ジストレスへのお出かけ
夜半過ぎまで、ディアス様と一緒に星を見て過ごした。
眠れないかと思っていたのに、ディアス様とお話しができるようになった安心感からか、途中でうとうとしてしまい――目覚めると、そこはお部屋のベッドだった。
ディアス様が運んでくださったのだろう。
ふかふかのベッドの中で伸びをした。まだ少し眠気が残っている朝の時間が、私は好きだ。
ユーグリド家ではどれほど眠っていても咎められなかった。
誰も私のことを気にしなかったからだ。
テーブルに置かれている冷めたスープを飲んで、硬いパンをかじって、ブラシで髪をとかす。
結うときもあれば、そのままにするときもある。クローゼットの中の服に着替えて、図書室に向うか散歩をする。それが、いつもの毎日だった。
「……起きなきゃ」
けれどもう、いつもの毎日ではない。
私はいそいそと起き出した。今日はディアス様が街へ連れて行ってくれるとおっしゃっていた。
その約束がなくても私は――ディアス様の妻になるのだから、今までのように寝坊をするわけにはいかない。
サフィアさんたちはよく「たとえお父様であっても、化粧をしていない顔など男性には見せられない。お姉様は化粧もせずにうろうろしていて、よく平気ですね。綿埃みたいな髪をしているから、磨いても光らないでしょうけれど」と言っていた。
私は、なるほど、と思ったものである。
サフィアさんとエメラダさんはいつも綺麗だ。それは身なりに気をつかっているから。
たゆまぬ努力の成果である。
それに、綿埃という言葉も言い得て妙だった。確かに私の髪の落ち着きのなさは、綿埃に似ている。
サフィアさんたちは元気だろうか。ディアス様からの援助を受けたといっても、他に支払うお金もある。今までのようには暮らせないと思うのだけれど――。
「リジェット様、そろそろお目覚めになられた頃合いかと思いまして……あぁ、リジェット様、いけません。それは私たちが行いますので」
「ローラさん、みなさん、おはようございます」
「おはようございます、リジェット様」
ノックのあとに部屋に入ってくるローラさんを筆頭とした侍女の皆さんに、私は挨拶をした。
私がドレッサーの前に座って髪をとかそうとしていると、ローラさんが慌てたようにやってきて、ブラシを私の手からそっと抜き取った。
「ごめんなさい。そういうものなのですね。どうにも慣れなくて。気をつけます」
「謝る必要はありません。それは私たちの役目という……つまり、私たちの我が儘を押しつけているのです」
「そんなことはありませんよ。とてもありがたく思っています。髪をとかしてもらうのは、とても気持ちがいいです。髪も、自分ではうまく結えませんから」
ローラさんが甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれている間に、侍女の方々が衣装室に沢山のドレスを運び込んでいた。
「ドレスが、たくさんですね」
「ええ。街のお針子にも協力してもらい、リジェット様のサイズに合わせて縫い直したのです。全て、グレイシードのデザインなのですよ。新進気鋭の芸術家ですね」
「ローラさんの恋人の?」
「ど、どうしてそれを……?」
「ディアス様にお聞きしました。ディアス様は画家だとおっしゃっていましたが、ローラさんの口から芸術家の名前が出たので、もしかしたらと思いまして」
ローラさんは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「グレイシードも、私と同じ、兵士の親を亡くした子供でした。このお城で一緒に育ったのですよ。でも、自分は戦いには向かない、絵を描くほうが好きだと言って、芸術家になりました。絵も人気ですが、服やドレスのデザインもしています」
「とても素敵ですね」
「ありがとうございます、リジェット様。辺境では、剣を持たない男は肩身が狭いのですが……グレイシードは戦えませんが、私は戦えるのでそれでいいと、伝えています」
「ローラさんが?」
「ええ。城の侍女たちは、武芸を仕込まれています。リジェット様の護衛の役割も兼ねているのですよ」
「まぁ……すごい。女性も剣を持つのですね」
ローラさんの細い腕で、剣を振るうのだろうか。
グレイシードさんが戦えない代わりにローラさんが戦うというのは――姫騎士のようで素敵。
「姫騎士の物語を、読んだことがあります」
「姫騎士?」
「ええ。男性の騎士に混じり戦う、美しい女性の騎士の話です。姫騎士と呼ばれて、最後には英雄になるのですよ」
「英雄に……そんな女性の話もあるのですね。リジェット様の御身は私たちが必ずお守りしますので、ご安心を」
「ありがとうございます」
ウルフガードの地とは、それだけ危険な場所なのだろう。
昨日、一人で夜歩きをしていたことも、ディアス様は危険だとおっしゃっていた。
気をつけなくてはいけない。
「それにしても、ディアス様はいつの間にリジェット様と仲良くなったのでしょう。私の恋人の話までしているなんて」
「ローラさんが、ディアス様に伝えてくださったおかげです。私のことについて」
「え……あ……それも、リジェット様に伝えているのですか……!? ごめんなさい、何かあれば報告をと言われていたものですから、告げ口のようになってしまって……っ」
「何も悪いことはありませんよ。私のことをディアス様に話したというだけで、それはええと、ほら、今日もいいお天気ですね、という会話と同じです」
ローラさんが恐縮してしまったので、私は大丈夫だと繰り返した。
涙目になりながら「隠れて悪口を言うのと同じ、恥ずべきことです」と、ローラさんは落ち込んでしまった。
ローラさんのことも少し分かったような気がする。
ディアス様と同じで、誠実で生真面目な人だ。
「リジェット様、私はもう卑劣なことはいたしません。誠心誠意心を込めて、リジェット様にお仕えさせていただく覚悟です」
「ありがとうございます、ローラさん。あの、本当に大丈夫ですからね。むしろ、誤解をさせてしまった私がいけなかったのですから」
ローラさんや侍女の皆さんが「なんと寛大な」「貴族女性はおそろしいと勝手に勘違いをしていました」「アリエス様とはまるで違いますね……」と口々に言った。
アリエス様とは誰だろう。
不思議に思ったけれど、尋ねなかった。
ディアス様が待っているのだという。出かける約束を、ディアス様は忘れていなかった。
用意して頂いた食事を軽く済ませて、外出用のドレスに着替えさせてもらった。
外を歩くのだから、華美ではなく動きやすいドレスだとローラさんは言っていた。
ローラさんの恋人のデザインしたドレスは、チューリップの花のようなスカートがとても可愛らしい、派手さはないもののとても上質なものだった。
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