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ウルフガード家の書庫



 ローラさんに、書庫に案内してもらったのは、私がウルフガード家に訪れた翌日のことだった。

 ウルフガード家の書庫は、たくさんの蔵書が整然と並ぶ、それはそれは大きなものだ。


 様々な書物が所狭しと並び、他国の言語で書かれた本もあり、私にとっては夢のような場所だ。

 紙の香りが満ちていて、窓からは柔らかい光が降り注いでいる。

 光を当てると紙がが劣化するので、書庫というのは窓が少なく薄暗いものだけれど。


 ウルフガード家は建物が大きいからか、書棚は中央付近の日が当たらない場所に集められている。

 その外周にある窓は十分に大きく、明るい日差しが差し込んでいた。


 窓辺には、いくつかの椅子とテーブルが置かれている。

 窓の外には青々とした新緑に日差しを踏まえてをいっぱいに受けている、立派な木々がある。


「こちらはお城の北側です。廊下を進んだ先の扉からは、裏庭に出ることができますよ」

「裏庭は散策しても構わないですか?」

「はい。ですが、敷地がかなり広いので、あまり奥まで入り込まないようにしてくださいね。ディアス様が心配をするでしょうから」

「ご迷惑をおかけしないように、気をつけますね」


 私は書庫を見て回った。

 読んだことがある本もあれば、知らないタイトルの本もたくさんある。


 家柄的に、兵法書が多いのかと思っていたがそんなこともなく、恋愛小説から料理の基本、植物図鑑まで様々だ。


「リジェット様のものです、全て。持ち出してもかまいませんし、ここで読むのもご自由になさってくださいね」

「ありがとうございます、ローラさん」

「ディアス様が幼少の頃は、こちらでお勉強をなさっていたようです。ここは、ウルフガード家の子供たちが教育を受ける場所です。それ以外の用途はあまりありません」

「そうなのですね。ディアス様にも小さいころが……」


 それは、あるだろうけれど。

 立派なお姿しか見ていないので、あまり想像ができない。


「ディアス様は武名の方が有名ですが、学力も優秀でいらっしゃいます。隣国の言葉もお話になりますから」

「立派な方なのですね」

「はい。ですので、リジェット様。お嫌いにならないでいてくださると、嬉しいのですが……」


 私は隣国、サリヴェの言葉で書かれた本を手にする。

 伯爵家にも他国の本がいくつかあった。

 辞書を片手に、読んだものである。

 今はある程度、文字は読むことができる。機会がないから、話したことはない。


「ローラさん、私はディアス様を嫌うなんて、しませんよ」

「そうですか……? よかった……」

「私の家の恩人ですから」

「ですが、リジェット様。昨日、ドレスも宝石もいらない、と。お食事も……怒っていらっしゃるから、嘘をおつきになられたのですよね?」


 ローラさんは、遠慮がちに、震える声で言った。両手は胸の前で不安げに、ぎゅっと握りしめられている。

 私は両手に本を抱えて、きょとんとした間抜けな顔でローラさんを見つめた。

 ――嘘?


「あの……なにか誤解あるかもしれません。嘘はついていませんよ。ドレスや宝石も、ディアス様が嫌いだからいらないと言ったわけでは……」

「違うのですか……!?」

「はい。ところで、こちらの本をお借りしてもいいですか? サリヴェ語で書かれた恋愛小説を読むのははじめてです。国が違うと恋愛の形も違うのでしょうか、とても興味が──」

「ま、まってください、リジェット様! もう少し、詳しく、詳しい話をおきかせください……!」


 ローラさんが私の肩を掴む勢いで、激しくいい募る。

 私は不思議に思いながらも頷いた。


 ディアス様との挙式は、数日後。

 ドレスの縫い直しが終わってからということになっている。

 それまで私は特にやることもないので、いつものように本を読んですごそうと考えていた。

 とりあえず場所を変えようと、ローラさんが庭園へと案内してくれる。


 サリヴェ語の恋愛小説を持って、私はローラさんの後をついていった。

 本を持ちますと言われたけれど、本ぐらいは自分で持てるので大丈夫だとお断りさせていただいた。


 ローラさんが命じると、数人の侍女の方々が、庭園のテーブルにお茶やお菓子を用意してくれる。

 至れり尽くせりすぎて、なんだか申し訳ない。

 私は様々な花が咲き乱れた庭園を眺めることができる、白いテーブルセットの椅子に座った。

 特に多いのが青い薔薇で、その次に多いのが赤い薔薇。


 他には、クレマチスや、まだ咲いてはいないが、紫陽花なども植えられている。


「リジェット様、失礼を承知でお尋ねさせていただいてもよろしいでしょうか」

「なんでも聞いてください。失礼なことなどなにもありませんよ。私、会話が下手で、分かりにくいところがあったら言ってくださいね」

「は、はい。ありがとうございます、リジェット様。リジェット様は……ドレスはいらないし、宝石もいらない。今までの生活は、食事は部屋でパンとスープを召し上がって、自分でお弁当を作るとおっしゃっていました」

