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その五:隻腕のエルフ

 誕生日前日。


 その日の朝は、私が今まで経験してきた朝の中で最も穏やかな朝であったと思う。


 角度の浅い木漏れ日の中で、軽やかな弦楽器の音と鳥の鳴き声が絡む。眠りで乾いた喉を潤すために渡された白湯の入った器は木彫りで、滑らかな温かみがある。


「平和ですねぇ……あ、ごめんなさい。戦いの前でしたね」

「いえ、平和ですよ」


 私に白湯を渡してくれた、隻腕のエルフがほほ笑んだ。服のふくらみが偏っているのは……乳房が片方切り落とされている? 他にも目をそむけたくなるような傷が、たくさんだ。


「みなさんは、私が来て嬉しいですか」


 しまった、弱気な質問をしてしまった。これから私は、エルフさんたちの領主にならなければならないのに。


「私一人に、みなの気持ちを代弁することはできません」

「そう……ですよね」


 朝食のパンは固く、薄い塩の味がする。


「でも、感謝はしています。権利種として戦えるのはタキちゃんのおかげですから」


 タキちゃんってあだ名、一日で浸透したみたいですねぇ。


「わ……私は。あなたたちは権利種にならなくとも、誇り高き者であると思っています」

「私も、そう思います。ですが、それでは希望になれないんです」

「希望……ですか?」


 緑色の団子も出してくれたのは、私が昨晩喜んで食べていたことを覚えていてくれたからだろうか。


「この世界にはまだ、私たち以外のエルフがいます。そこには子どもたちも」


 私が見た限りでは、ゴルド盗賊団に子どものエルフはいない。つまり、この方は種族全体の話をしているということ……。


 私なんて、人間の未来について考えたこともないのに。


「子どもたちの、希望となる……ということですか」

「我々大人のエルフが害獣として駆除されたという話が増えれば増えるほど、子どもたちは卑屈になっていきます。でも、権利種として戦ったという話が届けば、希望となるはずです。たとえ、私たちが敗れたとしても」

「そういうもの……なのですね」


 隻腕のエルフさんが注いでくれた白湯のおかわりが、なぜか、血のように見えた。


「タキちゃん。私は、人間が大嫌いです。エルフの子どもたちに小さな希望を残すために、人間の子ども(タキちゃん)を平気で巻きこめるくらい大嫌いです」

「そう……ですよね」


 エルフは人間から最も酷い扱いを受けた種族。いや、受け続けている種族だ……。


「きっと、みなも人間が大嫌いだと思いますよ。ふふ……みなの気持ちを代弁することはできないと言ったくせに、こんな嫌味は言えるんですよね私」

「いいと、思います。私の家にもエルフの……」

「奴隷ですか」

「はい、私も人間……であり貴族ですから、エルフのみなさんにとっては最悪の存在です。だから、私は嫌味を言われて当然ですし、私の命を子どもたちのために利用することを気にする必要は――」

「タキちゃん、食事の後少しつきあってくれませんか?」

「あ、はい」


 それは、狩りへの誘い…………この盗賊団の人って、人気のないところに連れ出すの好きなのかなぁ。






 矢、一本。


 確実に急所を撃ち抜かれた野鳥は、その羽を休めていた木の枝より静かに落ちる。


「エルフが弓が上手いって、本当だったんですね」


 隻腕のエルフが腕一本と口をつかって射った――――見事な技術。


「タキちゃんは、狩りをしたことはありますか」

「あります」


 狩りをしないと、生きていけなかったからね。まあ、罠猟ばっかりだったけど。


「私が鳥を狩ることと、人間が私たちを狩ること。なにがちがうのでしょう」


 また、答えにくい質問ですね……。


「生きるために必要なことと、そうでないこと……ではないでしょうか」


 今殺した鳥は、食卓に並ぶのであろう。そして、私たちは食べなければ生きていけない。だが、私たち人間がエルフにしてきたことは、どう考えても必要なことだとは思えない。


「必要と不必要、その境界線はどこにあるのでしょう」

「……すみません、私にはわかりません。ただ、人間は生きる上での感謝を欠いていると思います。私も含め」

「そう思いますか」

 

 エルフさんは再び、弦と矢を咥えて引く。それが向いている先は、私だ。仕方ない。私たち人間は、もっと強引に奪ってきたのだろうから。


 でも――――。


「すみません、もし、人間を憎むのならば私を殺すのはもう少し待ってはくれませんか。私にはみなさんとの約束があります」


 胸が痛む……心臓がうるさいくらい鳴っている。殺されるかもしれないという恐怖は、こうも、心を騒がせるのか。


「っ!」


 矢が放たれ、私は思わず目をつむる。

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