焚き火と裸体
川の中からざばざば出てきたディアス様は、水滴を滴らせながら私の元までやってきた。
ぱちぱち音を立てる焚き火の炎に照らされた体は、服の上からも逞しいことがわかったけれど、脱いでしまえばばさらに逞しい。
太い首に、しっかりと浮き出た鎖骨。隆起した胸板から続く腹部は、ぼこぼこと腹筋が割れていた。
腕も、私の倍以上ありそうなほどに太い。
濡れたズボンがピッタリと足に張り付いている。
長い金の髪から水滴が滴るのが、妙に艶やかに見えて、私は慌てて視線をさげた。
昼間に読んだ物語を思い出す。
姫の恋した騎士は、きっとディアス様のように立派な体躯の美丈夫だったのだろう。
姫の部屋に忍び込み重ねる密やかな逢瀬は、先の悲劇を知った今でも、切なくも情熱的で──いけない。
ディアス様の体を見て思い出してしまうなんて。恥ずかしい。
「リジェット、どうしたこんな夜更けに。夜更けといってもまだ、そこまで深夜というわけではないが……そのような姿で、寒くはないか?」
「は、はい。ええと、あの」
頭が真っ白になってしまって、言葉が出てこない。
ディアス様が心配そうに私を覗き込んでいる。手を伸ばせば触れてしまうほどにその体は傍にある。
男性の裸を見たのははじめてだ。私とは、まるで違う。
ディアス様の低く静かな声が、森の中に響いている。
少し涼しいぐらいの気温で、ショールを羽織ってちょうどいいぐらいなのに。
ディアス様は寒くはないのかしら。どうして、川に。
「すまない、不躾に話しかけてしまって。俺が、怖いだろう」
「い、いえ……」
「無理をする必要はない。迷子か、リジェット。それとも、城から逃げ出そうとしていたのだろうか。どうしても俺と夫婦になることが耐えられないのなら、家に帰そう」
「ディアス様……!」
ディアス様は私から一歩さがった。
私の返事を待たずに話を進めてしまうので、私は慌てる。
ただ恥ずかしくて俯いていただけなのに、勘違いをさせてしまった。
確かに私の態度は、拒絶に見えたかもしれない。
それはよくないことだ。裸を見て恥じらっていたことを白状するのは恥ずかしいけれど、私を心配してくれているディアス様に嘘をつくのはよくない。
私はディアス様が一歩下がった分、一歩踏み込んだ。
話しかけてはいけないとか、近づいてはいけないとは言われていないのだから、問題ないはずだ。
「リジェット……?」
「恥ずかしかったのです、私、男性の裸を見たのははじめてですので……昼間に、少し情熱的な場面のあるお話を読んだものですから、つ、つい、色々と想像してしまって……」
「……裸を?」
「はい。裸です、ディアス様……」
私は再び恥ずかしくて、両手で顔を隠した。
ディアス様はご自分の体を見下ろして、しばらく沈黙する。
「ふ……あははっ」
「ディアス様、あの、申し訳ありません。私、とても恥ずかしいことを言いました。忘れてくださると、嬉しいのですけれど……」
「ふふ、いや、すまない。はは……っ、君が、あまりにも可愛いことを言うものだから、つい」
「ディアス様……っ」
恥ずかしくて、いたたまれない気持ちになる。
胸がドキドキして、妙な感じだ。
恥ずかしいという感情よね、これは。今まで感じたことのなかったものだ。
もちろん、照れてしまうような場面のある本を読んだときは、こんな気持ちになったものだけれど。
誰かと話していてこんな気持ちになるのは、はじめてだ。
「悪いな。この城で、俺のこの姿を見て照れる女性はいない。だから、つい」
「……私が、おかしいのでしょうか」
「君のような立派なご令嬢にとっては、見たくもない姿だろうな。リジェット、俺のことは気にしなくていいから、部屋に戻るといい」
「ディアス様……私は、あなたとお話をしたいと思っています。いけませんでしょうか」
「いけないことはないが……」
ディアス様は困ったように視線をさまよわせる。
それから、私に手を伸ばした。
手を伸ばした後に、濡れていることに気づいて苦笑まじりに引っ込めようとする。
私はその手をぎゅっと握りしめた。
触ってみたいと思ったのだ。長いごつごつした指や、分厚い手のひらは、触ったらどんな感触がするのだろう。
触れたい要求のままに握りしめると、想像していた以上に硬くて、大きい。
「リジェット、手が濡れる」
「濡れたら拭けばいいのです。私……雨あがりの、水滴のついた葉が好きです。触れると、雫が落ちるのが楽しくて、落として回りました。服は濡れましたが、濡れてもそのうち乾きますので」
「……では、こちらに。座って話そうか。火の傍なら、あたたかい」
ディアス様は私を、焚き火の傍にあるゆったりとした折り畳み椅子に座らせてくれる。
焚き火に新しい枝を入れて、炎を大きくした。
ぱちぱちと薪のはぜる音と、川のせせらぎ。ふくろうの鳴き声と、虫の声が聞こえる。
ディアス様は私の隣にひいてある、大きな動物の毛皮の上に、腰をおろした。
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