慰霊祭
グレイシードさんは最後に私の両手を包み込むように優しく握った。
その手は、男性のものというよりも女性的で、よく手入れをしているのだろう、艶やかだった。
爪の先まで磨かれており、その爪は黒く塗られている。
「リジェット様、ディアス兄は、親を亡くしてウフルガードのお城で育った僕やローラ、他の孤児たちに本当の兄のように優しくて。兄と呼ぶことを許してくれているの。少し大雑把なところがあるけれど、優しい人よ」
「はい。私も、優しい人だと思います」
「よかった! 王国の貴族たちは、ディアス兄をまるで熊とか獣のように思っているって聞いていたから。あんなに勇ましくて、美しい方はいないわ」
私は小さく頷いた。
確かに、お義母様もそのようなことをおっしゃっていた。
だから、サフィアさんやエメラダさんを花嫁にするわけにはいかないと。
私は、選んで貰えてよかった。
ディアス様の元にくることができたのだから、ディアス様の悪評には感謝をしなくてはいけない。
「リジェット様もおおらかで美しい方ね。きっと、幸せになれる」
「ありがとうございます、グレイシードさん」
「僕のデザインした婚礼着を着て、幸せにならない女性なんていないの。だから、安心して」
「はい!」
ディアス様の元に戻ると、ディアス様は店員の女性たちに囲まれていた。
お茶を飲んでいるディアス様の長い金の髪を、女性たちが編んだり飾り付けたりしている。
「リジェット。遅いので、心配をした。採寸は、問題なく終わっただろうか」
「はい。お茶もごちそうしていただきました。遅くなりまして、申し訳ありません」
「いや、謝る必要はない。俺は、君の婚礼着姿を楽しみにしている。だから、どれほど時間を使ってもらっても構わない」
「はい、ありがとうございます……」
なんだか――いっそう、照れてしまう。
グレイシードさんからディアス様の話を聞いたからだろうか。
こんな立派な方の妻になるのかと思うと、どうにも――そわそわと、落ち着かない。
私は視線をさまよわせて、それからディアス様の髪に花が飾り付けられていることにきづいた。
「ディアス様、頭に花が」
「あぁ。髪をいじりたいというから、好きにさせていたのだが。花?」
「可愛らしいです、とても」
髪の一部が編み込まれていて、そこに花が飾られている。
女性たちが「リジェット様とおそろいです」「よくお似合いです」と言いながら離れていった。
「ディアス兄、リジェット様を連れてきてくれてありがとうございます。インスピレーションが湧きまくり、よ! 当日は、グレイシー総合芸術店の勢力をあげて美しく飾り付けさせていただきますので、楽しみにしていてね!」
ディアス様は立ち上がると、グレイシードさんの背中をばんっと叩いた。
「任せた」
「いた……っ、ディアス兄! 力が強いのよ! 折れるわ、僕の繊細な背骨が……!」
「これぐらいでは折れない。リジェット、行こう。見せたいものがある」
グレイシードさんや店員の皆さんに挨拶をして、私はディアス様に手を引かれてお店を出た。
採寸して、話しこんでいたからだろう、時刻は夕方。
徐々に、夕暮れの足音が近づき始めている。
真昼の日差しよりも、夕暮れの日差しは優しい。空が茜色に染まる手前の、ゆったりとした時間の流れが私は好きだ。
すれ違っていく、家路につく人々のどこかほっとしたような顔を眺めたり、ディアス様と繋いだ手に視線を落としたり、少しずつ色を変えていく空を眺めたりしながら歩いて行く。
ディアス様は夕凪を預けた馬屋ではない方向へと向っているようだった。
「ディアス様。さきほど、グレイシードさんから、ディアス様の話をお聞きしました」
「何を言っていた?」
「ディアス様が、お一人で砦を制圧したときの話です。ディアス様は、辺境の英雄だと」
「たいしたことではない。よくある話だ」
よくある――のかしら。
辺境伯の始祖様は、双頭の獣を従えていたというのだから――ウルフガード家の血筋の方々は、きっと皆、強いのだろう。
「そんな話を……君に聞かせるのはな。君は、戦とは無縁の生活を送っていて欲しいのだが」
「何故ですか?」
「怖い思いをさせたくない」
「私……素敵だと思いました。一人で――いえ、ニクスと二人で多くの兵士に立ち向かったディアス様はきっと、勇ましく美しい姿だったのでしょうね」
「……俺の元に来てくれたのが、君でよかった、リジェット」
ディアス様は安堵したように笑みを浮かべた。
足をすすめていくと、大きな石柱が中央にそそり立つ広場に出る。
そこここにランタンが飾られていて、優しい光を放っている。
石柱の前には櫓が組まれていて、炎が焚かれていた。
夕闇の中で立ち上る炎は、どこか神聖なもののように思える。
明るい音楽が鳴り響いている。街の人々が弦楽器や笛やアコーディオンを手にして、音楽を奏でていた。
肉を焼く香ばしい香りや、大鍋で煮られているスープのよい香りが漂っている。
多くの人々が手を叩き、踊り、歌っていた。
「これは……」
「慰霊祭だな。死者を弔う祭りだ。ウルフガードでは多くの戦死者が出る。それは、ウルフガードの民も、そして隣国の民も同様に。その死を忘れず、悼み、追悼する祭りを、街の各地で行っているんだ」
「今日は、その日だったのですね」
「週末になると、どこかしらでこういった慰霊祭が行われているな。追悼の意味もあるのだが……結局は、祭りが好きなのだろうな、皆」
私たちが近づいていくと、人々が口々に「ディアス様!」と名前を呼んだ。
ディアス様は私の手を引いて「行こう」と、祭りの輪の中に入っていった。
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