「はい」

「それは、嘘ではないと」

「ええ、もちろんです。嘘をつく理由が、私にはないのですけれど」


 誤解させてしまったのなら、申し訳ないのだけれど。

 何がいけなかったのだろうと考えてみるけれど、よくわからなかった。

 サフィアさんやエメラダさんのような生活をしていたと言えばよかったのだろうか。

 でも、そんな嘘をついてもしかたないものね。


「申し訳ありません……! てっきり、リジェット様はとてもお怒りになっていらっしゃると思っておりました。本当は、こんなところに嫁ぐのは嫌だったのだろうと」

「え……っ」

「ディアス様は辺境の英雄です。けれど、その武勇伝は内陸の貴族女性たちは皆、嫌がるものですよね。だから、中々お嫁さんが見つからず……」

「そうなのですね。嫌とは、思いませんでしたけれど……」


 私はディアス様の具体的な武勇伝はよく知らない。

 けれど、辺境の歴史を記録した書物に出てくる国境での歴代の辺境伯のご活躍は、とても雄々しく素敵なものだと考えていた。

 

 たとえディアス様が武勇伝をお持ちの噂通りの熊のような方でも、私は嫌とは思わなかっただろう。

 実際私はディアス様について、熊のような筋骨隆々でお髭のはえた、毛むくじゃらな男性を想像していた。

 ディアス様のご容姿はとても端麗でいらっしゃったので、びっくりしているぐらいだ。


 まぁ、どのような容姿だろうと、ディアス様にご恩があるのは変わらないので、なんでもいいのだけれど。


「リジェット様はお父上の負債を助けるために、多額のお金と引き換えに、嫁ぎたくもないディアス様の元へいらっしゃった。だから、大変怒っていらして、なにもかもを拒否なさっているのかと考えていたのです……!」

「それは、ごめんなさい」

「あ、謝らないでください……っ、謝るべきは私の方でして」

「どうしてローラさんが謝るのですか? 誤解させてしまったのは私なのですから。ごめんなさい、そのように感じていたのですね。それは大変、申し訳ないことをしてしまいました」


 ローラさんは昨日も泣きそうになっていたけれど、今日も泣きそうになっている。

 私の言葉が足りなかったせいで、誤解をさせてしまった。

 ローラさんは気をつかって、私とディアス様の仲を取り持とうとしてくれていたのだろう。


「リジェット様は、本当にユーグリド家からいらっしゃったのでしょうか……?」

「ええ。ユーグリド家から来ました」

「……あの、それにしては、なんだか」

「どこか変なところがあるでしょうか? 私、あまり人と話すことがなかったものですから。あぁでも、嫌というわけではなくて。ローラさんが話しかけてくれるととても嬉しいです」

「……リジェット様、一体、ユーグリド家ではどのような扱いを受けていたのですか?」

「どのような……ごく普通ではないでしょうか。食事をして、本を読んで、野原を散策していました。ありがたい環境で暮らしていました。お母様は私が三歳の時になくなってしまって、新しいお母様に変わったのですが、追い出されることもなく育てていただきました」


 ローラさんは一瞬困ったように眉を寄せて、それから目尻をハンカチで拭うと、にっこり微笑んでくれる。


「リジェット様……分かりました。ドレスや宝石は、私たちが選びます。お食事も、私たちが。リジェット様は何か欲しいものやして欲しいことがあったら、私たちに遠慮なくおっしゃってくださいね……!」

「ありがとうございます。ローラさんも、私の言葉が足りないときは言ってくださいね」

「はい。これからよろしくお願いいたします、リジェット様」


 誤解がとけたようで、よかった。

 相手が怒っていると思っていると、一緒にいて怖いものね。

 私、そんなに怒った顔をしていたかしら。

 自分の顔を鏡で見たことなんて数えるほどしかないから、よくわからないのだけれど。


 でも、ローラさんと少し仲よくなれたようで嬉しい。

 ユーグリド家では侍女や使用人とは、お義母様を怒らせてしまうから、必要以外のことは話せなかったものね。




 

お読みくださりありがとうございました!

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