第102話
翌日から鍛錬を再開した。まずは全員で魔力の鍛錬、光の玉や水の玉を作って魔力を増やせるのと同時に魔力の流れをよくする。これは準備運動みたいなものだよ。グランドにいる住民ももうすっかり慣れた感じでやっている。こうして見ると本当に誰一人手を抜いていないんだよな。俺だったらどうせ準備運動だ、適当にやっちゃえ。となるんだが彼らはそうじゃない。やっぱり目的意識を持っている人は違うよ。
これが済むと150名の人たちを50名と100名とのグループに分けた。
カオリは先を布で巻いて安全にした槍を持って50名の住民に1人ずつ自分に攻撃をさせてはその度に注意をする。それまで止まっている人形が相手だったがゴールドランク、前衛のプロのカオリが相手となると簡単には槍の先を彼女に当てられない。
「突き出して外れたらすぐに槍を戻して」
「もっと踏み込まないと、それじゃあ遠いわよ。もう一歩前に出てから槍を突き出すの」
カオリが指導をする声と住民の「えいっ!」という声が隣の俺たちの場所まで聞こえてくる。
一方俺たちは100名ほどの魔法使いの人を相手にして転移の魔法の鍛錬をするが今日からは100メートルの距離を200メートルに伸ばした。
「距離は伸びましたがやる事は同じです。魔力が半分程減ったかなと思うまで転移してください」
200メートルで5往復するのが厳しいということが鍛錬を始めた住民達にも分かった様だ。3往復もすると休憩する人が多い。多い人でも4往復で、5往復したのは2人、ハミーとカシュの2名だけだった。この日の鍛錬に長老は参加していないが、彼女なら普通に5往復はできるだろ。
「長い距離を転移すると魔力の消費が大きく増えるのが分かったと思います。魔力量を増やすと転移できる距離が伸びます。焦ら無くてもいいので確実に魔力量を増やしてください」
「転移の魔法は当面200メートルの往復で続けます。10往復を目指して頑張りましょう」
この鍛錬を1週間程続けると、皆少しずつ転移の距離が伸びていった。鍛錬を始めて2週間が過ぎると全員が5往復をクリアし、7往復程度は連続で転移できる様になる。本当に住民の人たちのやる気が凄いんだよ。
サーラさんが言っていたが彼らは後でここの住民達の先生になって俺たちから聞いた事を教えていくという役割がある。だから手を抜かないんだよと。ちゃらんぽらんな俺には耳の痛い話だ。
グランドでの指導は午前中で、午後は住民の人たちは各自で鍛錬を続けている。俺たちは午後はフリーなので、時に山に入って魔獣を倒したり、時には庭で各自が魔法や剣の鍛錬をしている。俺の目下の鍛錬は精霊の召喚だ。水の精霊を呼び出そうと頑張っているんだが、これが相変わらず上手くいかない。というか何かが起こりそうな気配すらない。
精霊を呼び出して何をしてもらうか、あるいは何かをしてもらうために精霊を呼び出す、その目的が何なのか。ここら辺のイメージの作り方が悪いんだろうな。
山奥の村に来て1ヶ月が過ぎた。俺の召喚魔法は全く進展がないが住民達の伸び、成長はすごい。
この日から魔法組は外で転移をする。具体的には街の外から山の頂上へ一度で転移をしてもらう。距離としては頂上までせいぜい1Kmちょっと。グランドで10往復の転移を全員がクリアしているので問題ないはずなんだよ。
グランドにいる100名の魔法使い組の中にはサーラさんをはじめ、ハミーやカシュもいる。彼らを前にしてユキが話をする。
「今から外に出て街の外から山の上に転移をします。最初にユイチが山の上に飛んでその場で立っていますのでそこに転移をするという気持ちで魔法を唱えてください。距離は1Kmちょっと。今までの鍛錬よりも短い距離ですから問題ありません」
一度に100名が出てもし魔獣が盆地の中にやってきたらまずいので、10名ずつ15組を作った。順番に外にでてしばらく歩いてから転移をする。
最初の10名が街の外に出てきた。その中にはサーラさんもいる。
