はじめての夜
私は、アスベル様や兵士の方々からも謝罪を受けた。
そんなに謝られても困ってしまうので「もう大丈夫です、皆さんが無事でよかった」と伝えると、アスベル様は「リジェット様、ウルフガードの兵はあなたに忠誠を誓います」と騎士の礼をしてくれた。
ディアス様はアスベル様やカーライル様と話し合いがあるようで、私は「ゆっくり休め」と部屋に帰された。
疲労感はあったけれど、そのまま眠る気もならずに、寝所に入る準備を整えてもらったあと、ローラさんにお願いをしてフェリオ君の元へと向った。
フェリオ君の体は清潔に清められていて、穏やかに眠り続けていた。
ローラさんの話では、念のためにお医者様を呼んで見ていただいたところ、命に別状はないそうだ。
診察の時も、着替えの時も起きなかったのだという。それぐらい、体力を消耗したのだろう。
私がベッドサイドに近づくと、ニクスは一瞬目を開いたけれど、すぐに眠りについてしまった。
しばらく、フェリオ君の傍にいた。
フェリオ君の命はニクスによって繋がれたけれど――病気までが癒えたかどうかは分からない。
できることならそうであって欲しいけれど。
手を握って、その顔を見つめる。
ふと、ユーグリド家のことを思いだした。
長年暮らしていた家だけれど、お母様との記憶以外はなにもないのだと気づいた。
一日誰とも話さないこともざらだったし、それを辛いとも思わなかったけれど――。
今の方がずっと、幸せだと思う。
生きている、呼吸をしている、心臓が動いていて、感情がある。
それを感じることができるのが、嬉しい。
「リジェ。フェリオは大丈夫だ。君もそろそろ休め」
扉が開く音がして、ディアス様が入ってくる。
ディアス様はフェリオ君の髪をさらりと撫でると、私に手を差し伸べた。
ディアス様の手を取って、立ちあがる。
静かに部屋をあとにして、手を引かれて歩いた。
「ディアス様、私の部屋はこちらではないのですが……」
「あぁ、知っている」
「どうしたのですか?」
「もう、眠いか、リジェ?」
「それが……そうでもないのです。心が、高揚してしまって」
「俺もそうだ。戦のあとは眠れないことが多い。少し、つきあってくれるか?」
もちろんだと頷くと、ディアス様は嬉しそうに笑った。
その笑顔は少年のようで可愛らしく、とくんと胸が跳ねる。
私はディアス様が好きだ。その気持ちが大きく膨らんで、血液のように体を巡る。
繋がった手から、その気持ちがこぼれ落ちて、ディアス様に伝わってしまわないだろうか。
そんなことは――ないのだろうけれど。
そう考えるだけで、気恥ずかしさに体温があがってしまう。
静かな回廊を歩き、階段を登り、物見台へ出た。
ウルフガードで一番高い場所にある物見台には、長椅子やテーブルが置かれている。
空が近く、星が近い。
ディアス様はかけていたマントで、私の体をくるんだ。
「寒くないか、リジェ」
「大丈夫です。ディアス様は?」
「俺は、平気だ。夜に川で泳ぐぐらいだからな。寒くはない」
「そんなこともありましたね」
長椅子に並んで座って、私はくすくす笑った。
ディアス様が私の体を引き寄せる。
片腕で抱かれて、私は戸惑いながらディアス様を見上げた。
「どうされました?」
「こうしていると、あたたかいだろう?」
「はい。でも……」
「嫌か?」
「嫌なことはありません。ディアス様にしていただくことは、全部、きっと、好きですから」
「それは、どんな剣よりもよく切れる、殺し文句だな」
ディアス様があまりにも楽しそうに笑うので、私も嬉しい気持ちになる。
あなたが笑っていてくれると、私も嬉しい。
お母様が笑ってくれると、私も嬉しかった。
そんなことを思いだして、涙がこぼれそうになった。
「――リジェ、怖い思いをさせた。すまなかった」
「これは……違うのです。なんだか、嬉しくて。あなたと一緒にいられる奇跡に、感謝をしなければ」
「リジェ。俺の元に来たことは、幸福だろうか。君はここに来たばかりだ。それなのに、恐ろしい思いをさせてしまった」
「恐ろしいとは思いません。あなたの傍にいるために、皆と一緒にいるために、もっと頑張らなくてはいけないと考えています。ですから、悲しいことをおっしゃらないでください」
私の気持ちを、否定されるのは辛い。
ディアス様の気遣いはありがたい。けれど、私はディアス様の元に来ることができて、幸せなのだから。
「ナユタ様に、和睦の道があるというお話しをしました。ナユタ様は両国の友好の為に、私に自分の元に来いと言いました。それが最善だと、私も思いました」
「それは、駄目だ。俺は君を、手放したくない。そんなことをするぐらいなら、和睦などはしなくていい。露払いは、全て俺が引き受けよう」
「……私も同じ気持ちです。それが国のためだと理解していても、あなたから離れるのは嫌です。私は、ディアス様の妻でいたいのです」
いつからこんなに、気持ちが大きくなってしまったのだろう。
ここに来たときは、ディアス様のことはよく知らなかった。
それなのに今は、心の大部分に、ディアス様がいる。
気づけば目で追っている。その声を聞くと安心する。抱きしめて頂くと、切なさと愛しさで心がいっぱいになる。
「あなたが、好きです」
「リジェ。……俺も、君を愛している」
夜の冷たい風が、頬を撫でる。
美しい星が、ディアス様の向こうがわに輝いている。
それが視界に入らなくなるほど、ディアス様の青い瞳は輝く星のように美しくて。
熱心に見つめられて、私は気恥ずかしさに目を伏せた。
唇に、柔らかいものが触れるのを感じた。
口付けをしていただいたのだと気づいた時には、それはすぐに離れてしまった。
ディアス様の指先が、私の唇や頬を撫でる。
伏せていた瞼を開くと、ディアス様は「まるで、恋を知ったばかりの少年に戻ったようだ」と、気恥ずかしそうに笑った。
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