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星空と川と雨上がりの水滴



 朝方雨が降ると、いつもの野原までの小道の草花に、水滴が溜まっている。

 指で弾くと水滴が散って、もっと弾くと背の高い草からは雨のように水滴がぱらぱらと落ちてくる。


 水滴を落としながら野原まで歩き、小高い丘から海を眺めた。

 雨上がりの朝は、雨が余計なものを洗い流してくれるのか、空がいつもよりも綺麗に見える。


 濡れた服も髪も気にならない。風が服を揺らして、乾かしてくれる。

 出航していくお父様の船が、小さく見える。

 海の向こうに国がある。それが私には信じられない。

 海の中には魚がいる。たくさんの生き物たちが住んでいる。


 その上に浮かぶ船は、大きなスープ鍋の上を行く小さな笹舟のように見えた。

 

 炎に照らされて揺れる川面を眺めながら、私はそんなことを思いだしていた。

 ディアス様に伝えた言葉は私の記憶の中の思い出で――その時は、よくわからなかったけれど。


 私は雨上がりが好きだったのだなぁと、ぼんやりと思う。

 ディアス様は濡れた髪を獣の毛皮の上に置いてある布でわしわしと拭いている。


 水の中からあがったばかりの獣が、ぶるぶると体を震わせて水を切っているような仕草を連想させた。


「ディアス様は、どうして川に?」

「ん……? あぁ。どうにも眠れなくてな。若い頃から、自室のベッドで眠るよりも、野営をすることのほうが多かった。子供の頃は、訓練の為だな。よく、父に連れられて森で過ごした」

「お父様と……」

「あぁ。立派な父だったよ。狩りの仕方も、剣の使い方も、父が教えてくれた」


 ディアス様の声は淡々としていて静かで、森の静けさによく馴染んでいる。

 私は目を伏せた。幼いディアス様と、もうお亡くなりになっているディアス様のお父様が、森の中で狩りをしている姿を想像した。


「君との婚礼のために、しばらく休暇をとっている。遠征中に溜まっていた仕事もあるにはあるのだが……どうにも落ち着かなくてな。部屋にいても休めないのなら、いっそ外で過ごそうと思い、ここに」

「お城のお庭で、夜を明かすのですか?」

「おかしいだろうか。川を見ていたら、泳ぎたくなってしまってな。泳いでいた」

「ふふ……」


 私は口元に手を当てると、くすくす笑った。

 雨上がりの日に、水滴を落として歩いた理由と、少し似ている。


「……リジェットは、何故ここに? 城から逃げたかったのならば、正直に言っていい。咎めたりはしない」

「どうしてそう思うのでしょう?」

「――君は、由緒あるユーグリド家の令嬢だろう。今回は不幸な事故があったが、貿易で富を築いている裕福な家だ。我が家も、昔からよく買い付けをしている。軍を動かすには食料の確保は欠かせないからな」

「まぁ、そうなのですね。ご縁があったのですね、私、知らなくて。申し訳ありません」

「謝るようなことでもない。貴族らしい、立派な家だ。不幸な事故のせいで、貴族の令嬢が蛮族の元に嫁いだようなものだからな。哀れなことだと、考えている」

「……蛮族?」

「蛮族」

「…………蛮族……!」


 どうしよう。

 ディアス様はとても蛮族には見えないのに。そもそも蛮族とはどんな方々なのか、私にはよくわからないのだけれど。

 野蛮な人々という意味よね。物語に出てくる、姫を攫う盗賊のような人々。

 上半身が裸で、毛皮を纏っていて、剣を手にしている――。


「蛮族といえば、裸、毛皮、剣……」

「そうだな。毛皮と、裸と、剣……だが」

「ふふ……」

「リジェット。そう笑うな。妙に、恥ずかしい」

「ごめんなさい。物語に出てくる蛮族は、裸で、毛皮を腰に巻き付けていて、剣を持っています。でも、ディアス様は同じなのに、違います。とても蛮族には見えません。月夜の、狼のようです」

「……狼」

「はい。辺境の狼と、呼ばれています。偉大なる壁、辺境の狼。私、それ以外のことはよく存じあげなくて。でも……蛮族とは思いませんよ。金の髪は海を輝かせる朝日のようですし、瞳は海を閉じ込めたみたいです。とても、綺麗」


 ディアス様はまじまじと私の顔を見つめて、それから恥ずかしそうに視線をそらした。

 額に手を置いて、俯いてしまう。


「――そんな風に褒められたことはない。妙な気分だ」

「お嫌ですか?」

「嫌ではないが……」

「ディアス様、ですから私、ディアス様のことを怖いとも、野蛮だとも思いません。むしろ、私のほうが、船ほどの価値はないのにと、申し訳なく思うばかりで」

「そんなことはない。君は俺の元に来てくれた。それだけで船以上の価値がある」

「そうでしょうか……」


 ディアス様には恋人がいると思うのに、私にまで優しい言葉をかけてくださる。

 とても、いい方だ。だから、ウルフガードのお城の人たちは、皆生き生きしているのだろう。

 

「逃げようとしていたのではないのなら、では何故、こんなところに?」

「私も眠れなかったのです。時々、そういうことがあります。妙に気持ちがさざめいて、明け方まで外を眺めてしまうような時が。……バルコニーに出たら、光が見えたのです。だから、何かしらと思って。散歩をしながら見に来たのですが」

「一人で、夜道に出ては危険だろう」

「ウルフガードのお城で、危険なことなどあるのですか?」

「ないとも言い切れない」


 ディアス様は困ったように眉を寄せて、「一人で歩くことはよくあったのか?」と尋ねる。


「ユーグリド家では、いつも一人でしたよ」


 ディアス様は何故か、少し傷ついたような表情を浮かべた。







お読みくださりありがとうございました!

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