「僕が先に飛びます。僕をターゲットにして順番に転移してください」
そう言って俺がまず山の上に飛んだ。この程度の距離ならほとんど魔力は減っていない。山の上に着くと右手に持った杖を上に掲げた。これで目印になるだろう。
下を見るとユキが10名になにやら言っている。ユキが離れると10名の姿がその場から消えて俺が立っている場所の近くの空間が揺れて10名が頂上に現れた。
「できたぞ!」
「すごい。こんなに転移できるなんて」
転移してきた住民達は皆興奮状態だ。そりゃそうだろう。初めて外で転移をしてそれが成功したのだから。しかも1Kmちょっととはいえ一度の転移で下から上まで一瞬で飛んできた。嬉しくないはずがないよな。自分だってそうだったもの。
「魔力は大丈夫ですか?ぐったりしてませんか?」
そう聞くと皆がまだ大丈夫だという。
「ユイチやユキの言うことをちゃんと聞いて、普段からしっかりと鍛錬を続ければこうして皆が長い距離を転移できる様になる」
サーラ長老の言葉に頷いている周りの人たち。俺自身もホッとしたよ。
最初の10名に続いて次々と10名単位で山の頂上に転移してくる。皆魔力が枯渇していない。ハミーやカシュも山の上に飛んでくると興奮してたよ。
結局全員無事に転移することができた。山の上に150名がいるのは結構壮観、というか結構混んでるよ。でもその場にいる全員がなし遂げたぞという表情をしていたので少々混んでいるのは我慢しよう。
「次はここから下に飛びます。ターゲットはユキです」
こちらも全員問題なく頂上から地上に転移できた。最後に俺が転移をすると皆で街の中に入った。グランドに戻ると住民を前にしてユキが言った。
「皆さん、おめでとうございます。全員が山の上に飛んで、そして戻ってくることができました。ただ魔力は結構使ったと思いますのでしっかりと休んでください。明日からはここと頂上との間を毎日1往復します。それを続けると自然と転移できる距離が伸びますから。ここにきて慌てる必要ありませんよ。最終的には5Km程の転移をするのが当面の目標です。引き続き頑張ってください」
転移の魔法は回復魔法組、精霊魔法組関係なく鍛錬を続けるが、それ以外は個別指導になっている。自分が好きな、得意な魔法で組み分けをしたところ、回復魔法組が40名、精霊魔法組は60名になっていた。サーラさんとカシュは精霊魔法組、ハミーさんは回復魔法組だ。
しっかり休憩をして魔力を回復すると、グランドで40名と60名に分かれ、精霊魔法組の60名はグランドの端に移動した。そこには木で作った人形らしきターゲットが数体地面に立っている。今は10メートルの距離から精霊魔法、水か風の魔法をぶつける鍛錬をする。火とか雷は的が燃える可能性があるので比較的安全な水と風に絞っているんだよ。
杖を前に突き出して脳内で詠唱するとそれなりの勢いで魔法が飛び出して的に命中する。ただ威力はまだまだだ。10名ずつ的に向かって魔法を打つのを見て俺が気がついたところをアドバイスするんだけど、最初は緊張したんだよな。最近ようやくアドバイスするのも慣れてきたけど。
「力んでも魔法の威力は上がりません。力むんじゃなくて目の前の的にしっかり命中させようと思って魔法を撃ってください」
と偉そうな事を言ってる俺だけど、これが結構難しいんだよ。どうしても強く撃とうとして力が入るんだよな。そうなると魔力の流れが悪くなって、結果強い魔法が撃てない。こればっかりは魔力が続く限り何度も撃ち続けるしかない。経験者は語る、だ。
しばらく撃つと休憩して魔力を回復する。その休憩時間にユキの方を見ると彼女はお互いに回復魔法を掛け合っている住民の中を歩きながら指導していた。別の方向ではカオリが槍を持って模擬戦をしている。
鍛錬も順調に進んでいる。この調子でいったら山の中で実際に魔獣相手に実践をするのもそう遠くなさそうだよ。