夕凪
城の入り口で、二人の男性が待っていた。
一人は眼鏡をかけている黒髪の細身の男性で、もう一人は赤毛を三つ編みに編んだ筋肉質の男性である。
「アスベルと、カーライルだ」
「はじめまして。リジェットと申します」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、リジェット様。アスベルと申します」
「カーライルと申します、リジェット様」
ご挨拶を交わすと、ディアス様が簡単にお二人を紹介してくださった。
アスベル様はウフルガード家の家令で、カーライル様は国境警備隊、第一部隊の隊長。
「中々、ディアス様があなたを紹介してくださらないものですから、こちらから出向いてしまいました」
「朝になって突然、街に出かけると言うものですから。驚きました。まだ、私たちはリジェット様と挨拶もしてないのに。なぁ、アスベル」
「ええ、本当に」
やや恨みがましそうに、お二人ともディアス様を軽く睨んだ。
ディアス様は何も気にした様子もなく、軽く肩をすくめた。
「リジェット様、護衛の手配をしようとしたのですが、ディアス様が自分一人で十分だと言うものですから。確かに、ディアス様には護衛が必要ないので、それはそうなのですけれど」
「リジェット様を軽視しているわけではないことを、ご承知くださるとありがたいです。戦がないときは、兵士を持ち回り制にしています。街の警備も手厚くしているので、何かあった時は大声で叫んでくださいね。すぐに兵が駆けつけてきますから」
「はい、ありがとうございます」
私はディアス様の腕の中でお礼を言った。
降ろしてもらおうとしたのだけれど、ディアス様は私を抱き上げたままだった。
私は少し困ってしまって、ディアス様の肩を軽くとんとんと叩いた。
「高い位置からご挨拶するのは失礼なのではないかと思いますので、降ろしていただけると嬉しいのですけれど。それに、恥ずかしいです」
「そうか? 気にしなくていい」
そう言われても、気にしてしまうのだけれど。
ディアス様の様子に、アスベル様とカーライル様は困ったように顔を見合わせた。
「ディアス様は気にしないかもしれませんが……」
「リジェット様が困っていますよ」
「二人とも、挨拶以外に用があるのか?」
注意を受けたディアス様は小さく嘆息すると、二人に尋ねる。
「警備の話をお伝えに来ました。リジェット様がご不快になったら困ると思いまして」
「馬を用意しておきましたよ、ディアス様。リジェット様、気をつけて行ってきてくださいね」
「ありがとうございます。警備の数なんて今まで気にしたことはありませんでしたが、何かあったら大声で叫びますね。でも、ディアス様がいてくださるので安心です」
アスベル様とカーライル様に見送られて、私たちは外に出た。
城の前には黒毛馬が準備されている。立派な馬具をつけた、体格のいい馬だ。
ディアス様は大きいのだけれど、そのディアス様にも負けないぐらいに大きな馬である。
私はディアス様に馬上に乗せてもらった。
「相乗りのほうが、馬車よりも身軽で速いが……どうなのだろうな。君が嫌なら馬車にするが」
「嫌なことはありません。馬に乗るのははじめてです。艶々で、可愛いですね」
「そうだろう。ウルフガードの馬たちは人に慣れている。これは、夕凪。賢い子だ」
「夕凪。夕方の静かな海のことですね。白波が消えた穏やかな海に、夕日が落ちていく。夜になる前の、心が安まるような景色です」
「ウルフガードには海がないからな。いつか、一緒に見ようか、リジェット」
「はい。……あぁでも、ユーグリド家には」
帰ってくるなと言われている。
ディアス様をユーグリド家にお連れするのは――なんだか少し、嫌だと思う。
こんな気持ちになるのははじめてで、私は僅かに戸惑った。
「君の家には行かない。宿をとろう、リジェット。それに海辺の街は他にもある」
「はい、ディアス様。……不思議ですね。私の気持ちが、伝わっているみたいです」
「そう思うか? それは光栄だな。さぁ行こうか。捕まっていろ」
ディアス様は馬を歩かせはじめる。やがて、軽い早足になる。
駆けるまでではないけれど、それでも十分に速い。
揺れる馬上で、私はディアス様の腰に腕を回した。
髪が、ドレスが風に揺れる。門を抜けて、ゆるやかな坂をくだる。
眼下に広がる街は、ユーグリド家の野原のある丘から眺めた海のように広大だった。
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