英雄ディアスと追悼の踊り
慰霊祭に集まっている人々がディアス様に向ける眼差しは、尊敬と敬愛に満ちている。
子供たちがディアス様の周りに集まってきて、口々に「ディアス様」「この綺麗なお姉さんは誰?」と聞いた。
「俺のお嫁さんだよ。リジェットという。よろしくな」
「よろしくお願いします」
ディアス様が紹介してくださったので、私はお辞儀をして微笑んだ。
「お嫁さん!」
「ディアス様のお嫁さん!」
「こら、お行儀よくなさい」
「そうだぞ、皆。リジェット様に失礼だろう」
大人たちが、子供たちを注意するので、私は「いつも通りでいてください」と両手をふった。
「皆、リジェットは俺を夫にしてもいいと言ってくれるような女性だ。だから、リジェットの言うように、いつも通りで構わない」
「まぁ、ディアス様! それはリジェット様がディアス様にあわせてくれているだけではないでしょうか」
「そうですよ、ディアス様。リジェット様が驚いてしまいます」
「だそうだが、リジェット」
人々が口々に私に遠慮をしてくれる。ディアス様がどことなく悪戯っぽい顔で私を覗き込む。
私は笑いながら、首をふった。
「あわせているわけではありませんよ、驚いたりもしません。いつも通りにしてくださるほうが、私は嬉しく思います」
「リジェットもこう言っている。俺が気に入る女性なのだから、分かるだろう、皆」
ディアス様が得意気に言う。その様子を見た皆は、一斉に笑い出した。
「ディアス様が女性を連れて歩くのを見るのははじめてですものね」
「リジェット様、辺境の地によくいらしてくださいました」
「我らの英雄を、よろしくお願いしますね」
明るく声をかけてくれる皆さんに、私はもう一度お辞儀をした。
「こちらこそ。これから、よろしくお願いします。ディアス様の妻として、できる限りのことをさせていただきます」
「そう、肩肘を張らなくていい。リジェット、君は……その、ええと、だな」
「ディアス様?」
「どうにも、言い慣れない言葉は照れてしまうな。俺には似合わない気がして、余計に」
「ディアス様に、似合わない言葉……?」
「あぁ。あー……うん。よし」
私の手を取って、ディアス様は真っ直ぐに私を見据える。
そういえば――ディアス様は先程、グレイシードさんのお店で髪を結わかれている。
雄々しいお姿なのに、髪に飾られた花のせいで、どうにも可愛らしく感じられる。
「リジェット。君は、今の君のままで十分に素敵だ」
「まぁ……ありがとうございます、ディアス様。私、辺境の狼と呼ばれているあなたと出会えたことに、感謝をしています」
「……そうか」
口々に、皆が「ディアス様が照れている!」「はじめて見た」と言って、私たちを冷やかした。
その言葉には深い親愛の情が滲んでいて、ディアス様が人々から愛されているのを肌で感じる。
「ディアス様、いつもの、やって!」
「あぁ! いつもの、聞きたい!」
「僕も!」
子供たちがディアス様の服を引っ張る。
ディアス様は困ったように笑ったあとに「あぁ、いいぞ。リジェット、見ていてくれ」と私に言って、楽隊の輪の中心に入っていく。
私の周りにも子供たちが集まり、小さな手で私の指を引っ張った。
「リジェット様、ディアス様はすごいんだよ」
「誰よりも、上手なんだよ」
「上手?」
「うん、上手!」
ディアス様に、楽隊の方がフィドルを手渡した。
炎に照らされたディアス様の、赤い耳飾りが揺れる。肩にフィドルを構えて、弓を構える。
それはまるで、獣を射るために弓矢を構えているような凜とした迫力のある佇まいだった。
弓が、弦を弾く。
どことなく懐かしさが感じられる、軽快な音楽が、日が落ちて星がまたたく夜空に響きはじめる。
ディアス様の口元は、楽しげに弧を描いている。
伏し目がちな瞼からのびる睫は長く、奏でる音楽は失われた人々の戦場での勇気を称えているように聞こえた。
やがて、楽隊の方々がディアス様の音色に合わせて、ハープやアコーディオン、フルートを奏ではじめる。
慰霊祭という習慣は、王国にはないものだ。少なくとも、私が知る知識の中ではない。
人に魂が宿るというのは、サリヴェ王国の考え方である。
あぁでも――もし、失われたお母様に魂があるのだとしたら。
私はお母様が亡くなったとき、まだ幼くて、状況も理解できずにいた。
何も、できなかったけれど――。
慰霊祭の音楽を聴いていると、少しだけ、救われたような気になる。
ディアス様の音色が、ディアス様の眼差しが、街の人々に溶け込むその姿が。
私の心に、風を吹かせる。
凪いでいた海に浮かんでいた小舟が、波に揺られて、大きな帆をあげた。
帆は風を受けて、小舟をどこかに進ませる。
小舟の行く先は、きっと――希望に満ちている。
子供たちが私の手を引いた。
「リジェット様も、行こう?」
「一緒に行こう」
「楽しいよ!」
「ええ、もちろん!」
女性たちが音楽に合わせて踊っている輪の中に、私と子供たちも入り込む。
踊ったことなどないから、不格好だけれど、真似をしながら手や足を動かした。
ぎこちない私の踊りを、子供たちが笑う。
笑って貰えるのが嬉しくて、私はスカートを摘まんでくるくると回った。
あぁ――覚えている。
『リジェット、今日は気分がいいの。踊りましょう!』
お母様が私の手を取って、誰もいない広いばかりの屋敷の広間で、踊ってくれる。
私はそれがとても楽しくて、大きな声をあげて笑った。
お母様と二人きりの時間は、いつだって喜びに満ちていた。
私は子供たちの手を取って、軽やかにステップを踏みながら回り始める。
きゃあきゃあと嬉しそうに声を上げて私と一緒に回る子供たちの姿に、在りし日の自分を見たような気がした。
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