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話を振られてもね



無駄に長い廊下を歩かされ、どこかの部屋に辿り着いたようだ。


ノックもなしにドアを開けると、中には数人の人がいた。


「ああ…そのままでいい」


中にいた人たちが何か作業をしていたその手を止めて、片膝をつこうとしたのを声で制する。


それだけで、さっきから一緒にいた三人の立場が相当上のものなんだろうなと、この場所での知識が乏しいあたしでも理解できた。


「さあ、中へ」


とか示されるがままに、パラソルの方へと近づいた。


光っていたとか聞いたけど、あたしから見たらちっとも光っていない。


「あの…これは光っている状態ですか」


あたしには見えない光の種類か何かだったりしてと考えて、どう見ても光っていないのに聞くだけ聞いてみる。


「……は?」


質問したあたしへ向かって、低い声を吐き出したのは帯剣している彼だ。まつ毛ばっしばしの人。


おかしなことを聞いたって空気だな、これ。


「あたしには、一切光っているように見えないんですよ。だから、状態を聞いただけです」


そこまで怪訝な顔をしなくたってよくない? と内心思いながら、小さくため息をつく。


「これに触ってもいいですか」


触ってよく観察したら、なにかわかるかもと、もう一声かけてみた。


「…はあ。傷つけないように気をつけろ」


めんどくさそうにそう返してきたのは、フードをかぶった人だ。


「それじゃ、ちょっと失礼して…っと」


パラソルの柄の部分を持ち、それから布の部分を凝視してみたり、手で撫でてみたり。パラソルを閉じて、また開いて…を繰り返してみる。


そうすると、なんだかまわりがザワつきだした。


「あの…なにかあったんですか」


パラソルを元のように開いた状態で、床に置く。斜めに置かれる格好になったところで、別の角度と距離から観察してみる。


あたしが質問したことへの返事は、誰からもない。


(はいはい。どうせ警戒されまくってんでしょ?)


見た感じ、何の変化もないただのパラソルを眺めながら、この現状を打破できるアイデアが何もないことに気づいた。


せめて、このパラソルの変化に気づける状態だったなら、交渉材料になったかもしれないのに。


水着もあたしが見た感じ何か違いが見えるわけでもなく。


「これ、何がどう光っているのか…変化があたしの目には何も見えないんですけど」


わからないから、聞く。


たったそれだけの話なのに、その質問へのみんなの反応は酷くて。


「あれだけ光っていてわからないとは?」


「わからないふりをして、攪乱するつもりなのでは」


「あの武器かよくわからないものは、あの光が攻撃に使われるのでは?」


「それを見られないとなれば、味方をも攻撃しかねんのでは?」


「やはり間者なのでは。むち打ち百回を与えてみれば、何か吐くのでは」


「それに食事抜きで、水責めはどうだ」


「何の呪文の詠唱もなく、あの光を操るということは、さては魔族ということはないか?」


「だがしかし、光の色は魔族が持つものとは明らかに違っている」


「死罪だ」


「いや、むち打ちを千回」


「隷属の首輪をつけて、他国との国境の間に置いてきては」


(――――酷いって言葉で片付けられないくらいに、ヒドイ。なに、どういうこと? よく知らない場所に連れてこられたようなモノなのに、罰を与えられるっていうことで合ってる?)


部屋の中にいる人たちを、視線だけでグルッと見回す。


どこを見ても、誰を見ても、敵…敵…敵……っ。味方になってくれそうな人なんか、どこにもいやしない。


「…理不尽」


だっておかしいでしょう?


あたしが来たがってここに来たわけじゃない。気づけばここにいて、そして好き勝手な予想を立てられて。


何の罪もないのに、むち打ちだの水責めだの、どこぞに置いてこようとか、魔族扱いされるとか。


ありえない。


これ、夢でよくない? 夢でいいよね? こんな扱いされるなんて、無理だもん。


頬をギューーーッッと強めにつまんで、思いきり引っ張った。


「痛っ」


そのあたしの姿を、部屋にいるほぼ全員が固まったように見ている。


「…なんですか」


自分でやっておきながらだけど、結構痛かった。まだジンジンしている。


「お前は、そういう趣味があるのか」


まつ毛ばっしばしな人が、奇妙な生き物を見たような顔つきになった。


「そういうってなんですか」


「自分で自分を虐げるのが趣味なのか、と」


それはある意味自虐というんですよ、まつ毛さん。


「趣味じゃないですね、全然」


呆れたようにそう言ってから、視線を彷徨わせて少し離れた場所にあったイスを引っ張ってくる。


「座ってもいいですよね? 疲れちゃったんで」


そうぼやいて、一人掛けにしては少し横幅があるイスに腰かけ、胡坐をかく。


胡坐をかいたままで、左ひざに肘をつき、頬杖をつく。


と、今度は苦虫を噛みつぶしたような顔をされる。


「なんですか、今度は」


あたしに対して、どんな感想を抱けばそんな顔つきになるんだ。


「あの服を着ていただけあって、はしたないな」


「だらしない」


「ハレンチだ」


「ありえない」


どれについての感想だよ。


いわゆる外野の連中がそんな感じでボヤいている間、この部屋に来るまで一緒にいた三人は口元を手で覆い、ただ黙ってあたしを見下ろしていて。


「いいたいことや聞きたいことがあるなら、言ってくれません? 黙って見られているのは不快だし、あたしがしている何がおかしいのか言いもせずに蔑む発言だけされるのは不愉快です」


