第七話 ~面影をこえて~
「……モフモフがいっぱいいる」
無表情ながらほんのり嬉しそうな夕那。二人は猫島にやってきている。ここには人懐っこい猫が何千匹も住んでいて、かつては人気の観光名所だったが、現在は安全が確保できないため無人島化している。
「夕那は相変わらずモフモフが好きだね」
「……連れて帰っても良い?」
空野は抱えきれないほどに猫まみれな夕那を見てクックッと笑う。
「残念だけど連れて帰るのは駄目だよ。でもこの島をまた人が自由に訪れることが出来る島にしようと思っているんだ」
「そうなの?」
「夕那が頑張ってくれたから出来ることだよ」
「そう……なら嬉しい。私も手伝う」
「うん、それならすぐにでも実現できそうだね」
「だから連れて帰って良い?」
「……五匹までなら」
ついつい許してしまった空野だが、嬉しそうに猫を漁る夕那の姿を見れば強く言えるはずもない。最悪五匹くらいなら、自分が飼うことも出来ると言い聞かせる。
「夕那、そろそろ暗くなってくるし帰ろうか?」
「……嫌。ここで暮らす」
すっかり猫たちと打ち解けた様子の夕那に苦笑いするしかない空野。
「仕方ないな。まあ今夜は泊っていくか」
「さすが空野は話がわかる」
無人島に宿泊施設などないが、夕那は睡眠は不要だし、空野は乗ってきた自家用機の中で寝れば良い。
「ねえ空野、なんでこの場所をデートに選んだの?」
島から見える夕日は遮るものも無く水平線を揺らしている。
「……夕那と来た思い出の場所だから……かな」
「ふーん、そうなんだ」
「そういえばあの時も言っていたよ、ここで暮らすってさ」
「…………」
黙って空野の横顔を見つめる夕那。
「ねえ空野、オリジナルの夕那さんはどんな子だったの?」
「……そうだな、一言で言えば傲慢な天才かな。俺と夕那は天才ばかりが集められた特殊クラスの同級生だったんだ。初めて会った時、アイツなんて言ったと思う?」
「……まあまあやるじゃない、とか?」
「惜しい、それも言われたけど、アイツはこう言ったんだ。初めて本物の天才に出会った気分はどう? ってね」
「ふーん。それで? 空野はどうしたの?」
「……惚れた。悔しいけどアイツは本物の天才だったからな。俺はその時に初めて二番目で良いと心から思ったんだ」
「空野……チョロい」
くすくす笑う夕那に言い返せず顔を赤くする空野。
いたたまれなくなったことを誤魔化すように、ポケットの中をごそごそと漁る。
「これさ、夕那の誕生日に渡そうと思っていたんだけど。結局渡せなかったんだ。夕那にあげようと思って持ってきた」
リボンでラッピングされた小さな箱を手渡す空野。
「可愛い猫のペンダント!! これを私に?」
プラチナ地の白猫の左右の目はトパーズとエメラルドのオッドアイ。当時夕那が可愛がっていた猫と同じ。
「当時はまだ高校生だったからそんなに高いものじゃあないんだけど、それでもバイトとかして頑張って買ったんだよ」
「でも……夕那さんに買ったものを私がもらってしまっていいの?」
「良いんだよ。ぜひ夕那にもらって欲しいんだ」
「わかった」
大切そうにペンダントを眺める夕那。
「ずっと研究して来て最近思っていることがあってね。一度夕那に聞いてみたかったんだけど……」
「うん」
「夕那を蘇らせる理論はほぼ完璧なんだ。でも蘇生するはずなのに夕那は目覚める気配すらない。なんでなんだろうってずっと頭を抱えていた。悔しくて悔しくて……自分の不甲斐なさに何度絶望しかけたことかわからない」
「……空野は優秀。自信を持っていい」
夕那は空野の頭をぽんぽん撫でる。生前の夕那がよくしていた行動に空野は内心驚きながらも、話を続ける。
「ありがとう。それでね、最近気づいたんだ。もしかして蘇生しないのは、すでに別の場所で蘇生しているからじゃないかってね」
「それはつまり……私のこと?」
「うん。仮に魂というものがあって、その器としての身体という仮説が成り立つのであれば、その可能性もあり得るかなって……ね? まあ……半分以上は願望なんだけど」
「……私にはわからない」
「ごめん、気にしなくていいよ。変なこと言ってしまったね」
「空野、ペンダント付けて」
一瞬考え込んでいた夕那だったが、思いついたように背を向ける。
「うん……ああ……とても似合っているよ、とても」
「そう? じゃあどうして泣いている?」
「なんでだろうね……キミがあまりにもあの頃のままで、とても綺麗だからかもしれない」
「空野、ぎゅってして」
「ああ……って、良いのか?」
「こういう雰囲気の時、そうするんでしょう?」
「ははっ、嫌じゃないかい?」
「全然。他の人なら触れる前に消し炭にするけど」
「……それは光栄だね」
