不死鳥ニクス
書店を後にしたあとに、ディアス様に案内をされて食堂に向った。
道沿いにある食堂は、テラス席があり、室内にもゆったりとしたソファ席がある。
中は人で賑わっていて、ディアス様が中に入ると皆立ち上がろうとしたので、ディアス様は片手でそれを制した。
上階の部屋に案内をして頂く。そこは他のお客様がいない、広い個室になっていた。
開け放たれた窓からは心地よい風が吹き込んでいる。
揺れるカーテンと、キラキラ光るサンキャッチャーが、部屋に不可思議な陰影を作っていた。
窓辺の席に座る。長く歩いたせいか、心地よい疲労が足に溜まっていた。
「リジェット、疲れていないか?」
輪切りのレモンとミントの葉が入った水差しがすぐに運ばれてくる。
ディアス様はそれをグラスについで、さしだしてくださる。
お礼を言ってそれを受け取り、私は一口口にした。
「疲れていません。とても、楽しいです」
「食事は、適当に頼んでしまったが、構わないか?」
「はい。そのほうがありがたいです。あまり、お食事に詳しくなくて……」
「気にする必要はない。俺もそこまで食事の内容に関心があるわけでもなくてな。遠征地での食事など簡素なものだし、狩った獣を食べることも多い」
ディアス様の言葉は淡々としていて穏やかで、その低い声を聞いていると心地よくて、僅かな眠気を感じる。
昨日も――だから、眠ってしまったのだったかしら。
眠る間際に何を話していただろうか。覚えていないことがもったいないような気がした。
ややあって、川魚のソテーと、生ハムとオリーブのパン、空豆のスープが運ばれてくる。
川魚を小さく切って口に運ぶと、淡泊ですっきりとした味わいが口に広がった。
ハーブと、お塩の塩味が、体に薄い膜のようにへばりついていた疲れを吹き飛ばしてくれる気がした。
「美味しいです!」
「そうか、よかった」
「お魚、美味しいですね。パンも、かりかりしていて柔らかいです。美味しい……」
「急がないで、ゆっくり食べるといい」
「ありがとうございます、ディアス様。ご多忙なのに、私の相手をしてくださって、申し訳ありません」
「そのような心配を、君はするべきではないな」
ディアス様は白葡萄酒に口をつけている。
私はどういうことかと、ディアス様に視線を送った。
まだ食べ始めたばかりなのに、ディアス様のお皿のほとんどがすでにからになっている。
「君のために時間を割くことを、俺は苦に思っていない。それに、お互い様だろう。君の時間を、俺ももらっている。もしかしたら君も俺と一緒にいるのではなく、一人静かに本を読みたいかもしれないだろう?」
「そんなことはありません。……それが、とても不思議なんです。私、本を読むのが好きで、それだけでいいと思っていました。けれど、ディアス様とこうして言葉を交わしていると、なんだかとても嬉しいのです」
「…………それは、光栄だな。俺はあまり、楽しい話はできないが」
「ディアス様の声、好きです。静かな夜の、狼の遠吠えのように低くて、深くて、よく響きます」
ディアス様は私から視線を逸らすと、「ありがとう」と小さな声で言った。
私はふと、ディアス様の耳飾りに視線を向ける。
毛皮は――雪豹のもの。
では、耳飾りは何の動物だろう。
赤くて、大きな羽だ。そんな動物いただろうか。
「ディアス様の耳飾り……何の鳥でしょう。翼が鮮やかに赤い鳥といえば、幻想動物図鑑の中に出てくる、不死鳥ぐらいですけれど」
「あぁ、これは」
長い指が、耳飾りを撫でる。
揺れる羽は、大型の鳥を連想させる。
不死鳥とは、燃えるような炎の翼を持つ鳥だ。実際に存在しているのかどうかは分からないけれど、伝承に寄ればその翼は炎を纏っており、不老不死である。
不死鳥は、死にゆく者へと命を与えるのだという。
「昔、鳥を拾ってな。赤い鳥だった。思えばあれは、不死鳥だったのかもしれない」
「本当に、不死鳥を……?」
「さぁ、本当のところは分からないが。その鳥は、いつも俺と一緒にいた。だが――俺が十五の時。サリヴェの兵に捕まってな。あちらの砦に連れていかれた」
「大変……」
大変――という言葉は違う気がしたけれど、それしか言うことができなかった。
「結果的に、俺は砦を制圧して一人で逃げたわけだが」
「すごい……」
「ふふ、君の反応は初々しくていいな。その最中に、その鳥は行方知れずになった。俺と共に、勇敢に戦ってくれたのだがな。羽を残して消えてしまった。もしかしたら俺が無傷だったのは、鳥が俺を守っていてくれたからかもしれない」
「きっと、そうです。守ってくれたのです」
「そうだな。だから、羽を持ち帰り、加工をしてもらった。お守りのようなものだな」
私は頷いた。
ディアス様は懐かしそうに話をしているけれど、きっと寂しいわよね。
その鳥は、ディアス様にとって大切な存在だったのだろう。
「鳥の名前は、なんと言ったのですか?」
「ニクスだ。大きい鳥だった。流石に、背中に乗るほどではなかったがな。鷲や鷹ぐらいは、あったか」
「賢くて、勇敢な子だったのでしょうね、きっと」
「あぁ」
羽を残して消えてしまった――というのは。
もしかしたら、ディアス様に命を与えて、姿を消したのだろうか。
目を伏せると、炎を纏った不死鳥の姿が思い浮かんだ。
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