グレイシード総合芸術店
不死鳥ニクス。
それはただの、赤い鳥なのかもしれないけれど。
「どちらで拾ったのですか?」
「どこだったかな。十歳の時か。ウルフガードの西の森を探索していたときに、雛を拾ったんだったか」
「雛だったのですね」
「あぁ。拾ったときは、これぐらい。小さかった」
「ふふ……それは、小さすぎるのではないでしょうか」
ディアス様は指で大きさを教えてくれる。
それでは、豆ぐらいの大きさしかない。くすくす笑う私を、ディアス様は優しく目を細めて見つめた。
「ウルフガードに残されている不思議な動物の伝承は、不死鳥と、二対の頭を持った獣。我が家の紋にもなっているな。あれは、オルトロスという」
「何か伝承が残っているのですか?」
「あぁ。初代ウルフガード伯が、倒したといわれている。倒して、番犬として飼っていた。突然現れて暴れ回る双頭の獣を倒し、飼い慣らして、戦場に連れて行った。狼と共に国境を守る家――という意味で、国王陛下からウルフガードという名を賜ったと言われているな」
大きな、双頭の獣を従えて、戦場を駆けるディアス様を想像する。
まるで、神話の英雄のように勇ましく素敵な姿だ。
「とても素敵です。なんだか、わくわくしますね」
「そうか? そうだな。俺が始祖様であればな。君に、双頭の獣を見せることができたのだが」
「想像するだけでも、十分に楽しいのですよ」
「君は、無欲だな」
「そんなことはありません。先程は、こんなにたくさん、本を買っていただきました」
「店ごと買ってもよかったのだがな」
優しい口調で言われて、私は少し考える。
ディアス様の口調は、冗談を言っているようには聞こえなかった。
辺境伯家は豊かという話をお父様から聞いている。
ウルフガード家にとっては、さもない金額なのかもしれない。
それでも、全て欲しいとは思わない。それは――。
「それは、いけません。贅沢、ですし。それに……ほら、欲しいものを残しておけば、またディアス様とご一緒できるかもしれませんから」
「……それは、無意識だろうか、リジェット」
「無意識……?」
「いや、なんでもない」
そろそろ行こうかと、ディアス様は立ち上がって私に手をさしのべた。
お腹がいっぱいになったあと、ゆったりと歩くのは楽しい。
ウルフガードの地は、私の住んでいた土地よりも日差しが柔らかく、涼しい。
王国の北に位置しているからなのだろう。冬には雪が降り、夏もそこまで暑くならない。
そのために作物が実りづらいという欠点があるが、塩山と鉱山から採れる収益は、それを補ってあまりあるものだ。
ディアス様は煌びやかな宮殿のような建物の前で足を止めた。
白壁と青い屋根の建物の中に突然現れた、異国の建物のようだ。ところどころ金色に塗られて、円柱形のランプや蔓性の植物に艶やかに咲く赤い花が、人目を誘う。
「これが、グレイシードのアトリエ。……グレイシー総合芸術店という」
「グレイシー?」
「あぁ。グレイシードの作家名だな。グレイシーと名乗っている。街に行くなら、会ってきて欲しいとローラに言われている。グレイシードが、君を見たいそうだ。ドレスやアクセサリーは本人を見ないと想像力が湧かないそうだが、構わないか?」
「もちろんです」
ディアス様が扉を開くと、中の装飾も外観と負けず劣らず華美なものだった。
真っ赤な絨毯に、真っ赤なカーテン。ソファも真っ赤で、多くのドレスや装飾品、鞄や帽子が飾られている。
壁にかけられている絵は、花や自然が多く描かれている。
その中に、妖精やユニコーンといった、想像上の生き物が混じっていて、とても可愛らしかった。
「グレイシード、来たぞ」
「まぁ、まぁまぁ! いらっしゃい、ディアス兄! あら、まぁ……! こちらがリジェット様ですね、なんて可憐なのでしょう……! まるで絵本から飛び出してきた湖の女神のよう!」
その店内の中にいても、存在感を放っている女性のような男性が近づいてきて、私の手をとった。
右から左から、上から下からじっと見られて、私は失礼にならないようににっこり微笑んだ。
「はじめまして、グレイシード様。リジェットと申します」
「僕のような卑賤の者に、様などつけてはいけませんよ、リジェット様。それにしても、なんて可憐……なんて美しい……魂の清らかさが、体からにじみ出ていますね……!」
紫色の髪に薄桃色の瞳をした細身で小柄なグレイシード様――グレイシードさんは、すらりとしたシルエットのタキシードを着ている。袖や裾にフリルやリボンがついていて、動くたびにそれがひらひらとゆれる。まるで、川に泳ぐ優雅な鯉のようだ。
「この度は、ご結婚おめでとうございます。ディアス兄がお嫁さんを娶る日がくるなんて、僕はとても嬉しくて……! 剣と弓と馬にしか興味がないと思っていたのに、実際剣と弓と馬にしか興味がなかったのに、女性とデートをする姿を見ることができるなんて……ッ」
「グレイシード。少し、落ち着け。リジェットが困っている」
「ディアス様、困ってはいませんよ。グレイシードさんは、とても美しい方ですね。優雅に海上を飛ぶ、海鳥のようです」
「まぁ……ッ、なんて嬉しいことを言ってくれるのかしら……!」
派手で美しいグレイシードさんは、その仕草も派手で優雅だ。
まるで、舞台の上での舞踏を見ているようだった。
ローラさんの恋人はとても、愉快な方のように見えた。
「リジェット様、体のサイズはローラから聞いたのだけれど、僕にも採寸をさせてくれませんか? 婚礼着のサイズに間違いがあったらいけないでしょう? 体型によっても、似合うドレスが違うのです。ですので、もしよければ、嫌じゃなければ」
「大丈夫です、嫌じゃないですよ」
「グレイシード。お前は男だ。リジェットに触るのはいけない」
「黙って、ディアス兄! 芸術の前に、男も女もないわよ……ッ」
ディアス様が怒られている。
ディアス様には珍しく、腕を組んで眉を寄せて、むっつりと押し黙ってしまった。
そんなディアス様が、なんだか可愛らしくて、私はつい、肩をふるわせて笑った。
「ディアス様、大丈夫ですよ。昨日の夜、お伝えしました。私の旦那様は、ディアス様だけです」
「……リジェット、そうだな」
「あら、まぁ、もうそんなに仲良しなのね……素敵……!」
グレイシードさんを筆頭に、お店の店員と思しき女性たちが「素敵」「ロマンスね」「ディアス様、案外手が早いのね」と盛り上がっている。
グレイシードさんに連れられて、私は採寸室へと向った。
お読みくださりありがとうございました!
評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。