おそるおそる夕那をぎゅっとする空野。アンドロイドとはいえ、夕那の細胞を使っている肉体は生身の人間とほとんど変わらない。
「……ちゃんとあったかいんだね」
「……太陽もね」
たしかに今……夕那は空野のことを太陽と呼んだ。黄昏時の奇跡なのか夢うつつが見せた幻なのか。
「え……!? 夕那……お前今……まさか記憶が?」
「ん? どうした空野」
「いや……なんでもない」
◇◇◇
『どうしたんだ夕那? 元気がないじゃないか。デート失敗でもしたか?』
ぼんやりと外の景色を眺める夕那に声をかけるエリマッキー。
「ううん楽しかった。モフモフがいっぱいだった」
『ふーん? じゃあなんで落ち込んでいるんだ?』
「……落ち込んでいるわけじゃない。そう……強いて言えば恐怖している」
『恐怖!? それはまた驚いたな。数万の敵軍を見ても眉一つ動かさないお前が恐怖だって? それなら尚更見過ごせない。相棒として共有させてもらわないと』
単なるお節介ではなく、生死をかけてともに戦う相棒だからこそ、わずかな問題でも放置は出来ない。その一瞬の隙が運命を左右することもあるのだ。
「……わずかにタイムラグがあった。気になって調べてみたら、以前から私の認識外での活動が認められていた。空野は夕那の魂が私の中に入っているという仮説を持っていたけれど、あながち間違っていないのかもしれない」
『なるほどね……それが本当なら夕那さんが蘇生する可能性につながるかもしれない。空野には報告したのか?』
「……してない」
『なんでだよ? 夕那だってそんな状態だと怖いんだろ? だったらすぐに報告して―――――」
「違う……怖いのは空野に嫌われること」
『は? なんでそうなるんだ?』
「空野が好きなのは、私じゃなくて夕那さんだから。本物が出てきたら私は不要になってしまう。なら……このままこの身体に居てもらった方が……」
『夕那……お前……もしかして本気で……?』
「わからない。でも空野から見てもらえなくなるのは嫌なの。ねえエリマッキー……私居なくなった方が良いのかな?」
頬を静かに伝う液体。エリマッキーは絶句する。
『ゆ、夕那、落ち着け、わかった、私も一緒に考えてやるから、涙を拭け』
「ん……ありがとうエリマッキー」
おもむろにエリマッキーをむんずとつかみ、思い切り鼻をかむ夕那。
『……夕那? 私は涙を拭けと言ったんだが……』
「どっちも体液なんだから細かいこと言わない」
「……ということがあったのママ」
「まあまあ、そうだったのね。勇気を出してよく言ってくれたわ夕那ちゃん」
泣きながら夕那を抱きしめる那都。結局答えが出ないまま、夕那は那都に相談することにしたのだ。
「大丈夫よ~。仮に夕那が生き返ったとしても、夕那ちゃんも私の娘であることは変わらないんだから」
「でも……私は邪魔になるんじゃ?」
「馬鹿ね……そんなこと私もあの人だって微塵も思っていないわ。もちろん空野くんだってね。そうよね?」
「はい、もちろんです」
「空野……なんでここに?」
「空野くんたら、もし夕那が生き返った場合、二人ともお嫁さんにしたいって私に相談しに来ていたのよ~若いって良いわね~」
「勝手なこと言っているのはわかってる。でも僕にとっては二人とも大切な夕那なんだ……だから」
「わかった(わ)、空野 (太陽)」
夕那の声が重なって聞こえる。
「あらあら、良かったわね~空野くん。それから……夕那、おめでとう」
「ちょっと待った!! 娘を二人も連れて行くならせめて一発殴らせて―――――ぐへっ!?」
那都にぶん殴られる朝日博士。
「今日はおめでたいわ~。今夜はパーティーにしましょう。お赤飯でも炊こうかしら~」
「ママ、私は唐揚げとハンバーグが良い」
「はいはい、もちろんよ~」
「わ、私は、カレー……い、いや、キミの作るものなら何でも大歓迎さ!!」
ギロリと睨まれて発言を撤回する空気を読めない男朝日。
「空野くんは何が食べたい?」
「え……それじゃあ僕も唐揚げとハンバーグで」
空気が読める男、空野。
『あの……盛り上がっているところ悪いんだけど、私のお土産は?』
「……あっ!?」
『夕那っ!?」
「……あっ!?」
『ママさんっ!?」
「あはは、そんなこともあろうと僕が買って来てありますよ」
『さすが空野だな。あの夕那が惚れるだけのことはある。信じていたよ』
「はい、これ」
『……これは何だ?』
「マフラーですけど? カシミヤ100%ですよ」
『おお……このシルクのような手触り最高って違うだろ!! マフラーがマフラーするとかシュールにもほどがあるだろっ!?』
「良かったねエリマッキー。その子と結婚すれば?」
『出来るかあああ!!?』