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契約結婚



 窓辺から差し込む光に、金の髪はきらきらと輝いている。

 私の髪は桃色がかった金色で、整えなければあちこちにぴょんぴょん跳ねてしまうような柔らかい髪質だ。つまり、癖毛である。


 癖毛のピンクブロンドに夕日みたいな瞳は、お母様に似た。

 海に落ちる夕焼けのような色合いの私とは違い、ディアス様とは爽やかな朝の海のような色をもつ方だった。


 噂とはまるで違う――けれど、私よりも頭が一つ分以上大きい立派な体躯と分厚い胸板やしっかりした腰や足は、ディアス様は武人であるとはっきりと教えてくれている。


 ただそこにいるだけで視線で追ってしまうような――なんというか、大きな方だ。


 辺境の狼。偉大なる壁。その言葉がしっくりくる佇まいだけれど、噂で聞いたようなおそろしさはまるで感じない。


「はじめまして。ユーグリド家からまいりました、リジェット・ユーグリドと申します。この度は我が家に格別のご支援をしてくださいまして、ありがとうございます」


 私は居住まいを正して、挨拶をした。

 格別のご支援というか、破格のご支援というか。


 私一人と船三隻なんて、とても釣り合わないもの。


「いや。その件は別に構わない。疲れただろう、座って話そうか、リジェット」

「ありがとうございます」


 促されるままにソファに座る。ディアス様も私の正面に座った。

 近くにくると、その体躯があまりにも立派なためか、少しだけ威圧感がある。

 堂々と伸びた背筋や、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳のせいかもしれない。


 この方と夫婦になるのだと思うと、どうにも落ち着かない気持ちになる。私の生まれた故郷には、こんなに立派な方はいなかった。

 もちろんそれは、私がほとんど家の外にでることもなく、人と関わってこなかったからよく知らないだけかもしれないけれど。


 ウルフガード家の馬車も快適で、長時間座っていても腰やお尻が痛くなるようなことはなかったけれど、応接間のソファはそれ以上に座り心地がいい。


 侍女の方々によって、すぐによい香りのする紅茶と、菓子が準備される。

 チェリーのコンポートがごろごろのっているチェリーパイからは、微かにラム酒の香りがする。

 なめらかに泡立てられたバニラビーンズ入りのクリームが添えられていて、とても美味しそうだ。


「まずは少し、休憩をしてくれ。口に合うといいが。どうぞ」

「ありがとうございます、いただきます」


 あまりにも美味しそうで、思わずにこにこしてしまう。

 社交の場に出たことがないので、こういう時どういう対応をすればいいのか、あまりよく分かっていないのだけれど。


 でも、勧められたのだから食べていいのよね……?

 と、自問自答しながら、チェリーパイの誘惑に逆らうことができず、フォークでサクサクと切って口にいれた。


 甘酸っぱくて、ラム酒の風味も効いていて美味しい。

 添えられているクリームはミルクの味が強くて、甘酸っぱいチェリーの味をまろやかにしてくれる。


「美味しいです、ディアス様。とても美味しいです」

「それはよかった」

「あっ、ごめんなさい。あの、たくさん食べてしまって」

「たくさん食べてはいけないのか?」

「その……恥ずかしいことではないでしょうか。人前でたくさん食べるのは」

「構わない。俺はどうとも思わない。むしろ、食べてくれたほうが嬉しい」

「いいのですか?」

「あぁ」


 どういうわけか、チェリーパイを食べる私の姿を、ディアス様は熱心に見続けている。

 咎められるのかと一瞬不安になったけれど、そういうわけではなさそうだった。


 ディアス様が何も言わずに私を見ているので、私はもくもくと夢中でチェリーパイを食べて、紅茶を飲んだ。

 つまり、夢中で食べてしまうぐらいにチェリーパイは美味しかったのである。


「とても美味しかったです。ごちそうさまでした」


 食事はいつも一人で、自室で食べていたから、こうして誰かに見られるというのは不思議な感じがする。

 ディアス様は食べないのかしら。甘いものはお嫌いそうな顔をしているけれど。

 お腹も心も満たされたのでにこにこしながらお礼を言うと、ディアス様は心なしか優しげに目を細めて頷いた。


「口にあったようで、よかった」

「こんなに美味しいケーキをいただいたのは、はじめてです」

「そうか」

「ディアス様。私に三艘の船以上の価値があるとはとても思わないのですが、あなたの妻として、できる限り頑張らせていただきますね」


 ディアス様は何かを考えるように目を伏せた。

 それから私をじっと見据えて、腕を組んで口を開く。


「そのことだが。君には感謝をしている。辺境は常に隣国の脅威に晒されている土地だ。ここを離れるわけにはいかず、戦に明け暮れていたら――気づけば、二十五を過ぎていた」

「ディアス様はお若く見えますね」

「君は十八だと聞いた」

「はい」

「……もっと他にいい相手がいただろうに」

「……?」


 ディアス様は小さな声で何かを呟いた。今までははっきりとお話しをしてくださっていたのに。

 聞き取ることができずに首を傾げると、なんてもないとでもいうように、苦笑なさった。


「結婚相手を探していたのは、いい加減に身を固めろと国王陛下に言われてな。両親はすでになく、年の離れた弟が一人いるだけだ。国境の西側には叔父の家があり、第二国境警備隊の隊長をしてくれているが、俺に子供がいない場合、少しややこしいことになる」

「跡目争いということですね」

「あぁ。それを気にして、国王陛下は結婚をしろと言ったのだろう。とはいえ、社交界にも顔を出すような余裕もなかった。結婚相手を探そうにも、あてがなくてな。あるものは、金ぐらいだ。……君を金で買うような真似をして、すまなかった」


 私は慌てて立ち上がった。

 謝られることなんて何一つない。我が家は、ディアス様のおかげで没落せずにすんだのだから。


「そんなことはありません。ディアス様には感謝をしています。本当にありがとうございます」

「……リジェット。覚悟を決めて、ここに来てくれたのだろう」

「はい。それはもちろん」


 ディアス様の妻になることに、そこまでの覚悟は必要ないとは思うのだけれど。

 普段何かに思い悩んだりすることもない私なので、実を言えばそこまで何か考えていたわけでもないのだけれど。


 ただ、辺境について調べていたのは――興味があったからだ。

 私がこれから暮らす場所はどんな場所なのかについて。

 そこには、期待があった。見知らぬ土地に行くという、胸が躍るような期待だ。


 立ち上がったままの私の元にディアス様はやってくると、私の肩に軽く手を置いた。

 大きな手のひらと、長い指の感触に、胸がどくんと跳ねる。


「気楽に、考えて欲しい。これは契約のようなものだ。俺は金を支払い、君は妻の座におさまる。だが、君の自由を束縛するつもりはない。好きなように過ごして欲しい」

「好きなように?」

「あぁ。故郷にいる好きな男を呼んでも構わない。俺の傍に無理をしている必要はない。子供は……産んで貰わなくてはいけないが、その役目だけ果たしてくれたらそれでいい。辺境伯家の金も、自由に使ってくれ」


 思わぬことを言われてしまった。

 私は一瞬、ディアス様が何を言っているのかわからなくて、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。




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