいては街の発展に繋がる。私はそう思っているんだよ」
この山奥の街はマミナから物資を仕入れいてることもあって見た目は綺麗だが街の文化としては停滞して発展していないんだという。
「極端な言い方をすれば、200年ほど前にこの場所に逃げてきたご先祖様の頃からほとんど進歩してないだろうね。今までは進歩させようにも外からの刺激があまりにも少なかった。これからの100年、200年後はどうなるのか不安だった。あんた達がきてくれて私は感謝しているよ」