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灰色髪の夕那 ~連載版~  作者: ひだまりのねこ


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第五話 ~たまには酔いたい夜もある~


 20xx年、世界秩序は失われ、時代は弱肉強食の世紀末へと突入した。


 汚染され荒廃した国土を脱出しようとする難民が至る所に溢れ、各地では無数の軍閥が鎬を削り、軍事独裁的な野盗国家が乱立。


 そんな彼らがターゲットに定めたのは、最後に残った聖域ともいえる肥沃で安全な日本であった。


 


 日本国 熊本・阿蘇



「増援はまだ到着しないのか!? もう限界だ……突破されるぞ!!」


「とにかく撃ち続けろ!! 少しでも時間を稼げっ!!」


 九州・沖縄一帯は、諸外国からの執拗な侵略を受け続けていた。


 特にこの阿蘇地方では、カルデラに蓄積された熱エネルギーを利用するための大規模な施設が急ピッチで建造されていることもあって、敵国からの攻撃が集中している。


「くそっ、個別の戦力は大したことはないんだが、数が多すぎる……」


 長い海岸線や

島々の防衛は難しい。なにしろ海からは昼夜を問わずあらゆる方向から侵略者がやってくるのだ。退け続けることは困難を極め、しかもその数は減るどころか日を追うごとに増える一方。終わりの見えない緊張やストレスは疲労を蓄積させてゆく。


 兵士たちの体力、忍耐力はとうに限界を迎えていた。


 それでも折れずに戦えているのは、阿蘇カルデラに建設中の施設、正式名称『ベテルギウス』さえ完成すれば、一気に戦況が変わると信じているから。


 愛する家族、生まれ育った故郷を守るため、最後の気力を振り絞って銃を手に取る。




「総員撃ち方止め、()()()が到着した。急ぎ退避しろ!!」


 指揮官の命令で前線の兵士たちが一斉に後退。


 それを見た敵軍は、チャンス到来一気に上陸せんと押し寄せる。



夕那(ゆな)、久しぶりの通常戦闘だな。行けるか?』


「……うん大丈夫。サポートよろしくエリマッキー」


『だから私はマフラー……いや、今はストールだと何度言えば……』


「……じゃあストーカー?」


『……なぜそうなる……エリマッキーの方がマシに思えてきた』



 敵軍が目前に迫る戦場で暢気な会話を続けているのは、見た目女子高生くらいの一見普通の女の子。

 

 首元にはチェックのマフラー……いやストールを巻いており、いかにも場にそぐわない。


 その冬空のような灰色の髪は不吉な予感を、感情が抜け落ちた無表情さは死神のように無慈悲な印象を見るものに与える。



挿絵(By みてみん)


「五分で終わらせる」 


 敵を侮っているわけではない。エネルギー供給が望めない以上、出来るだけ短時間で戦闘を終わらせることが重要となるからだ。


 ストールが翼のように広がり、まるでトンビのように海面すれすれを飛翔する少女。キラキラと反射する水面の上を滑るように飛ぶ夕那の姿を肉眼で捉えるのは難しい。


 それでも雨のように降り注ぐ銃弾のいくつかは、狙ったわけではなくとも着弾する。



 ……が、夕那は怯むことも速度を落とすこともなく最短コースで距離を詰める。


 彼女を守るように展開されたストールが銃弾をふわりと受け止め無効化する。


 夕那が装着しているストールは、最新鋭AI搭載のマフラー型人工生命体識別名『MF109』、伸縮自在のその体は攻防一体の盾であり矛。最高の相棒(バディ)を信頼しているからこそ彼女は止まらない。



「エリマッキー制限解除、蹴散らすよ」


『OK夕那、射程に入る、油断するなよ』


「誰に言ってるの?」



 ドガンッ!!!