いつになく自分が怒っているんだと知る。


普段ここまで怒りを露わにすることはない。誰かに攻撃をする時は、自分もそうされるのを覚悟していなきゃいけないし、ちゃんとした理由でケンカをふっかけなきゃ、理不尽で返されてもいいと思っていなきゃダメだと思う。


だからこそ、基本的にそういう行動には出ない。だってあたし、そういうことをされてもいいとか思えないからね。覚悟なんて、かんたんに決められない。


ただ、今日のこれは我慢の限界だ。


「あたしは何も悪くない。何もしてない。ただ、この場所に連れてこられただけ。いつもの日常を過ごしていたはずだったのに」


それと、やっぱりそういうことなんだと認めるしかない。


「あたしの日常を返して。あたしを…いつもの場所に返してよ」


普段、自分が聞いている自分の声じゃない。低く、重さのある声だ。


ここは、あたしが知ってる場所や世界じゃない。全く、違う世界だ。海外でもなく、きっとこういうのが異世界とか言うんでしょ?


「烏合の衆っていうの? こういうの。ただ寄り集まってるだけの、無駄な人たちばーっか。……人を蔑む時だけ、口をそろえて来るし。…最低だ」


お腹が低くクルルルと鳴って響く。けれど、今はもう何かを食べさせてもらおうだなんて思えなくなった。さすがに食欲が失せた。


「それが出来ないなら、さっき言ったみたいにむち打ちだっけ? 百回だか千回? それやったらさすがに死ねる? 死んだら、魂だけでも元の場所に帰れるんじゃないの? …なら、さっさとやってよ。もう、アンタたちの相手するのも嫌だ。そもそもで、会話にすらならない。…………早く元の世界に魂と心を帰してよ」


あのショートボブのオジサマへと、睨むように見上げた。


言葉に詰まったのか、あの三人とも結局は黙ったまま。あたしがした質問への返事もない。


どんな状況になろうとも、いつも通りでいて、頭は冷静にと思ってたんだけどね。なんとなくだけど。でも、いつものようにあっけらかんとしてても、なんも解決しそうにないもんね。やっと、そこまでたどり着けたよ。


こんな状況になってみれば、何をどう考えたって前向きにも後ろ向きにもなれない。


死なせてと言ってる時点で後ろ向きなんだろうと思っても、元の場所に姿以外は帰れると思えばあたし的にはかなり前向き発言。


形容しがたい感情だ。


睨みつけたあたしから、ふい…と目をそらし。


「またコソコソと…」


三人でなにやら相談なのか、話をしはじめた。


その間も外野の連中はあたしへの文句のようなものばかりを羅列して、地味な攻撃というか口撃をしてくるだけ。


「無駄な時間だなぁ。あと、無意味。…はあ」


イスの背もたれに思いきりもたれかかり、天井に光るシャンデリアっぽいものを眺めた。


部屋のどこにも電気のスイッチらしきものはない。魔法なのかな。それか、シャンデリアについている光ってるものが、特殊な石とかなのかな。


淡い黄色の光が、去年会社で旅行に行った先のホテルのシャンデリアにも似てて。


(今年はどこに行くって言ってたっけな。例年でいけば、秋だって聞いてたんだよね。温泉に入りたかったな)


きっともう行けないんだろう旅行を思い、目を閉じる。


「…疲れた」


目を閉じて、次に目を開くと元の場所に戻ってるとか…。


「は……ははっ」


んなわけないのに、試しちゃった。期待しちゃった。帰れるはずないみたいなのにさ。


目尻から涙がこぼれる。


シャンデリアの明かりがまぶしくて、目をまた閉じた。


閉じたその目尻からは、ずっと涙がこぼれっぱなしだ。


(あー…ぁ。こんなに泣き虫でも短気でもなかったはずなのにな)


味方が一人もいないってだけで、ここまで脆くなっちゃうんだな。人間って。


お腹は空くし、毎日のように入っていたシャワーに入れてないし、服は着なれてないもので。あと…なんだ? スマホがないからつまんないし、友達はいないし、コンビニもない。それと、ベッドで眠れてない。


