第六話 ~夕那の初デート~
『夕那、何を真剣に見ているんだ?』
不思議そうに声をかけるエリマッキー。
「うん、あの人たち何をしているのかなって」
夕那たちの活躍によって平和を取り戻した浜辺では、若いカップルたちが寄り添うように海を眺めている。
『何って……そりゃあ海辺のデートだろう』
「それはわかってる。でも何のためにデートするんだろう」
夕那のAIは超高性能ではあるが、戦闘用アンドロイドという目的のため、より抑制的、効率を重視した思考が優先されるようになっている。わかりやすく言えば、余計なことは考えない、しない。よって、数十年の実戦を潜り抜けた歴戦の兵士のように成熟している一方で、恋愛などに関してはまるで子どものように未熟だったりする。
『そりゃあ好きな人と家族を作って子孫を残すためだろう。家族となれば長い間一緒に生活を共にすることになる。本当に家族となるに値するのか、ああやって一緒に過ごすことで、相性や気持ちを確認しているんだと思う。いわば予行練習だな』
「ふーん。そんな回りくどいことしなくてもデータで相性が良い人を見つけた方が効率が良いんじゃない?」
『そりゃそうだが、やはり直接会ってみてわかることもあるんだよ。データは万能でもないし限界はある。でもどうしたんだ? いままでそんなことに関心なんて示したことなかったのに』
「ここにベテルギウスが完成したら国内の防御システムはほぼ万全になるでしょ。そうなったら私たちどうなるのかなと思ったの」
『ベテルギウス』は、ここ阿蘇カルデラに蓄積された熱エネルギーを利用するための大規模なエネルギー生産施設だ。現在稼働中の北海道洞爺カルデラのシリウス、箱根カルデラのプロキオンに加えてベテルギウスが稼働を始めれば、防空システム千里眼のカバーできる範囲は一部離島を除いて国内全土に広がることになる。
これまでは、その穴を夕那たちが埋めていたが、今後その必要が無くなってゆくのは明らかで、それでもまだようやく一息つけるといった段階ではあるのだが。
『国内の守りが万全になったことで、次は海外に取り残されている邦人の救出任務が増えてゆくだろうな。同時に現在世界中で起きている戦争状態を終わらせなければならない。やることは山積みだぞ夕那』
「……夢も希望もないこと言わないでくれる? エリマッキー」
ため息をつきながら、夕那は相棒であるマフラーをねじり上げる。
『ぎゃあああ!? 痛い痛い、悪かったからやめてくれ!!』
『まったく……皺でも残ったらどうするんだよ? でも夕那も恋愛とかに興味あるのか? 好きな人とかいたりして? 私はそういう感情は持っていないけれど、夕那は普通のAIじゃないからな』
エリマッキーは人工生命体ではあるが、男女の設定を想定していないので、感情豊かではあるが、恋愛感情のようなものはプログラムされていない。
一方の夕那は、実在した人間をベースに作られたアンドロイドであり、ただのAI搭載人工生命体ではないのだ。
「うーん、よくわからないけど、これでも好き嫌いはあるよ?」
『へえ、それは興味深いな。ちなみに私のことはどう思っているんだ?』
「え? 嫌い」
『……回答が早かったな。反応時間が恐ろしく短かったんだが……思わずダメージ回復プログラム発動しちゃったじゃないか!!』
「……誤解を招く言い方だった。好きの反対」
『誤解してねえし!! 言い方変えても同じだし』
「元気出しなよ、相棒としては信頼しているんだから」
『そこは冗談だよって言うべきじゃないのか? まったく……』
「ほら、ブツブツ言ってないで早く帰るよ、東京でママたちが待ってる」
『話を聞けえええ!!』
◇◇◇
「朝日博士、夕那がまた大活躍したそうですね。これでベテルギウスの建設が一気に進みます」
満面の笑みを浮かべて指令室兼研究室に入ってきた若者は、夕那を創り出した稀代の天才科学者夕暮朝日博士の第一助手、空野太陽。
「ああ空野君お疲れ様。そうだね、これで夕那も少しはゆっくりさせてあげられる。君にも辛い思いをさせてしまっているね……すまない」
空野と夕那は恋人同士であり、研究パートナーでもあった。普段は飄々としたつかみどころがない朝日博士も、空野を見る視線は優しい。我が子同然に思っているから自然と目尻も下がる。
「何をおっしゃるんですか。僕が夕那を守ってあげられなかったんです……こうして夕那の姿を見ることが出来るだけで僕は幸せですよ博士」
一瞬こみ上げた想いをぐっとこらえて微笑む空野。
「君は守ってくれたじゃないか。その身を呈して娘を守ろうとしてくれた。私も妻も感謝しているんだよ」
「しかし……夕那は……」
「君が守ってくれたから、夕那の身体は綺麗なままだった。君の方が瀕死の重傷で生きているのが奇跡という状況だったんだ。頼むから自分を責めるのはやめてくれ。君のおかげで夕那はああいう形でも生きているんだから」
