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街と贈り物



 夕凪を街の一角にある馬屋に預けたあと、ディアス様はじっと私を上から下まで眺めた。


「何かおかしいところがありましたか?」

「いや、ない。俺の認識では、貴族女性はあまり歩かない。母上もそうだったな。どこに行くにも、馬車を使っていた。目的地があって、そこまで馬車で向かうという感じだ」

「歩くのは、好きですよ。よくないことでしょうか」

「いや、そんなことはない。ただ、もし大変だとしたら、抱きあげて歩こうかと考えていた」

「歩けます、ディアス様」


 私を一日中抱き上げていたら、ディアス様は疲れてしまう。

 お断りさせていただくと、ディアス様は残念そうにした。


「歩けないと言われるのを、期待していたんだが」

「そうなのですか?」

「冗談だ。リジェット、もし疲れたらすぐに言え」


 差し伸べられた手を取ると、やんわりと慎重に握られる。

 白い建物の並ぶ道を、私たちは歩き出した。

 美しい水の流れる水路や、活気に満ちた人々の声、空の青さや風の運んでくる様々な香りが、全て新鮮に感じられる。


「中央街に、ある程度の主要な建物は揃っている。書店もあるし、図書館もある。市場や劇場なども」

「ローラさんの恋人の……グレイシードさんのアトリエもありますか?」

「あぁ。アトリエがあって、店もある。服屋、装飾品なども。手広く作っているな」

「ディアス様のマントや、耳飾りも?」

「そうだ。グレイシードに頼んで作ってもらった。もし、何か希望があれば言うといい」

「はい、ありがとうございます」


 ディアス様は私を、書店へ案内してくださった。

 そこは街の大通りで、服屋やカフェや、食堂、それから武具の店などが並んでいる。

 居並ぶお店の一角にある書店は、星のランプと本の形をした看板が可愛らしいお店だった。


 店の中には、所狭しと本が並んでいる。


「俺のことは気にせず、好きに見て構わない」

「わぁ……ありがとうございます! これ……よくわかる薬草学の最新版ですね。幻想動物大辞典もあります……あ、こちらには、帝国の愛姫の下巻が……」


 真新しい本の数々に、思わず興奮してしまう。

 書店は広く、私たちの他にもお客様がちらほらといる。

 ディアス様は私が背表紙に軽く触れた本を抜き出すと、次々に手に持ち、重ねていった。


「ディアス様、そんなにたくさん……」

「君は、ドレスも宝石にもあまり興味がないようだ。だが、本は好きなのだろうな。その嬉しそうな顔を見ていればわかる」

「あ、あの……でも、綺麗なドレスも、髪飾りも嬉しいです。褒めてくださって……とても、幸せな気持ちになりました」

「……そうか。では、俺も照れている場合ではないな。君が喜んでくれるのなら、正直に君を褒めなくては」


 お店の中で騒がないようにするためだろう、ディアス様は私の耳元で密やかな声で囁いた。 

 それがなんだかくすぐったくて、私は軽く身をすくめる。

 ディアス様の体が私のすぐ後ろにある。

 背後から手を伸ばして、高い位置にある本を取ってくださる。

 手が重なって、わずかに腕が触れる。

 数々の本に夢中になっていたはずなのに、意識が一瞬で、ディアス様に奪われてしまう。


「ほかに、欲しいものは?」

「もう、十分です」


 染まった頬に気づかれないように、私は俯きながら、できる限り落ち着いた声音で答えた。 


「遠慮をしなくていい。この程度は、ウルフガード家にとっては端金だ」

「ありがとうございます、ディアス様。でも、書庫に蔵書もありますから。一度にそこまでは読めません」


 ディアス様が持つと、分厚い本もそこまで大きくは感じない。

 ディアス様はそのタイトルを眺めて、おや、というように、眉をあげた。


「リジェット。この、幻想動物大辞典というのは」

「王国にいるという、幻の動物について書かれた本ですね。私、好きなのです。空想や、幻想が。もし本当に、そんな動物がいなかったとしても、いるかもしれないと思うだけで、幸せな気持ちになれますから」

「そうなのか。こちらの、帝国の愛姫というのは?」

「それは、愛をテーマにした物語です。帝王と姫君の話ですね」

「なるほど。リジェットは、なんでも読むのだな」

「はい。文字なら、なんでも。ディアス様はお読みになりませんか?」

「俺は……菓子を……いや、なんでもない」

「お菓子?」

「リジェット。では、これを買おうか」


 お菓子とは、お菓子のことだろうけれど。

 ディアス様はお菓子の本を読むのだろうか。もしかしたら、甘いものが好きなのかもしれない。

 店主さんに本の代金と、お城に届けるようにと料金を上乗せして支払っているディアス様の後を、私は追いかける。

 本は高級品なので、全部を合わせた代金は私にとっては驚くほどに高価だった。


「ありがとうございます、ディアス様。こんなにたくさん買っていただいて、私は、どんなお礼をしたらいいのか」

「礼などはいらない。妻に、贈り物をするの当たり前だろう?」

「ですが、私はまだ」

「俺は妻だと思っているが、違うか?」

「違いません……」


 嬉しそうに、ディアス様が笑みを浮かべる。

 こんなに優しくしていただいていいのだろうかと思いながら、私も気恥ずかしく思いながらも笑顔を浮かべた。





 

お読みくださりありがとうございました!

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