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ディアス・ウルフガードの出迎え



 カラカラと音を立てながらゆっくり走る馬車にゆられて、私は辺境に向かった。


 ユーグリド家のある海辺の街から続く、海沿いの街道を馬車は走っていく。


 光を受けた海は、エメラルドグリーンに輝いている。雲のない空と穏やかな風の、心地よい日だ。

 しばらくは、いい天気が続きそうだった。


 ルーフェンシュタイン王国は、起伏の激しい土地のため、住むことができる場所が少ない。

 窓の外には海が広がり、その反対側は山脈が広がっている。

 深い森や川、湿地帯も多い。


 水には困らないが、作物を育てるには向かない。

 食料の確保を貿易で補う必要があるため、お父様の海運業は儲かっているというわけである。


 海と、二つの国と隣接しており、国土はさほど広くない。

 けれど海に隣接しているために、塩が豊富に取れる。塩山もある。

 山が多いために、鉱山も多い。


 農地が少ない分、他の資源は豊富にある。

 その上、海があるために、隣国からの侵略に常に晒されているのがルーフェンシュタインである。


 二つの国から国境を守るウルフガード辺境伯家は、王国の偉大なる壁と呼ばれている。

 双頭の狼を家紋として掲げているウルフガード家は、国境を守るために軍を有している。

 

 辺境伯自身も軍人で、より武名のある者が尊ばれる家風なのだそうだ。


 そんなことを、ウルフガード家に嫁ぐと決まった時から、私は図書室の記録書などをあさって調べていた。


 途中、小さな街で泊まり、朝になったら再び馬車に乗って三日。

 海辺の街道から、内陸に入り森を抜けて――いつも見えていた海は、すっかり見えなくなっていた。


 その代わりに森や山や原野が広がる、自然豊かな土地を馬車は進んでいき、ウルフガード家に辿り着いた。


 ウルフガード辺境伯家は、辺境の領地の中央にあるジストレスの街を見下ろす高台にある。

 高台に城が作られているのは、攻城戦にて城が守りやすいからである。

 敵側からは攻めにくく、守りやすい地形に城を建てるのが基本だと――辺境の歴史の記録が書かれた記録書で読んだ。


 私の住んでいた海辺の街は貿易船があるためにとても栄えていたけれど、ジストレスの街はそれ以上に大きいように見える。


 街はぐるりと高い壁に覆われていて、開かれている街の門を抜けると、灰色の壁からは想像もつかないほどの色鮮やかな街が姿を現した。

 侵略の憂き目に晒されている――とは思えないほどに、美しい街である。


 白壁に青い屋根の家が多い。透き通った水が流れる水路がいくつもあり、風車小屋の風車が風を受けてゆっくりと回っている。


 外周には畑や林といった、牧歌的な雰囲気が広がっていて、中央に進むにつれて家の数が増えていく。

 往来を歩く人々の姿も増えていき、鉄を打つ音や、建物を建てる音。客引きの声。それから、何かを煮ているような美味しそうな匂いや、肉を揚げているような油の匂いが漂ってくる。


 海はないために、波の音はしない。潮の匂いもしない。けれど、生き生きとした生活の匂いと音が街には充満していた。


 街の中心地を抜けた先の高台に、お城が建っている。

 木々の合間から見えるお城はまるで王様が住んでいるぐらいに立派なものだった。

 

 王都のお城もこんなに立派なのかしらと、私はそびえ立つ建物を眺める。

 木々の合間の道を抜けて、馬車はゆるかやな坂道を進んでいく。


 坂をのぼった先に、城門がある。警備の兵が門を開き、城のある敷地内に馬車を通した。


 見上げていると首が痛くなるほどの立派な――けれどどこか無骨なお城の前で、馬車は停まった。

 馬車を降りた私は、寡黙に馬車を警護してくれていた護衛騎士の方々や、御者の方、私の世話をしてくれた侍女の方にお礼を言った。


「ここまで案内してくださって、ありがとうございました。とても快適な旅路でした。旅ははじめてでしたが、色々な景色を見ることができて嬉しかったです」


 馬車に一人で乗っている時間と――それ以外は、宿の部屋で一人で眠る時間が殆どだったので、挨拶もお話しもあまりできていなかった。


 私をここまで連れてきてくださった皆さんは一瞬驚いたように目を見開いて、それから深々と頭をさげてくれる。


「奥様にお礼を言われるなんて、とんでもありません」

「私たちは仕事をしただけですから」

「お礼など、言わなくてもいいのですよ」


 ――そういうものなのかしら。

 伯爵家にも使用人の方々はいたけれど、個人的に話すことはあまりなかった。

 仕事中に雑談をすると、お義母様が怒るのだ。私が話しかけた場合でも、叱られるのは私と会話をした使用人。

 だから、あまり話さないようにしていた。

 元々私もお喋りな方ではないから、それで困るようなことはなかったのだけれど。


 それでも、お礼を言うのは悪いことではないわよね。

 お母様も――あまり記憶にはないのだけれど、何かをしてもらったときは、侍女に「ありがとう」とお礼を言っていたもの。


 その侍女というのは、お母様のご存命中はリンダさん。つまり、お義母様だったので、少しややこしい。


 侍女の方に案内をされるままに、私は辺境伯家のお城に足を踏み入れた。

 扉を抜けると、美しいシャンデリアがすぐに目に入ってくる。

 広いホールを抜けた先にはいくつかの階段がある。


 まるで、迷路みたいだ。

 ユーグリド伯爵家も大きかったけれど、ウルフガード家はユーグリド伯爵家が二つ三つ入ってしまうぐらいには大きい。


「ディアス様がお待ちになっております、こちらに」


 階段をあがった先に、濃い色合いをした重厚感のある木製の扉がある。

 遠慮がちに侍女の方がノックをすると「入れ」と、中から声がした。


 開かれた扉の先は、応接間だった。

 

 大きなテーブルセットと、革張りのソファ。木製の床には、獣の皮でできたようなふかふかの絨毯が敷かれている。


 窓の外には森の木々と、木々の上を飛ぶ小鳥の姿がある。

 窓際に、男性が立っている。


 立派な体躯に、黒い軍服を着ている。肩には双頭の狼の飾りがある。

 艶のある金の髪は長く、背中まで伸びている。

 涼しげな青い瞳に、意志の強そうな立派な眉。高い鼻梁と、薄い唇。

 いらない肉をそぎ落としたような頬。形のよい耳には、鳥の羽の耳飾りが揺れていた。


 ――熊には見えない。

 あまりにも皆が熊だ熊だというから、髭のはえた大男を想像していたのだけれど。


「長旅、ご苦労だった。よく来てくれた、リジェット。俺は、ディアス・ウルフガードだ」


 低くよく通る声はとても落ち着いていて、冷酷さは全く感じられない。

 淡々としていて、穏やかな印象である。


 ディアス・ウルフガード様は、熊ではなかった。


 むしろ――月の光を受けて毛並みを金色に輝かせる、精悍な狼のような男性だった。




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