その九:少しすえたにおいがするベッド
カウィーソさんの寝床は、泉のさらに奥にある曲がり角の先に置かれた木板でつくられたベッド。薄い毛布は長いこと干していないのか、少しすえたにおいがする。
「二人で寝るには……狭そうです」
でも嫌なにおいではない。
「そのほうが、体温がわかる」
私に与えられていた部屋に比べれば、ずっと人間らしいにおい。
「カウィーソさん……失礼な質問かもしれませんが、本当に……」
「さっきも言った通り、手を出すつもりはない。正直、タキちゃんは私の好みだし、私は元恋人に義理立てして独り身でいられるほど強い人間ではない。だが、それ以上に……君に誰かと眠るぬくもりを教えたいんだ」
私には母とともに眠った記憶すらない。物心ついたときにはもう、鉄格子越しにしか会えなかったから眠る時はずっと一人だった。ずっと。だから、誰かと眠るというのは……ちょっと怖い。
「タキちゃん。私は気遣いのできる女ではないから、はっきりと言う。タキちゃんは、私のような人間から見ても壊れている。とても、狂っている」
「私が……狂っている?」
カウィーソさんに言われたくは……。
「今、十六の時に何人もの目玉を抉った私に言われたくないと思っただろう」
「そんなこと…………ありますけど。カウィーソさんが抉ったのには理由がありましたし」
「そう。理由があった。恋人が強姦以上にひどい目にあわされたからな。だが、タキちゃんには理由がない。完全にないわけではないが、君は、決断が極端すぎる」
「それは、私が盗賊団を率いることをすぐ決めたからですか。それは、どうせ生きていても、いつか、父か姉に殺されるだけの人生なので――」
カウィーソさんはベッドに腰かけ、私に、隣に座るように言った。
「理不尽に殺されるくらいならば、意味ある死を……それもわかる。それに、タキちゃんにはエルフたちの境遇に共感するだけの理由もある。そして、敵が姉であることがわかっても動じないのは、それだけのことをされてきたからだろう」
「そう、ですね。姉を、家族だと思ったことは一度もありません」
「仕方ないし、当然のことだ。だが、タキちゃんの中にあるその感情の名前は、暴力だ」
暴力……。
「…………」
「多分、いや、タキちゃんの考え方はいずれ……いや、戦いがはじまればすぐに暴力に飲み込まれるだろう。それも仕方のないことであるし、そのほうが幸せであるとも思う」
殺し合い……が起きるわけだもんね。
「だが私は、タキちゃんが己を暴力に焦がしたまま死んでいいとは思えない。上手くは言えないが、それが、私がタキちゃんに人と眠るぬくもりを教えたい理由だ」
「確かに私は、待っていたのかもしれませんね。大嫌いな家と、父と、姉と、戦う理由を得る日を」
「…………」
「そんな顔をしないでくださいよカウィーソさん。あなたが、私を攫ってきたんですからね。もう、隠してもしかたがないし、自分の本心に気がついちゃったから言ってしまいますが、私、今、すごく幸せですよ」
カウィーソさんは、とても寂しそうな顔をした。
「タキちゃん、その幸せは――戦いの中の幸せというのは――――」
「もし、私があの父親に愛されてしまっていたら、こんな風に一生懸命に生きているカウィーソさん、そして、盗賊団のみなさんに会えなかった。いや、会っていたかもしれないけれど、あの父親に愛されてしまっていたら、私はカウィーソさんの敵になっていたはずです」
「タキちゃん……」
「カウィーソさん……私は、カウィーソさんの敵にならなかっただけで、幸せです」
カウィーソさんが私を抱きしめた――――。
「タキちゃん、私は……っ」
「カウィーソさん、もっと、教えてください。人のぬくもりを」
「時間が……ある限り、教えてやる。だから……」
その時、私は、思い出すことができたんだ――――。
「わかっています。私たちは死ぬために戦うんじゃない。生きるために、命を懸けて抗うのだと。そこに死という結果があるだけなのだと」
「いつか……もっと、素直になってくれ」
私がとてもとても小さかったころ、お母さんが、抱きしめてくれたことを。
「私たちにそれだけの時間は……いえ、ちゃんと素直になれるように生きてみます。だからカウィーソさん、いつか、素直な私を見てくださいね」
そして、今、はっきりとわかっている。
「ああ……いつか、な」
私はこの不器用な人が、好きだ。
「カウィーソさん、私、眠いです」
「ゆっくり眠るといい」
気持ちを伝える気はないけれど――――。
「カウィーソさんも、私といたらゆっくりと眠れますか?」
「どうかな?」
良いのだろうか。
「そこは、眠れるって言ってくださいよ。それとも、ドキドキして眠れませんか? それなら、私もです」
「いい冗談だ。私は、タキちゃんがそういう冗談を、もっと言えるようにするよ」
まだ、出会って間もないし、そんなにカウィーソさんのことを知っているわけでもないのに、好きだ、なんて思ってしまって良いのだろうか。




