君臨するアリエス様
それにしても――愛らしい方だ。
私は感心しながら、アリエス様を眺めた。
その美しい装いが邪魔にならないぐらいに、愛らしい顔立ちと豊かな体つきをしている。
「はじめまして、アリエス様。海底から見つかった宝石箱のように美しい方ですね」
「ふぅん。分かっているじゃない。貧相なあなたよりも、私の方がディアス様に相応しいものね」
「……っ」
ローラさんは何か言いたそうにしたけれど、唇を噛んで俯いた。
フェリオ君が私を庇うようにして、前に出る。
「アリエス、兄上とリジェットの邪魔をしないで欲しい。二人の婚礼は、もう決まったことだ」
「だまらっしゃい、おチビさん。聞いたのよ、お父様から。ユーグリド伯爵家の船が沈んだそうね。兄様は船代を払って、その代わりにあなたが嫁に来たのでしょう?」
「はい。ディアス様には大変感謝をしております」
私はフェリオ君の背中に手を置いた。
私なら大丈夫だと微笑むと、フェリオ君は心配そうに大きな瞳でじっと私を見つめた。
「お兄様も、損な買い物をしたわね。あなたのような貧相な女を買うために、億のお金を払ったのでしょう。そんなことをしなくても、アリエスがいつでもお兄様のお嫁さんになってあげたのに」
「それは、そうですよね。私もそう思います」
真っ当なことを指摘されたので、私は頷いた。
その通りだ。ディアス様は立派な方だ。それにとても素敵だ。
だから、お金を支払って私を妻にしなくても、お嫁さんになりたいという方が沢山いただろう。
「アリエス様も、ディアス様のお嫁さんになりたかったのですね」
「……っ、なによ、その言い方! 選ばれたからといって、調子に乗らないで! ともかく、私はあなたを認めないわ! さっさと家に帰りなさい!」
「それは、できないです。ユーグリド家にはもう帰ってくるなと言われていて」
「それはお金が惜しいからでしょう? いいわ、私のファスト家からもお金をあげる。だから、帰っていいわよ」
「お金は、いただけません。これ以上甘えるわけにはいきませんので……」
どうしてアリエス様は怒っているのだろうと考えて、ふと、ある考えに思い至った。
私はぱちんと両手を合わせる。
「アリエス様も、ディアス様のことが好きなのですね」
「うるさいわね! 私の方がよほど、ディアス様の隣に相応しいわ!」
肩を怒らせて、アリエス様は従者たちを連れて書庫を出て行った。
ローラさんがすぐさま私に頭をさげる。
「申し訳ありません、リジェット様……! 何も言うことができず」
「いえ、気にしないでください、ローラさん。アリエス様というのは、とても、はきはきした方ですね」
「嫌な思いをしたね、リジェット。アリエスは、兄上の前ではいつも猫なで声でね。でも、ローラたちにはいつも偉そうなんだ。僕は嫌い。兄上も、嫌っていると思う」
フェリオ君が不快感をあらわにした。
怒っているフェリオ君を見るのははじめてだ。私の知らない過去にも、色々あったのだろう。
「ディアス様は魅力的な男性ですから、数多の女性が魅かれるのは当然かと思います。それに、私が貧相なのもその通りですし、お金の件もその通りなので。ディアス様が嫌っているかどうかは……」
「嫌っているよ。リジェット、アリエスのことは気にしないで」
「はい、気にしないようにしますね」
ディアス様がお帰りになって、アリエス様についてどうご判断されるかを待つことぐらいしか私にはできることがない。
いつもと同じようにすごそうと、フェリオ君と微笑み合った。
ローラさんはずっと、浮かない顔をしていた。
「ディアス様がご不在の時に限って、どうして問題が起こるんだ……。出て行けと言ってもきかない。使用人たちからの不満が、僕の元に全て寄せられる。僕も追い出したい。胃が痛い……」
午前中を書庫で過ごした。
昼食をすませたあと、天気がよいから外を散歩しようかと、フェリオ君と一緒に廊下を歩いていると、お腹をおさえてふらふら歩いているアスベル様を見かけた。
近づいていってその背中を摩ると、アスベル様は細長い体を折り曲げるようにして振り向いた。
「大丈夫ですか?」
「リジェット様……申し訳ありません。僕が頼りないばかりに、アリエス様に大きい顔をさせてしまって」
「アスベル、それは僕も同じ。僕が……こんな風だから、兄上のようにできないから、いつもアリエスには馬鹿にされる」
「フェリオ様……」
フェリオ君はしっかりしているし、アスベル様は立派な方だ。
アリエス様を強引に家に帰すことなどできないだろうから、仕方ない気がする。
「お二人とも、大丈夫ですから。私は特に気にしていませんし、従兄妹であれば家族です。ですので、アリエス様がディアス様がお帰りになるまで滞在するのは特におかしいことではありません」
「それは、確かにそうなのですが……」
アスベル様は体調もすぐれないように見えた。それぐらい、心労が激しいのだろう。
「アスベル様、具合が悪そうですから、一緒に散歩に行きませんか?」
「リジェット様、お優しい……ご一緒してもいいですか?」
「ええ、もちろん」
私たちが二階から階段を降りて、中庭に行こうとすると、大きな声が聞こえてくる。
「婚礼着を私のサイズで作るように伝えなさい! ディアス兄様に嫁ぐのは私なのですから! そうとなれば、食事の手配やお酒の手配も必要ですわね。リジェットは何かしたのですか? 何もしていない? 全く、使えない女ですわね!」
玄関ホールの中央で、アリエス様が従者の方々に支持を出している。
ローラさんたちがその前に立ちはだかって「いい加減にしてください」「ディアス様が怒りますよ、アリエス様!」と抗議をしていた。
「困りましたね……」
私はぽつりと呟いた。
私が原因で喧嘩になっているのだとしたら、私は――ここにいない方がいいのではないかしら。
そんな私の心境を見透かしたように、フェリオ君が私の手をぎゅっと握った。
「ローラ、放っておけ。兄上が帰ってきたら、どうせ追い出されるだけだ、アリエス」
フェリオ君が堂々とした佇まいで口を開く。
そんなフェリオ君に、アリエス様は肩をすくめた。
「あら、おチビさん。ディアス兄様はそんなことはしないわ。私には、優しいもの」
「……馬鹿だね、アリエス。兄上は誰にでも優しいよ。ウルフガードの後継者なのだから、当然だろう。余計なことを言って波風を立てないようにしているだけだ。それに、君は叔父上の娘だから。余計に、冷たくはできない。それだけだよ」
「何もわかっていないのね! ディアスお兄様は、従兄妹だからと遠慮して私を選ばなかっただけよ。私がそうしたいといえば、お嫁さんにしてくれるわ。その女を追い出してね!」
フェリオ君は頭を片手でおさえた。
アスベル様が「あなたが使った金額は、全てファスト家に請求させていただきますからね」と冷たい口調で言った。
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