第1話
「緊急着陸します。皆様姿勢を低くして両手で頭を抱え、前屈みになって衝撃に備えてください!」
緊迫した声が天井にあるスピーカーを通じて聞こえてきた。言われた通りに両手で頭を保護する姿勢になるとそのまま上半身を前に倒して衝撃に備える。
それからそう時間が立たずに足元から衝撃が伝わってきた。機内に女性の上げる叫び声が響いてくる。何度かバウンドを繰り返してようやく機体の動きが止まった。
しばらくすると乗客が顔をゆっくりと上げて自分たちが生きていると分かると歓声を上げた。俺も歓声を上げたよ。死ななかったんだからさ。
機体が止まるとすぐにCAさんが扉を開けて非常脱出用のスライダーをドアから外に伸ばしたが胴体着陸をしたのでスライダーは真っ直ぐ横に伸びているだけだった。
最後尾に座っていた俺は後部ドアから外に出た。
飛行機から出るとそこは砂浜だった。胴体着陸をした機体が砂浜に鎮座している。胴体の上に主翼が付いているプロペラ機だったから胴体着陸の際にも大きな衝撃がこなかったのだろう。
ただ、ここは一体どこだ?海の近くを飛ぶ航路じゃなかったぞ。
俺は工藤悠一。この春大学生になったばかりの19歳。そうだよ、一浪しているんだよ。
大学最初の夏休みで生まれて初めての1人旅でローカル空港からローカル空港に飛んでいる飛行機に乗ったらトラブルに巻き込まれてしまった。まだ旅行2日目だというのに全くツイていない。いや生まれてからこのかたツイてるなと思ったことがない。
全員が飛行機から降りてきた。出発前の機内アナウンスでは乗客が30名、客室乗務員が2名、それに機長と副機長の2人。合計で34名と言っていたな。砂浜に降り立ってしばらくすると乗客の1人が機内に戻って荷物を取り始めた。それを見て皆機体に戻って荷物を取ってくる。爆発しないのかなとビビっていたがどこからも煙が出ていなかったのを見た俺も機内に戻ってバックパック1つだけの荷物を持って再び砂浜に戻る。
少し落ち着いてきたので周りを見てみると1人旅はどうやら自分だけの様だ。若い女性の2人組や同じ年頃に見える男女8名程が固まっている。それとは別にカップルや老人会なのか爺さんの集まりがあった。
その爺さんの1人が機長ら4人固まっている場所に歩いて言って大声で叫んでいる。
「ここは一体どこなんだ。わしらは帰れるのか、どうなっているんだ!」
そんなん言われても知らんがな。と思うが機長も自分もここがどこかわからない、飛んでいて低い雲の中に入ったかと思ったら突然計器が狂い出して雲から抜けたはいいが機体が制御不能になって目に入ってきた砂浜に緊急着陸をしたのだと説明しているのが聞こえてきた。あの老人会はキレ老人の集まりみたいだな。機長が自分もわからないと言ってるのにあーだこーだと詰め寄ってるし。
「スマホが圏外になってる」
キレ老人の方を見ていたら乗客の1人がそう行った。その声でほぼ全員がスマホを見た。俺のスマホも確かに圏外になっている。ネットにも繋げない。
いずれにしてもここはどこでこれからどうなるんだろう。サバイバル術なんて身につけていないし周りに知り合いもいない。
その場に座り込んでいると、タイミングを見計らっていた様に砂浜の奥に生えている木々の間から騎士の格好をした人たちが10名現れてこちらに近づいてきた。よく見ると先頭を歩いている人は騎士の格好じゃなく高級そうなローブというのかコートというのかを着ている。いい年をした男性だ。ゲームで見た格好と同じじゃないかと思っていると声がした。
「皆様ご無事で何より。私の言葉はきちんと聞こえていますかな?」
ローブ姿の男性がいうと皆曖昧に頷くがキレ老人の代表みたいなおっさんがいきないそのローブのおっさんに絡んでいった。
「あんた、ここは一体どこなんだ?説明しろ」
うあ、凄い上から目線のジジイだ。自分を何様だと思っているんだか。普通ああいう言い方されたらされた方がキレるぞ。そう思って見ていたがローブの男性は表情一つ変えずに俺たちを見て言った。
「アズール王国は皆様を歓迎いたしますぞ。辛い目に遭われたお詫びというかこの先の家の中に食事と飲み物を用意しております。その前にちょっとした検査がありますがその検査を受けて頂いたら奥でゆっくりと休んでください」
「アズールだ歓迎だ検査だとお前は何を言っているんだ」
キレ老人が叫んでいるがローブ姿の男性は言うだけ言うと踵を返して砂浜の奥に歩いていく。機長がここにいても状況がわかりません、とりあえず行ってみましょうと言って全員が歩き出した。機長、副機長のあとに2人のCAさんが歩いている。砂浜が歩きにくそうだ。それにしても2人とも美人だよな。美人で仕事ができるCAさん、憧れちゃうね。