夕那の身体は保存され博士は蘇生の可能性を求めて日々研究を進めている。肉体の修復は出来ても一度失われた意識が戻るかどうかはわからない。仮に戻ったとしても、生前の夕那と同一人格である保証などないのだが。
アンドロイドの夕那は、彼女の細胞やあらゆる生体データを元に生み出した存在。限りなく夕那に近いクローンのようなもの。
「ありがとうございます。でも、今でも慣れませんね、見た目も声もすべてがあの頃の夕那と同じですから。ふとした時に見せる仕草なんてまるで生き写しですよ……」
「……わかるよ、私たちも娘としか思えないからね。なあ……空野君」
「はい、なんでしょう」
「君はまだ若いしファンも多い。娘に遠慮する必要なんてないんだよ?」
空野は将来有望な天才科学者の一人。そのルックスや穏やかな人間性もあって憧れる女性は後を絶たない。だが空野は誰とも付き合うことも無く、この十年ひたすら研究に打ち込んできた。
「僕は……まだ諦めていないんですよ。博士だってそうでしょう? まあオジサンになった僕じゃ夕那と釣り合わないかもしれませんが」
肩をすくめてみせる空野。
「二十六歳でオジサンはやめてくれないか。そうか……まあ年齢なんて単なる数字だからね。キミの身体はそう簡単には老いないから見た目のギャップは気にしなくても大丈夫だけどね」
瀕死の状態だった空野の身体は博士によって大部分サイボーグ化しているため、十年経った今でも、空野の見た目はまだまだ高校生だと言っても通用する程度には若々しい。
「あら~、空野くん!! もうすぐ夕那帰って来るって連絡入ったわよ~」
「あ、あの……那都さん、なんで毎回抱きしめるんですか!?」
朝日博士の妻で夕那の母である夕暮那都博士の手から逃れようとわたわたしている空野だが、意識の外からするりと侵入してくる那都の束縛から逃れることは難しい。
「うふふ、だって可愛いんだから仕方ないじゃない。夕那と結婚するんでしょう? だったら息子みたいなものだし」
「結婚って……そうなったら嬉しいですけど……」
希望は捨ててはいないが、現時点で蘇生の方法はめどすら立っていない。
「あら? 別にあの子でも良いのよ?」
「あの子って……アンドロイドの夕那ですか?」
「嫌い?」
「いや、嫌いなわけないじゃないですか」
「ふーん……じゃあ好き?」
ニマニマしながら尋ねてくる那都に追い詰められて空野が観念する。
「ええ、好きですよ夕那のことも」
「……ふーん、空野は私のこと好きなんだね?」
「んなっ!? ゆ、夕那、いつからそこに?」
入口に立っていたのは帰還してきた夕那。相変わらず無表情で、何を考えているのかはわからない。空野はまさか聞かれていたとは思わず大いに慌てる。
「来たのは今だけど、音声と映像は最初から確認してた」
今までのやり取りを聞かれていたと知り真っ赤になって悶える空野。
「お帰りなさい~夕那ちゃん。丁度良かったわ~、空野くんのことどう思ってるの~?」
「ちょ、ちょっと、那都さん!?」
慌てて制止しようとする空野をするりとかわしてドストレートな問いを発する那都。
「……うーん。言語化するにはデータが足りない」
じっと空野を見つめる夕那。
「そ、それって……どういう意味?」
「質問が悪かったわね、好きか嫌いかだったら~?」
「好き」
「ええっ!?」
「良かったわね空野くん。じゃあ結婚相手としてはどうかしら?」
「結婚? 家族になるってこと? ああ、そうだ、それならデートしよう空野」
「で、デデデ、デート!? 僕と?」
なんでそうなる? 思ってもみなかった夕那からの提案に思考がついて行かない空野。
「うん、家族になるならデートしてみないとわからないんでしょう?」
「素敵じゃない~!! 空野くん、明日休んで良いから行ってきなさいデート」
「え……? 良いんですか? それなら……」
「待て待て、聞き捨てならんな、それなら私も行こう……ぐへっ!?」
「……アナタは邪魔しないの」
「……ごめんなさい」
静かだが鬼のような那都の圧に謝罪するしかない朝日博士。
「そうだわ、せっかくだから私たちもデート行きましょうか、久しぶりに温泉行きたいわ」
「それは良いアイデアだね。そういえばずっと休みを取っていなかった」
夕暮博士夫妻は、娘を亡くしてから十年、一日も休むことなく働き続けてきたのだ。
『あの……私は?』
黙って話を聞いていたエリマッキーだったが、たまらず声を上げる。
「エリマッキーはお留守番頼むわね」
『えええ……そんなあ……!?』
「仕方ないだろう? 誰かが残らなくてはならないんだし。そもそもデートする相手いるのかい?」
『くっ、独り身の辛さよ』
システムそのものは国家AIアマテラスによって自動で運営されているので、人手は不要なのだが、万一に備えて司令部を無人に――――エリマッキーは人ではないが――――するわけにはいかない。
「安心して、お土産買ってくるから」
「悪いねエリマッキー」




