表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/47

焚き火と裸体



 川の中からざばざば出てきたディアス様は、水滴を滴らせながら私の元までやってきた。

 

 ぱちぱち音を立てる焚き火の炎に照らされた体は、服の上からも逞しいことがわかったけれど、脱いでしまえばばさらに逞しい。


 太い首に、しっかりと浮き出た鎖骨。隆起した胸板から続く腹部は、ぼこぼこと腹筋が割れていた。

 腕も、私の倍以上ありそうなほどに太い。

 濡れたズボンがピッタリと足に張り付いている。

 長い金の髪から水滴が滴るのが、妙に艶やかに見えて、私は慌てて視線をさげた。


 昼間に読んだ物語を思い出す。

 姫の恋した騎士は、きっとディアス様のように立派な体躯の美丈夫だったのだろう。


 姫の部屋に忍び込み重ねる密やかな逢瀬は、先の悲劇を知った今でも、切なくも情熱的で──いけない。

 ディアス様の体を見て思い出してしまうなんて。恥ずかしい。


「リジェット、どうしたこんな夜更けに。夜更けといってもまだ、そこまで深夜というわけではないが……そのような姿で、寒くはないか?」

「は、はい。ええと、あの」


 頭が真っ白になってしまって、言葉が出てこない。

 ディアス様が心配そうに私を覗き込んでいる。手を伸ばせば触れてしまうほどにその体は傍にある。


 男性の裸を見たのははじめてだ。私とは、まるで違う。

 ディアス様の低く静かな声が、森の中に響いている。

 少し涼しいぐらいの気温で、ショールを羽織ってちょうどいいぐらいなのに。

 ディアス様は寒くはないのかしら。どうして、川に。


「すまない、不躾に話しかけてしまって。俺が、怖いだろう」

「い、いえ……」

「無理をする必要はない。迷子か、リジェット。それとも、城から逃げ出そうとしていたのだろうか。どうしても俺と夫婦になることが耐えられないのなら、家に帰そう」

「ディアス様……!」


 ディアス様は私から一歩さがった。

 私の返事を待たずに話を進めてしまうので、私は慌てる。

 ただ恥ずかしくて俯いていただけなのに、勘違いをさせてしまった。


 確かに私の態度は、拒絶に見えたかもしれない。

 それはよくないことだ。裸を見て恥じらっていたことを白状するのは恥ずかしいけれど、私を心配してくれているディアス様に嘘をつくのはよくない。


 私はディアス様が一歩下がった分、一歩踏み込んだ。

 話しかけてはいけないとか、近づいてはいけないとは言われていないのだから、問題ないはずだ。


「リジェット……?」

「恥ずかしかったのです、私、男性の裸を見たのははじめてですので……昼間に、少し情熱的な場面のあるお話を読んだものですから、つ、つい、色々と想像してしまって……」

「……裸を?」

「はい。裸です、ディアス様……」


 私は再び恥ずかしくて、両手で顔を隠した。

 ディアス様はご自分の体を見下ろして、しばらく沈黙する。


「ふ……あははっ」

「ディアス様、あの、申し訳ありません。私、とても恥ずかしいことを言いました。忘れてくださると、嬉しいのですけれど……」

「ふふ、いや、すまない。はは……っ、君が、あまりにも可愛いことを言うものだから、つい」

「ディアス様……っ」


 恥ずかしくて、いたたまれない気持ちになる。

 胸がドキドキして、妙な感じだ。

 恥ずかしいという感情よね、これは。今まで感じたことのなかったものだ。

 もちろん、照れてしまうような場面のある本を読んだときは、こんな気持ちになったものだけれど。

 

 誰かと話していてこんな気持ちになるのは、はじめてだ。


「悪いな。この城で、俺のこの姿を見て照れる女性はいない。だから、つい」

「……私が、おかしいのでしょうか」

「君のような立派なご令嬢にとっては、見たくもない姿だろうな。リジェット、俺のことは気にしなくていいから、部屋に戻るといい」

「ディアス様……私は、あなたとお話をしたいと思っています。いけませんでしょうか」

「いけないことはないが……」


 ディアス様は困ったように視線をさまよわせる。

 それから、私に手を伸ばした。

 手を伸ばした後に、濡れていることに気づいて苦笑まじりに引っ込めようとする。


 私はその手をぎゅっと握りしめた。

 触ってみたいと思ったのだ。長いごつごつした指や、分厚い手のひらは、触ったらどんな感触がするのだろう。

 触れたい要求のままに握りしめると、想像していた以上に硬くて、大きい。


「リジェット、手が濡れる」

「濡れたら拭けばいいのです。私……雨あがりの、水滴のついた葉が好きです。触れると、雫が落ちるのが楽しくて、落として回りました。服は濡れましたが、濡れてもそのうち乾きますので」

「……では、こちらに。座って話そうか。火の傍なら、あたたかい」


 ディアス様は私を、焚き火の傍にあるゆったりとした折り畳み椅子に座らせてくれる。

 焚き火に新しい枝を入れて、炎を大きくした。

 ぱちぱちと薪のはぜる音と、川のせせらぎ。ふくろうの鳴き声と、虫の声が聞こえる。

 ディアス様は私の隣にひいてある、大きな動物の毛皮の上に、腰をおろした。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