(まともに眠れてないのが、意外とダメージあったのかもだよね)


眠れないと思考回路がぶっ壊れるんだなと知った。こんな場所で、こんなタイミングで。


(いや、違うか。こんな場所で、こんなタイミングだから…か)


天井を仰いだ格好のまま、右腕をつぶったままの両目の上にのせてボソッと呟く。


「生きてんの、ツラぁ…っ」


凹まないメンタルは売りにも近かったのに、あっさりと心が折れてしまったよ。


さっき言われていた拷問らしいのやられたら、すぐに壊れちゃうね。これじゃ。


外野の口汚い言葉は勝手に耳に入ってくるけれど、こうしていればその姿は見ないですむ。なら、このままでもいいよね。


勝手に流れていく涙を拭う気も起きず、流れるがままにほうっておく。じゃなきゃ、自分が瞬きほどの時間で最後の線を越えてしまいそうで。泣くくらいは、自分が許可をしてあげなきゃって思えたんだもん。


声も出さずに、ポロポロポロポロ……とこぼす涙が目尻から耳の方へ流れ、そこからあふれてこぼれて後頭部の方へも流れていき。


泣いている自分を自覚すればするほどに、涙はとめどなくこぼれ続けていった。


(このまま体中の水分が涙になってしまえば、脱水症状で逝けるんじゃない?)


なんて、バカなことをかんがえてしまうまで。


いつの間にか外野の声が消えていて。だからといって、目をそっちに向ける気にもなれず。涙はまだ、あたしに泣いてもいいよとこぼれている。


不意に肩をトンと一度だけ叩かれる。


今度は何を言われるんだろう。今度こそ何かされるのかな。誰がどんな表情であたしを見下ろしてるの? 見たくない、反応したくない。だって、だって…。


(――あたしが何を言ってもしても、誰も信じてくれるはずもないのに。味方はいないのに。何もない世界で、何も見ろって?)


反応したくない気持ちが勝って、無反応を決め込む。


嫌だという気持ちを表すかのように、涙はこぼしたままで。


すると、目尻にやわらかいものが触れる。


ハンカチか何かの布だろう。誰かが涙を拭ってくれている。


(でもどうせ話をするための一過性の優しさでしょ)


そう思いつけば、なおのこと意固地なほどに体を起こしたくなくて。


今の自分が吐き出せる精いっぱいの気持ちを、言葉にのせる。


「バカにしないでよ」


適当な扱いにしか感じられなくて、胸の奥が冷えていく感じがした。


言葉にしてみて、実感する。怒ってて、悲しくて、切なくて、そして…悔しいんだ。あたしは。


それをまとめると、その言葉しか出てこなかった。


と、涙を拭う手が止まり、控えめな声で聞こえた言葉。


「……すまなかった」


さっきの声の感じでいえば、あの三人の中ならばまつ毛ばっしばしの騎士っぽい人だよね。


気配があるそのあたりに手を動かして、避けてよと無言で示すように払う。パシッと乾いた音がして、明らかに硬さがあるものが触れて、それが遠くなった。


ゆっくりと体を起こし、腕を目の上から外す。


結構泣いていただけあって、まぶたが重たい。腕を乗せ続けていたこともあって、目を開けてもすぐは目がぼやぼやしてる。


「水を飲むか?」


うつむいたその視線の先に見えた靴は、やっぱり彼の物。あたしはゆるく頭を振って、拒否をした。


「用事すんだなら、あの地下牢に戻すなりさっき誰かが口にしていた罰を与えるなりやってよ。……ここにいたって、なにもないでしょ」


ザワつきだけが耳に入って、あたしの発言がまた偉そうだとかいう言葉が耳に入った。


「…あたしが何を言ってもこれじゃん。…くだらなっ」


ため息と一緒に本音がこぼれる。


ああ…泣きつかれたし、お腹が空きすぎて体から力が抜けちゃう。素材よすぎな服は着てて落ち着かないし、ストレスしか感じやしない。


「…早く、殺して」


自分がどれだけ物騒で投げやりな発言をしているのかを自覚してても、吐き出さずにはいられない。


「早く、あの場所へ…みんなの場所へ帰りたい」


イスのひじ掛けにもたれ掛かるように、だらんと脱力して倒れ込む。意識がどんどん遠のいていく。


(今度こそ、目がさめたら元の場所に戻っていますように)


心だけになってもいいから戻りたくて、ぐったりとしながら目を閉じた。


そのまま数日間、起きることがないあたし。


数日間の中で、自分を取り巻く環境が変わっていくのを知らず、ただ深く…深く眠っていた。


(もう、起きなくてもいいや)


元の場所に戻れないのなら、それでいいと願っていたのがよかったのか悪かったのか。ピクリとも動くこともなく、浅い呼吸だけを繰り返し、眠りつづけていた。




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