アリエス・ファウトの襲来
ディアス様が出かけられた翌日の昼、私はフェリオ君とローラさんと三人で、幻想動物大図鑑を読んでいた。
不死鳥とオルトロスについての項目がやはり気になる。
ウルフガード家にその伝承が残っているのだから、やはり存在しているのではないのだろうか。
ディアス様の昔飼っていた鳥が本当に不死鳥だとしたら、また会える方法があるのではないか。
そんなことを考えながら、私は本の文字を辿っていた。
「兄上は不死鳥を飼っていた……うん。兄上なら、ありそうだね」
「ディアス様は双頭の獣だろうと、不死鳥だろうと、気にせず可愛がりそうですものね」
フェリオ君とローラさんは、ディアス様の昔話を知らなかったらしい。
ディアス様がサリヴェの砦を制圧した時のことは、英雄の神話として語り継がれているようだけれど、そこには赤い鳥の話は出てこないのだという。
「当時、私はまだ十歳そこそこでしたから。よく覚えていないというのが正しいかもしれません」
「僕は生まれていないからね、まだ。でも、不死鳥を飼っていたなんて、教えてくれてもいいのに」
不満そうにフェリオ君が言う。確かに、フェリオ君には話をしていてもいい気がするけれど。
ディアス様はきっとニクスを失ってすごく悲しかったのではないかしら。
「ディアス様は不死鳥だと思っていなかったのかもしれません。耳飾りにしているぐらいに、大切にしていた──友人のような鳥だったのでしょうね。もしかしたら、あまり話したくはなかったかもしれないですね」
「兄上は物事をあまり、引きずらない性格をしているから、忘れていただけかもしれないよ」
「確かにそうかもしれませんよ、リジェット様」
フェリオ君の言葉に、ローラさんも同意する。
私は笑いながら頷いた。ディアス様のお人柄が、お二人の言葉からよく現れている気がした。
「でも、不死鳥だったらいいね。そうしたら、ウルフガード家は、双頭の獣と不死鳥、両方の加護がある家ってことになるよね。格好いい」
「そうですね、フェリオ君。とても、素敵です」
「本当にいるんでしょうか、不死鳥。本には、ウルフガード地方に生息するって書いてありますけど。本当かな」
ローラさんが半信半疑という様子で、訝しげに眉を寄せた。
幻想動物大図鑑には、神秘的な動物がまるで本当に存在しているかのように書かれている。
「海の底には、船よりももっと大きな動物が住んでいるのですよ。鯨といいます」
「船よりも大きい?」
「そんな動物いるの?」
「はい。それから、私たちよりもずっと大きくて、平べったい動物もいます。エイといいます」
私はノートに、鯨とエイの絵を描いた。フェリオ君たちは驚いたようにその絵を見て、それから笑いながら「本当に?」「こんな動物がいるのかな」と言う。
その反応がなんだか楽しくて、私は微笑んだ。
「私も実物を見たわけではありませんけれど、これは本当にいるのです。海洋生物の図鑑にのっていますね。見たことがないのに、いる。これは、不死鳥やオルトロスと似ていませんか?」
「確かに」
「そうですね。私も、実際に見たことはありませんけれど、首が伸びるカメがいることを知っています」
「すっぽんですね」
「変な名前」
フェリオ君がとうとう、声をあげて笑い出した。
ひとしきり笑うと、コホコホ咳き込む。私はその背中をさすった。
「大丈夫、ごめん。むせた」
僅かに青ざめて咳き込んだフェリオ君の仕草が──少し、具合の悪い時のお母様に似ている。
「フェリオ君、あの」
具合が悪いのかと尋ねようとすると、書庫の扉が大きな音を立てて開かれた。
ローラさんが立ち上がり、静かな怒りをたたえた眼差しを、扉のほうに向ける。
「なんと、不作法な! リジェット様とフェリオ様のいらっしゃる部屋の扉を、乱暴に開くとは」
「黙らっしゃい、ローラ。お兄様はどこですの? アリエスが会いに来たというのに、アスベルはいないの一点ばりで、全く無礼な男ですわ!」
開かれた扉から、数名の従者と侍女を引き連れた煌びやかな女性が入ってくる。
私と同年代ぐらいだろうか。
美しい金色の髪に、青い瞳。色合いはディアス様にどことなく似ている。
レースやフリルで膨らんだスカートが可愛らしいドレスを着て、頭には豪奢な宝石のあしらわれた髪飾りをつけている。
鳥の羽でつくった扇を優雅に振って、ローラさんをその扇の先端で示した。
「私に話しかけていいと思っているの? 庶民の分際で」
「……アリエス様、申し訳ありません」
アリエス様という名前を、私はどこかで聞いたことがある気がした。
フェリオ君が私にそっと「あれは、アリエス・ファウト。叔父上の娘。従兄妹だよ」と教えてくれた。
「兄上はどこ? ご結婚なさると耳にして、急いで会いに来たのですわ。兄上の結婚相手はどこにいるの? どこの馬の骨ともわからない女と結婚するなんて。兄上には、アリエスがいるというのに!」
「アリエス……突然やってきて、大騒ぎしないでほしい。兄上は不在だよ。帰って」
「まぁ、フェリオ。おチビさんは、大人の話に首を突っ込まないで」
フェリオ君は具合が悪いのだから、あまり怒らせてはいけない。
アリエス様がどういう方なのかはよくわからないけれど、フェリオ君を庇うために私は席を立って、アリエス様の前に出ると、スカートを摘んで挨拶をした。
「はじめまして。ディアス様の妻になるためにウルフガード家にきました、リジェット・ユーグリドと申します」
「貧相な女ね」
アリエス様は私を上から下まで見た後に、吐き捨てるようにそう言った。
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