その三:そっか、私、あんまり人と喋ったことがないんだ
崖の横にある急な坂を下り、私はゴルド盗賊団のメンバーたちの目の前へとやってきた。間近でエルフを見るのは、はじめてではないけれど…………鎖につながれていないエルフを見るのははじめてだ。
「ゴルドさん、その子が例の貴族ですか」
「ああ。そうだ」
「へぇ、まぁ、当然ですけど人間ですね。信頼できそうもない顔をしています」
「話す前から決めつけるなと言っているだろう」
エルフが人間を良く思わないのは当然だ。人間は「全ての人間が悪いわけではない」などと言う資格を失うほどのことを…………やってきたのだから。
「さて……みんな、作業をやめて集まってくれ! 彼女には例の話を承諾してもらった! 今から、本人から挨拶をしてもらう! さあ、タキちゃん。挨拶を頼む」
「え? あ、はい」
心の準備がまるでできていないまま、簡素な木の台の上に私は立たされる。
「よろしく頼むぞ、タキちゃん!」
無茶ぶりぃ…………まぁ、やるしかないですよね。これだけのエルフを前に人間が逃げ出したら、どうこう言い訳する前に殺されるだろうし。
「あ。あの、はじめまして。私は――」
集まる視線…………ああ、この人たちの目は、大切な誰かを失ったことがある者の目だ。
「私は……タキプレウス・トリデンタトゥス・トリオプス・カンクリフォルミス。貴族の子であり、明後日には十五の誕生日を迎えます。そして、十五になれば領民を持つ権利を得ることができます」
静寂。
誰一人、私を信用していないであろうことがよくわかる。
「私はゴルドさんに頼まれ…………」
みなの視線が私に集まっている。
「私はゴルドさんに…………」
みなの視線が私に集まっている。
「私は…………」
みなの視線が私に集まっている……そっか、私、あんまり人と喋ったことがないんだ。
「私は……」
貴族としての教育をちゃんと受けさせてもらえていたら、上手に喋れたのかな…………。
でも、父も、義母も、先生も……私と関わると呪われると教育を嫌がった。
メイドも、姉も、誰も…………
誰一人………私に優しくしようとしなかった…………
みなが私を嫌っていて…………
私と関わりたくないと思っていることが、いつもいつも伝わってくる中で生きてきた…………
ああ、そうだ。やっぱり私はどこへ行っても嫌われる……
「あっ」
背中にそっと添えられたのは、いつの間にか私の後ろに立っていたカウィーソさんの手。
「言葉をつくろうとするな。この連中は、おまえの話を聞こうとしているんだ」
暖かい……これは、誰かの手だ。
「はい!」
ありがとう、カウィーソさん。私……私の思いを話そうとしてみます!
「聞いてください! 私は……私は、ゴルドさんにみなさんを私の領民とし、貴族として率いるよう頼まれました。でも、そんなことはどうでもいい!」
しまったっ……失言……いや、だめだ! ここで話を止めたらだめだ!
思うことを言わないと!
「どうでも、どうでもいいんです! 言われたからとか、頼まれたからではなく、私は、自らの意志でそうしたいと思った。だからどうでもいいし、でも、ゴルドさんには感謝しているし、自らの意志で領主としてがんばりたいし、できる自信はないけれど、でもちゃんとやろうと思うし」
ああ、どうしよう。なんかぐちゃぐちゃになってきちゃった。
でも!
だからこそ!
言葉を止めちゃだめだ! だめなんだ! ここでやめたら、きっと、みんなが、寂しい気持ちになってしまう!
「軽い思いに聞こえるかもしれないし、私の人生はみんなの人生に比べたら軽いかもしれないし、私は怖がりだから逃げちゃうかもしれないけれど、逃げないから、逃げないから」
貴族らしくしなきゃ、貴族らしくしなきゃ。
「逃げないから――痛ったぁ! な、なにするのカウィーソさん!」
え? なんで今私の背中を叩いたの?
「だから、気取ろうとしなくていい。自分のままでいい」
「…………あ」
カウィーソさんの赤い瞳。それはまるで、命が燃えているようで…………。
ああ、そうか。
貴族らしくではなく、私らしくあればいいのか。
「私は…………」
深呼吸をしをして、呼吸と心を整える。
「私は…………ゴルドさんに必要としてもらって嬉しかった。今は、それだけしかわからないんです。でも、それだけしかわからないということは、それだけはわかるということです。ごめんなさい、わけがわからないかもしれないけど、私はみなのための貴族となる。誓う、私はゴルド盗賊団を率いて、みなさんが権利種として戦えるよう……戦えるようにしますから! だからっ……」
静寂。でも、もう怖くない。
「タキプレウス様!」
誰かが、声をあげた。
「タキプレウス様!」
誰かが、声をあげてくれた。
「タキプレウス様!」
「タキプレウス様!」
「タキプレウス様!」
たくさんの声が、続く。ああ、私はみんなに受け入れてもらえたんだ。
「タキプレウス様!」
「タキプレウス様!」
「タキプレウス様!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキプレウス様!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
え? カウィーソさん? あなただけノリちがくない?
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
え! みんなもそっちに乗っちゃうの?
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
ああもう、なんか恥ずかしいなぁ。
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
でも、様付けされるより、こっちのほうが好きかも。
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
名前を呼んでもらってるって、私の名前を呼んでもらっているって感じがするから。
「ふふ、ありがとうございます。私、みんなのタキちゃんです! どうぞよろしくお願いいたします!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「よろしくお願いいたします!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
「タキちゃん! タキちゃん! タキちゃん!」
ああ、居場所って、こんなふうにできるんだ。




