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辺境の狼



 カーテンに仕切られた採寸室の中で、グレイシードさんがテキパキと私の採寸をしてくれる。


「リジェット様、とってもスマートですね」

「そうでしょうか。ありがとうございます」

「うん。とってもスマート。でも、もっと食べたほうがいいですよ、女性の豊かさは領地の豊かさと比例しますから」

「頑張りますね。ディアス様の元にきてから、美味しい食べ物ばかり食べさせていただいているので、ありがたく思っています」


 するすると、巻き尺を巻き直して、グレイシードさんは私の手を優しく取った。


「リジェット様、もしよければいつも通り話してもいいですか? どうにも、僕は堅苦しいのが苦手で」

「はい、もちろんです。遠慮をなさる必要はありませんので、いつも通り話してくださると嬉しいです」

「ありがとう、リジェット様。ローラから色々と、聞いているわ」

「色々……?」


 私はグレイシードさんに手を引かれて、ピンク色に金のレースで飾り付けられた椅子に座った。

 グレイシードさんがパンパンと手を叩くと、フリルが何段もあしらわれた可愛らしいワンピースを着た女性が、よい香りのするお茶を運んできてくれる。


「グレイシー特製、アップルミントティーよ。お客様に、いつもサービスで出してるの」

「ありがとうございます」


 ディアス様を待たせているのに、いいのかしら。

 でも、せっかくなのでいただくことにする。アップルミントティーは、爽やかな甘さですっきりとした味わいのお茶だった。


「昨日の昼ね。ローラが血相を変えて、馬に乗って駆け込んできて」

「ローラさんが……?」


 昨日の昼というと、ローラさんはディアス様の元にも血相を変えて駆け込んでいるはずだ。

 お淑やかな女性に見えたのだけれど、武芸の嗜みもあるというし、とても行動的な方なのだろう。


「ええ。早急に、リジェット様のドレスを準備しろ! っていう具合に……」

「ローラさん、そんな話し方を……?」

「リジェット様やディアス兄の前では猫を被っているのね。僕の前では、早くしろ、グレイシー、リジェット様はお辛い生活をなさっていたんだ、私たちが全身全霊で甘やかさないといけない! なんて、激しく宣言していたわ」

「お辛い生活……」


 ローラさんは、私のことを心配してくれているみたいだ。

 だから、ディアス様やグレイシードさんに私のことを話してくれた。


「ありがたいことと思います。でも、辛い生活はしていないのですよ。誰にも何も言われませんでしたし、特に不自由もしていませんでした」

「そうなのね……リジェット様がそう思っても、周りはそうは思わないかもしれないわ。ローラや、ディアス兄や、僕も。だから僕は、僕のやりたいようにリジェット様を飾りつけるわね」


 今まで、私のことを心配してくれる人がいたかしらと、ふと思う。

 お母様が亡くなってから──私はずっと、本ばかりを読んでいた。

 私の周囲は賑やかに、目まぐるしく時を刻んでいたけれど、私はずっと変わらなかった。

 それを苦しいと感じたことはなかった気がする。

 けれど、心配してもらうというのは、なんだ心があたたかい。


「グレイシードさん、ありがとうございます。今日のドレスもとても可愛くて、なんと言えばいいのか……心が弾むようです」

「よかった! ローラが、リジェット様はドレスに興味がないかもしれないと言っていたから、僕も心配していたの。でも、僕のデザインで喜ばない女性はいないもの。ね、素敵でしょう?」

「はい、とても素敵です」

「花嫁衣装も、最高に素敵なデザインにするわね、楽しみにしておいて!」

「はい!」


 楽しい気持ちが、胸に湧いてくる。

 花嫁衣装を着てディアス様の隣に並んだ私を想像して、私は突然恥ずかしくなってしまって、頬を染めた。


「どうしたの、リジェット様」

「どうしたのでしょう。嬉しいことなのに、恥ずかしくて。私、ディアス様のことをあまりよく知らないのですが、もうすぐ夫婦になるのだと思うと、妙に、気恥ずかしいと感じます」

「リジェット様は、まだこちらに来てまもないものね」

「はい。とてもよくしていただいています」

「昨日の夜は、語り合ったぐらいだものね」

「はい。ご一緒しました。お庭の奥の、森で」

「森で……!? それは、野生的ね……!」

「はい。ディアス様、川で泳いでいらっしゃいました。とても、逞しかったのですよ」


 思い出すと、余計に恥ずかしい。

 グレイシードさんも照れたように眉を寄せて、クセのある紫の髪を指にくるくると巻き付けながら弄んだ。


「そうなの……ディアス兄、すごいわね。昔からすごい人なのよ」

「辺境の狼と呼ばれていらっしゃいますね」

「ええ。ディアス兄が十五歳の時に、一人で狩りをしていたら、サリヴェの兵に襲われて、砦に拐われてね。それはもう、ウルフガードのお城は大騒ぎだったわ。大切な嫡子が攫われたのだもの」

「お聞きしました。ディアス様は、戦ったのだと」

「そうなの! 人質にされたディアス兄を助けるために辺境伯様や兵士の方々が話し合っていたら、ディアス兄は一人で砦を制圧したのよ。救出に行った辺境伯様が見たのは、サリヴェの砦の旗を破いて、自分の服を旗にして、砦に掲げるディアス様の姿でね」


 十五歳のディアス様が、サリヴェの兵を全員倒して、砦に自分の旗を立てるお姿を想像してみる。

 今よりも小柄なのだろうか。でも、十五歳の時から十分にお強かったといういうことだから、もしかしたら今とそんなに変わらないのかもしれない。


「ディアス兄は、それから辺境の狼と呼ばれるようになったのね。その時の服に、ウルフガードの双頭の獣の刺繍が、大きくしてあったのが由来よ。辺境の者たちにとっては英雄だわ」

「……」

「ごめんなさい、リジェット様、怖かった……?」

「……とても、格好いいです……!」


 私は思わず、興奮して前のめりになってしまった。

 そういった英雄は、物語の中によく出てくるものだけれど。


 ディアス様は、生きる英雄そのものだ。




 

 

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