 夕那は船を横からぶん殴る。


「はい次!!」


 船体に大穴が開いた船はみるみるうちに沈んでゆく。


「うわっ!? 化け物!?」


「撃て!! 撃ち落とせ!!」


 船に接近させまいと懸命に迎撃を試みる敵軍であったが、夕那に搭載された高機能センサーと未来予測システムによって易々と回避。攻撃は虚しく空を切る。


 そう……夕那は稀代の大天才、夕暮博士夫妻が生み出した女子高生型戦闘アンドロイド識別番号『YU-NA1107』コードネーム『灰色神』


 そのすべてが謎に包まれた防衛省最強の秘密兵器は、日本国の守護神であり、敵軍にとっては破壊の化身となる。


 ドガンッ!!!


 ドガンッ!!!



 たった一人と一本のストールに翻弄され壊滅してゆく敵艦隊。光、音、振動、熱、呼吸、あらゆる刺激によってエネルギーを補充出来る夕那は、省エネモードであれば、理論的にはほぼ半永久的に戦闘を継続できる。


 だが、主力のレーザー兵器こそ使わないものの、今回は躊躇うことなく通常モード全開である。シリウスとプロキオンという強力なバックアップがあることも大きい。


 有言実行……わずか五分後には、領海に侵入してきた敵艦船はなすすべもなく文字通り撃沈された。


 到着からわずか10分足らずで戦闘は終了したのである。



「す……すげえ……」

「あれが……灰色神か……」


 あまりの一方的な展開にしばし呆然と眺めているだけだった守備隊も、ようやく目の前で起こったことが現実なのだと気付く。


 歓声に沸く者たちがいる一方で、


「チッ……」


 冷めた目で見つめる者もまた存在する。



◇◇◇



「圧倒的な勝利、お見事でした夕那大佐殿」


「うん……みんなもご苦労様でした」



「……なんでもっと早く来てくれなかったんですか?」


 夕那に食って掛かるのは、二十代半ばの男性兵士。


「おい、やめないか黒田、大佐殿に失礼だぞ。大佐殿がどれだけ広範囲の防衛に当たっているのか、お前も知っているだろう?」


 夕那の主戦場は北海道を含む東日本全域。


「いいの。今日まで来られなかったのは事実だから」


「ふん……最強のアンドロイドだかなんだか知らないが、怠慢なんじゃないんですか?」


「黒田ッ貴様、口を慎め!!」


「罰ならいくらでも受けますよ、でもね、この際だから言わせてもらいますけど、なんで俺たちだけが後回しにされたのか、納得できないんですよ!!」


 そうだ、そうだ!! 黒田の発言に同調の輪が広がる。


 隊長は申し訳なさそうに頭を下げる。


「申し訳ない。この部隊には戦友を失った者も多いのです。限界を超えて戦い続けてきて緊張の糸が切れたのでしょう……あんな戦いを見せられたら余計に」


 なぜもっと早く来れなかったのか? 


 あと一日……あと一日早ければ、アイツは死なずに済んだのではないか?


 若い兵士たちがそう思ってしまうのも仕方ないことではあった。


 皮肉なことだが、圧倒的なまでの夕那の強さを見てしまったゆえに。



『お前らちょっと待て、夕那は……』

「エリマッキー!! いいから」


『……わかった』


「私の力不足でごめんなさい。でも、ここへ来た以上、これ以上の被害は出させないと約束する」


 兵士たちに頭を下げる夕那。



 兵士たちも納得したわけではないが、上官が素直に頭を下げている以上、さすがにそれ以上声を上げる者はいなかった。


 

◇◇◇



『夕那……あんな言われっぱなしで良かったのか?』


「良い、何を言ったとしてもあの人たちの大切な人は帰ってこないから」


『それはそうだが……まあ、夕那がそう言うなら……私は温泉にでも浸かってくるよ。せっかくの阿蘇だしな』


「うん。しばらくは大丈夫そうだし、ゆっくりしてきたら」



◇◇◇



「ふう……久しぶりの温泉はたまらないな」


「ああ、大佐殿さまさまってところだな。まさかあんな可愛い女の子だとは思わなかったが」


「それな、でもわざわざ女子高生にするところが痛いよな。天才だか何だか知らないが、とんだ変態博士だよ」


「ったく、そんなんだから俺たちに皺寄せが来たんだろ? どうせ安全な中央で好き勝手発明だかしているだけのヤツに現場の苦労なんかわかるかよ……」


「だよな、この戦争だってゲーム感覚でやっているんじゃないのか?」


「くそっ、そんな連中のせいであいつらは……」




『……ちょっと待てよ』



「あ? なんだお前大佐殿のマフラーじゃねえか。ここは男湯だぞ? それとも何か? 大佐殿は首にヒモの男を巻いて喜んでいる変態ロボットなんですか? 変態博士の作ったロボットもやっぱり変態……ぐべらっ!?」


