その六:自給自足団
放たれた矢が私を貫く――ことはなかった。
「殺したりしませんよ」
「……あ」
私の後方でどさりと倒れたのは、大きな肉食の獣。
「タキちゃんが狙われてくれたおかげで、良い獲物がとれました。ありがとうございます」
「……あ、ありがとうございます」
「ふふ、お礼を言うのはおかしいですよ。私はあなたを囮につかったのですから」
たしかに、このエルフさんが一発で獣を殺してくれなければ、私は鋭い爪と牙で殺されていただろう。
「ほんとに……弓がうまいですね」
「料理もうまいですよ。これまで、いろいろな種族と共闘してきましたから、好き嫌いも少ないですし。僅かですが人間の仲間もいますから、タキちゃんの好みに合う夕食がつくれるはずです」
人間の仲間……は、ゴルドさんとカウィーソさんのことかな。
「あ、お昼は抜きなんですね」
なんか、変なこと言っちゃった……。
「エルフの世界にこんな諺があります。狩る間に食うな――――これは、食って力を補う必要もないくらい速やかに狩りを終わらせよという意味です。いつまでも、命を奪う者のままでいてはならぬと」
「よい、諺ですね」
生きるためには殺さなければならない。だが、殺す者であり続けてはいけない。命を奪うという行為に、エルフという種族は向き合い続けてきたのだろう。
だが、人間は違う。
いかに効率よく命を奪うかを突き詰め、支配域を広げてきた。ゴブリンより弱い腕力、エルフより弱い魔力、ドワーフより弱い団結力……だが、人間は勝っていた。暴力性と支配欲が、他種族とは比べ物にならないほど強いのだ。
「よい晩ご飯に、なりそうです」
しまった、一人の世界に入り込みすぎてた。気を遣わせちゃったかな?
「私、この動物ははじめて食べます。はぁっ」
「どうしました」
「ちょっと、腰が抜けました」
今になって怖くなってきた……こんな大きな肉食獣、はく製以外で見たことがないから。
「少し休みましょう。良かったですね、狩った私たちには、心臓を食べる権利がありますよ」
「心臓、美味しいんですか?」
「残念ながら、心臓はいまいちで」
エルフさんが笑って、私も笑った。
「あの、名前、教えてくれませんか」
「タキちゃん……あなたは、エルフが他種族に名を教える時は、命を預ける時だけだと知って聞いていますよね」
私は今、覚悟を問われている。
「もちろんです」
「そうですか。私は、今まで人間に名前を教えたことはありません。ゴルドさんにも、カウィーソさんにも」
「そうですか……」
やっぱり、教えてもらえないのかな。私が人間だから――。
「リューズライト」
「え」
「リューズライト、といいます。私の名前」
朝の光に照らされて、リューズライトさんの髪が美しく輝いた。
「よい、名前だと思います。ところでリューズライトさん。あなたたち、盗賊団というわりには……なんというか、普通の生活をしていますよね。昨晩の食事も、装備も略奪したものには見えません」
「ふふ、面白い人ですねタキちゃんは。エルフの名前を聞いた後に、ところでなんていう話をするなんて」
「あ、す、すみません! ずっと気になってて」
「いえ。エルフの名を聞くならそのくらい肝が据わってる方がいいです」
「そう……ですかね」
肝が据わってるというより、デリカシーがないだけだと思うけど……。
「せっかくなので、質問に答えますね。私たちが盗賊団と名乗るのは、それはゴルドさんが元盗賊だったからです。あの人も変な人ですよ。エルフから奪ってしまった自分が許せずに、私たちと組むことにしたのですから」
「…………優しそうな、人ですもんね」
見た目はだいぶ厳ついけれど、あの人の目は、凄く柔らかい光を持っていた。
「盗賊時代も、実質ただの用心棒みたいなものだったそうですし。私たちとの戦いだって、先に手を出したのはこちらですから。それに、ゴルドさんは戦利品を持ち帰っただけで――」
エルフが人間を襲うのは、珍しくない。でもそれは、人間がエルフに酷いことをしてきた歴史のせいで……。
「持ち帰ったということは…………後で、戻ってきたということですか?」
「ええ。その時同行していなかったカウィーソさんに、エルフが受けてきた迫害について教わってショックを受けたそうです。ゴルドさんの出身地はエルフのいない土地だったそうでしたから、知らなかったみたいですね」
「それで心を痛めて、みなさんに協力したということですか」
「まあ、そうなります。盗賊団から来てくれたのはあの二人だけでしたけど、ずいぶんと助かりましたよ。人間を殺して奪わなくても、生きていけるようになりましたから」
エルフは……そんな、あたりまえのことをする余裕もないほどに追い込まれているのか。
「盗賊行為、してないんですね」
「ゴルドさんの仕切りになってからはそうですね。盗賊団とは名ばかりの、自給自足団ですよ。あとで畑も案内しますね」
「あの、責めるつもりはなく、事実として把握しておきたいだけなのですが――」
「ああ、私たちがゴルド盗賊団に入る前に人間を襲っていた罪が、今、どうなっているかということですか?」
「はい……嫌なこと聞いてすみません」
私はこれから、リューズライトさんたちの領主とならねばならない。だからこそ、知っておかなければ。
「仲間のおかげで、赦されました。若く、美しいエルフを差し出すことで、帳消しにしてもらったんです」
「すみません」
「あなたはまだ、十四歳。貴族権がないのですから、関わっていないでしょう」
私は、今までの人間の奴隷というものを見たことがないことに、心の底から恐怖と………嫌悪を…………。