皆に続いて歩き初めて気がついた。右手の平が切れて血が出ていた。着陸かその後のどこかで手を切ったみたいだ。痛みは少しだけだが出血があるので持っていたハンカチで右手のひらを包んでいるとまた最後尾になってしまった。皆の後を背中にバックパックを背負ってついていく。
砂浜を上がって林を抜けたところに1軒の平屋の家がポツンと建っていた。その入り口の前に騎士の格好をしている連中が数名並んでいる。
「1人ずつ中に入ってください。中で簡単な検査をしたらその奥の部屋で休んで頂いて結構です」
私から行きましょうと機長、副機長が順に家の中に入っていく。しばらくしても中に入った2人が出てこない。誰かが食事があるんだろうというと皆並んで順番に家の中に入っていく。俺は当然最後尾だ。
俺の前にはケバい、もとい派手な格好をしている2人組のお姉さん達がいた。どうみてもお水関係かなと思っていると2人の話が聞こえてきた。
「これってさ、小説でよくある異世界ってとこに飛ばされたんじゃないの?面白そうじゃん」
「明美って本当に能天気というか、ここ日本じゃないかもしれないのよ。もう彼氏と会えないかも知れないよ?」
「あいつ?あいつはもういいのよ。だってさ、あいつ、あたしにはさ、俺にはお前しかいないとか言いながさ、店のサチとも付き合ってて私が休んでいた日に同伴とかしてるんだよ。浮気者なんていらないわよ。それに真由美、あんただって嫌な客に付き纏われてるって言ってたじゃん。ちょうどいい機会よ」
「そうね。あのおっさんケチなくせにさ、やらせろやらせろってしつこかったのよ」
「じゃあお互いにちょうどよかったじゃん」
「そうだね」
やっぱりお水系だったか、それにしても人のことは言えないけど2人ともオツムが少し弱そうだ。俺が2人の話を聞いている間にも列はゆっくりと進んでいた。お水2人が部屋に入り、外で待っているのが俺1人になった。
それにしてもキャバ嬢っぽい女性が言っていたがここはどうやら異世界なのかもしれない。俺たち飛行機ごと飛ばされたのかな。そんなことを考えていると中から家の扉が開けられた。
「どうぞ、お入りください」
外にいた騎士の1人が言って俺は中に入った。
中に入るとそこは広い部屋だった。部屋の中央に机があり、その机にこちらを向いて1人の老婆っぽい人が座っている。その老婆もローブを着ていた。
部屋の奥には左右に2つドアがある。あのドアの奥の部屋には食料や水があるのだろう。
「これから検査をやるがすぐに終わるよ。机の上にある水晶を手の平で包む様に触れるだけでいい。検査はそれだけさ」
そこではたと気がついた。この人たちは日本語を話している。なぜだ?
「早く触っておくれ、こっちも忙しいんだよ」
「すみません」
その理由がわからないまま俺はハンカチを巻いていない左の手の平を水晶の上に置いた。ガラス玉の様な水晶は俺が手を置いても何も変化がなかった。
「ふん、無能が混じってたみたいだね」
「失礼しました」
水晶を見ていた老婆がいうと騎士の1人が謝っている。訳がわからない。無能?俺のことか?そりゃ俺は有能じゃないって自分で分かってるが初対面でいきなりそれを言うか。
「お前はこちらの部屋だ」
水晶から手を離すと兵士の1人が横柄な態度で右側の部屋のドアを指差した。さっきは敬語だったのに急に態度が変わったな。顔を上げると奥にドアが2つあった。左右で部屋の奥の様子が違うのだろうか。早く行けというので右側のドアを開けるとそこはガランとした部屋だった。誰もいないし何もない。いや実際は家具が何も置かれていないだけでその部屋の床には見たことがない模様が書かれていた。
「その魔法陣の上に乗るんだ」
後から部屋に入ってきた兵士2人の内の1人が言った。
「まほうじん?」
「つべこべ言わずに乗るんだよ、無能が」
また無能って言われたよ。あまり言わないでよ、堪えるんだから。言われるままに魔法陣に乗るとその絵が光始めた。俺に乗れと命令した兵士が意地の悪い顔をして言った。
「お前は魔力がゼロだった。この国では使い物にならない。なのでこの魔法陣で他の世界に飛ばすことになった」
えっ!?飛ばされてきたのにまた飛ばされるの?まりょく?まりょくって何よ。訳わかんないよ。
「お前がやってきた元の世界ではない別の世界だ。俺たちも行ったことがない。ただ道師によると魔法陣が動くのは間違いないと仰ってる」
そう言ってる間にも魔法陣の輝きがどんどん激しくなって眩しくなってきた。その眩しい光の向こうから声が聞こえてきた。
「次の世界でもお前は無能だろうがせいぜい頑張って生きるんだな」
「そんな…」
そこまで言ったところで俺は浮遊感に包まれて意識を失ってしまった。