サリヴェの牢獄
冷たい鉄格子の並ぶ石造りの小部屋には、小さな窓が一つきり。
窓にも鉄格子がはめられており、いかにも牢獄、といった様相だった。
「牢獄に閉じ込められたのははじめてですね……」
深い眠りの中から目覚めた私は、しげしげと部屋の様子を眺めた。
牢獄とは、物語の中によく出てくるものだけれど、実際目にしたのも中に入ったのもはじめてだ。
働かない頭でそんなことを考えて、それからはっと我にかえった。
私のすぐ近くに転がされているフェリオ君を軽く揺さぶる。
「フェリオ君、大丈夫ですか……!?」
「リジェット……」
同じく、何かの薬で眠らされていたのだろう。フェリオ君がうっすらと目を開ける。
手をとって脈拍に触れて、顔色を確認した。
「どうやら、眠らされていたみたいです。布に染み込ませて眠らせる効果のある薬草は、ノルディア草。安眠効果がありますが、使用量を多くすると、眠りの淵に落ちますね。特に副作用はなかったはずなので、体に悪い影響はないかと思います」
フェリオ君の体をぺたぺた触りながら、私は無事を確認する。
呼吸の音も静かだし、青ざめてもいない。冷や汗もかいていない。大丈夫そう。
「リジェット、ごめんね。巻き込んでしまって」
「いいえ。巻き込んだのは私です。サリヴェの兵は、ディアス様の妻を探していました。私を人質にとりたかったのでしょう」
「でも、リジェットが、ウルフガードに来たから。こんな怖い思いをさせてしまった」
フェリオ君は起き上がると、私の心配をしてくれる。
震える手で私の手を掴む。大きな瞳が揺れている。私はにっこり微笑んだ。
「怖くないですよ。大丈夫。フェリオ君も、大丈夫です。ディアス様がきっと、すぐに助けに来てくださいます」
「うん。そうだね、リジェット」
頷くフェリオ君が次の言葉を口にする前に、牢獄に大きな声が響いた。
「目覚めたか、二人とも。ナユタ様がお待ちだ!」
サリヴェの兵が、鉄格子の向こう側から私たちを睨んでいる。
サリヴェの方々は、浅黒い肌に銀の髪をしている。襲撃の時は仮面と布に隠れて見えなかったけれど、今は仮面もつけていなければ、頭を隠す頭巾もない。
立派な体躯に、革の鎧。赤を主にした艶やかな組紐の飾り。
王国の服装とはどことなく違う。その顔立ちも、私たちとは少し違う。僅かばかりの差異でしかないのだけれど。
私たちは牢から出された。女と子供では逃げられないと思われているのか、縄は打たれなかった。
槍を持った兵士に前後左右を囲まれながら、牢獄から別の部屋へと誘導される。
いくつかの階段をあがり、扉を抜けると玉座の間がある。
あまり飾り気のない、無骨な作りの部屋である。太い柱が並ぶ部屋の中央奥には玉座が置かれている。
槍や剣を持った兵士たちがずらりと並ぶ。
玉座には立派な鎧を身につけた銀の髪と、褐色の肌、翡翠色の瞳をした男が、足を組んで座っていた。
ディアス様と同年代か、少し若いぐらいだ。
切れ長の瞳は涼しげで、屈強な体つきをしている偉丈夫である。
私たちは男の前に引きずるように連れてこられると、背中を蹴られて、強引にひざまずいた。
「乱暴なことをしないでください。この子は、まだ子供です」
私はフェリオ君を抱き寄せるようにして庇った。フェリオ君は私の手を軽く払いのけるようにしながら「大丈夫」と小さな声で言う。
「サリヴェ語が話せるのか」
「ええ。少し。あなたは、ナユタ様ですね。先ほど、兵士の方がおっしゃっていました」
「あぁ。ナユタ・アリマ・サリヴェ。サリヴェの王、アリマの子。立場は、第二王子。国境の戦線を任されていたが、ウルフガードにより大敗をしたばかりの男だ」
どんなに怖い方だろうと思っていたのだけれど、ナユタ様は抑揚のない声で淡々とそう言った。
立派な玉座の肘掛けに腕を置いて、頬杖をついている。
フェリオ君が、膝の上に置いた手をきつく握った。
「兄上を攫い、今度はリジェットと僕を攫うなんて。卑劣な真似ばかり……っ」
「フェリオ君。落ち着いて。私に任せて、大丈夫ですから」
「女、その子供はなんと言っている? 私はそちらの言葉は分からん。覚える気もない。殺し合う相手と話しても仕方ないだろう」
「そうでしょうか。言葉がわかるから、私はあなたと話せています。フェリオは、どうして攫ったのかと聞いていますよ」
そのままの言葉を伝えるのははばかられたので、申し訳ないけれど嘘をついた。
ナユタ様は肩をすくめると、「そんな簡単なこともわからんのか」と目を細める。
「ウルフガード……ディアスが、婚礼の準備をしていると耳にしてな。さぞ浮かれているだろうと思ったのだ。一泡吹かせるいい機会だとな」
「ディアス様を苦しめたいのですか?」
「それはそうだな。ディアスのせいで、俺の二つ名は戦下手、惨敗王子だ」
「まぁ……。ひどいあだ名です。私もよく、のろまとか愚鈍と言われていましたが……のろまや愚鈍はそのとおりなので構いませんが、戦については、あなただけでの責任ではありませんでしょう?」
「そうだな。だが、負けたら全て俺の責任になる。そういうものだ。……お前は何故、俺と話せるんだ?」
呆れたようにナユタ様が言うので、私は少し考えた。
「サリヴェ語を話せるので。会話ができます」
「そういうことではない。怯えないのか。憎まないのか?」
「今のところは、何もされていませんし……。でも、フェリオには手を出さないでください。痛いことをするのなら、私に」
「……ディアスはずいぶんと、豪胆な嫁を娶ったようだな」
豪胆かどうかは、わからないけれど。
今は、怖いとは感じない。
きっとすぐにディアス様が来てくださる。なんの確証もないけれど、そう信じることができた。
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