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その十:静かな暮らし

 翌朝、私は十五歳として目覚めた――――。



 

 盗賊団のみなは、日が沈む時間に向けて祝いの準備をはじめてくれている。私は今日、正式にゴルド盗賊団の長となるのだ。


「タキちゃん、今日は主役なんですから、畑仕事なんて手伝わなくていいのに」

「いえ、今日だからこそ、手伝いたいんです」


 隻腕のエルフ、リューズライトさんとともに何種かの作物を収穫する。この後は、盗賊団に所属するエルフたちの名前を一人ずつ順に教えてもらうことになっている。


「よい、天気ですね」

「そうですね。リューズライトさん」


 エルフが他種族に名を教える時は、その命を預ける時だけ。私は今夜、合計で三十七名の命を預かることになる。


 いや、三十九名だ。


 カウィーソさんもゴルドさんも、私の領民になるのだから。


「つまみぐい、どうぞ」

「ありがとうございます……うわ、甘い!」

「でしょう。これは、摘みたてが一番美味しいんです」


 口に放り込んでくれた小さな赤い果実は、桃砂糖(ももざとう)のように甘い。ああ、幸せだな。姉の食べ残しのお菓子をこっそり食べていた人生が、消え去っていくみたいだ。


「この赤い実、カウィーソさんの目の色に似てるから、カウ()って呼んでるんです。あ、内緒ですよ? 本人に言ったら絶対怒る――タキちゃん? どうしました?」

「あ、いや、た、たしかに似てますね」


 カウィーソさんの赤い瞳は、この美しい果実よりもきれいだと思う。


「もう一個、食べます?」

「あ、いただきます」

「よい天気ですね、今日も」


 リューズライトさんは、また空を見上げた。


「本当に、ここは素敵なところですね」

「ええ、幸せな暮らしですよ」

「私も幸せです、リューズライトさん」

「ありがとうございます。ねぇタキちゃん」


 リューズライトさんは背負っていた籠をおろし、私のほうを向いた。


「なんですか」

「あなたは、私が二百六十二年生きてきた中で好きになることができた、三人目の人間です」

「ゴルドさんと、カウィーソさんと……私ですか」

「ええ。あなたと出会えたことに、本当に感謝しています」

「嬉しいです。私もリューズライトさんに出会えたことに――」


 けたたましい鐘の音が鳴った。


「タキちゃん、こちらへ!」


 理由を聞かなくともわかる。これは、敵がいることを知らせる音だ。


 近くに――あるいは――目前に――――。


「リューズライト! タキちゃんは私が護衛する。敵は近い! 弓隊に準備をさせろ!」

「わかりました! ではタキちゃん、また、来世(どこか)で!」


 駆けてきたカウィーソさんと、入れ替わるように走り去っていくリューズライトさん。待って、私、まだリューズライトさんにお礼を伝えられていない。


「タキちゃん、すまない。私の読み違いだ。マルディリアの軍が昨晩のうちにせまっていた。そしてそれに……気がつけなかった。見張りの数は足りていたはずなのに」

「それは多分闇夜部隊(やみよぶたい)です。カウィーソさん、みなに攻撃をするなと伝えてください! 絶対に!」

「なぜだ」

「気がつけなかったということはドラゴ家最強の部隊である闇夜部隊が…………いえ、最悪の部隊が出てきたということだと思います。だから、私が出ます。みなさんを私の領民としたことを伝えれば、一時的に攻撃は止められます。その間に、逃げて……っ!」

「だめだ」


 痛い……カウィーソさん、どうしてそんなに怖い顔で私の肩を掴むの。


「知っているだろう! もとより私たちは死ぬつもりだ! 誇りさえあればいい! 命を懸けるためにここにいる!」

「カウィーソさん、命を懸けるということは、命を捨てるということではありません」

「なんだと」

「昨晩言った通りです。私たちは死ぬために戦うんじゃない。生きるために、命を懸けて抗う。でも、闇夜部隊相手では戦えません! 力の差がありすぎて――戦いにならないんです!」

「冷静になれ!」


 ああ、頬を叩かれたのは久しぶりだ。


 でもね、カウィーソさん。私、止まれないよ。


「カウィーソさん。いえ、カウィーソ。貴族タキプレウス・トリデンタトゥス・トリオプス・カンクリフォルミスはここに、貴族の権利を行使します。もし、領民であるあなたが私に逆らうならあなたから指揮権をはく奪し、私はみなさんに逃げることを命じ――」

「ああ……もう。わかった。わかった。わかったから! はは、やっぱり、タキちゃんは狂ってるなぁ」


 カウィーソさん、今笑った?


「おい! みんな聞け! 命令は一つだ。こちらから先に攻撃を仕掛けるな! わかったか! 相手が手を出すまで、ここで待機して手を出すな!」

「カウィーソさん、私は逃げろと」

「タキちゃん、君の気持ちはわかるが。私たちに逃げ道はない。伝えるのが遅れてすまないが、マルディリアは完璧に兵を配置済みだ」


 ああ……そうだ。あの姉に隙なんて…………。


「なら、どうしたらいいの」


 私にできることは、泣き言を吐くことだけか?


「タキちゃんの策で行こう。貴族は作法にうるさい、だから、タキちゃんが私たちを領民にしたことを伝えている間は手を出せんだろう」

「交渉を……」

「そんな姉か?」

「違う……そんな甘い姉ではありません。でも、伝えるべきことを伝えている間に斬るのは無作法です。貴族にあるまじき行為です。あの姉なら、私を()()()()()()ためにもそこだけは守るはずです」

「その通りだ。そして、そこに隙がある」


 まさか……カウィーソさん。


「カウィーソさん……今考えていることを、率直に教えてください」

「私がタキちゃんの護衛につく。そして、マルディリアを殺す。貴族じゃない私に、作法は関係ないからな」


 それは、私とともに死んでくれる人の……目でした。


「たしかに……姉を……いや、マルディリアだけでも殺せたら風向きが変わるかもしれない」


 闇夜部隊を率いた姉は、この国最強の暴力装置だ。そのトップである姉を殺せたら、近隣諸国が圧をかけやすくなり、異種族狩りをしている余裕がなくなるかもしれない…………。この命懸けの戦いで、誇り以上のものを残せるかもしれない!


 はは、私、やっぱりカウィーソさんの言う通り、()()()()()()()のかな。


 だって、今、私の身体は、興奮している――――。


「カウィーソさん。カウィーソさんがマルディリアを殺せれば、私たちの死は未来につながる――痛ったぁ! な、なにするのカウィーソさん!」


 え? なんで今私の背中を叩いたの?


「タキちゃん。これだけは忘れずに死んでくれ。マルディリアを殺すのは、私とタキちゃん二人だと。二人の、初めてで……最期の共同作業だと」

「は……はい。そうですね、そうですね! 二人で! 二人で抗って死にましょう!」


 ああ……カウィーソさん。一緒に逝きましょう。二人で。二人で。 

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