 エリマッキーに殴り飛ばされる若い兵士。


「な、なにしやがるっ!? お、おい……大丈夫か?」


 殴られた男の頬は真っ赤に腫れあがり、温泉が真っ赤に染まる。



『……黙れ。てめえら博士のことを何も知らないくせに好き勝手言いやがって……。私や夕那のことはいくらでも悪口でも何でも構わないさ。だがな……博士のことを侮辱するのだけは許さん』


 エリマッキーがその気になれば一秒もかからずここにいる全員の首と胴が離れることになるだろう。凄まじい怒気に怯む兵士たち。


「へ、変態を変態って言って何が悪いんだよ。実際に女子高生じゃねえか」



『……お前ら十年前の悲劇知っているか?』


「いきなり何の話だよ……あれだろ? 佐渡に弾道ミサイルが着弾して大勢の死傷者が出たって言う……」 


『ああ、その時に博士夫妻は当時16歳の娘さんを亡くしている』


「ち、ちょっと待てよ……それじゃあまさか……」


『そうだよ。夕那は博士の娘をモデルに作られたアンドロイドだ。この私も当日巻いていたマフラーがモデルになっている』


 静まり返る一同。


「わ、悪かった……知らなかったとはいえ、酷いことを言ってしまった。変態博士って言ったことについては取り消す。だがよ、俺たちが後回しになったのは事実だろ?」


『……たしかに九州が後回しになったことは事実だ。戦闘による被害が出たこともな。だがミサイルが落ちてきたことはあるか? 電気や水道が止まったことは? 食料が無くて飢え死にした人間は?」


「……それはたしかに無いけどよ」


 そんなことは当然だろ、とばかりに不満を隠さない若者たち。


『国家AIアマテラスによって、全国民の情報がリアルタイムで把握できるようになり、効率的な防衛計画と開発が可能になったこと。そしてあらゆるミサイルを迎撃する防空システム千里眼、地下深くに建設された地熱を利用した発電システム、食料生産農場、そして夕那という最強の鉾。これらが完璧に相互機能を果たしているから、日本はいまだに以前のような生活水準を保つことが出来ているんだ。どれ一つ欠けても成り立たないギリギリのバランスの上でな』


「そんなことは知っている。何が言いたいんだ?」


 今エリマッキーが説明したことは、子どもでも知っている。軍人である彼らが知らないはずもない。


『じゃあ聞くが、これらのシステムが誰によって作られ運用されているのかについては?』


 お互いに顔を見合わせ首を振る兵士たち。


『すべて夕暮博士夫妻が作り出し、運用されているものだ。もちろん、私や夕那も。わかるか? すべてだぞ。一つ一つがとんでもない時間と労力をかけて生み出されたものだ。日本の安全保障は彼ら無しでは成り立たないんだよ。もし博士たちが居なければ……今頃日本は間違いなく世紀末、地獄絵図だっただろうよ』


「嘘だろ……いくら天才って言ってもそんな短期間で出来るものなのかよ」 


『博士夫婦は十年前のあの日から一度も寝ていない。自らを機械化することで24時間研究と開発を続けたんだよ。文字通り一日も休むことなく……な』


 衝撃の事実に言葉を失う若者たち。


「ま……マジかよ。でも納得だ。だからこそ、こんな簡単に俺たちを捨てごまにすることが出来る……ぐべらっ!?」


『甘えるんじゃねえっ!! 博士たちはお前たち国民のことを我が子みたいに考えている人だよ。でもな、俺たちだって神さまじゃねえ。千人の被害と百人の被害が同時に想定された場合、千人の被害を優先的に食い止めなければならないことだってある。夕那はな……誰よりも心優しい女の子なんだよ。その子が全国民の命を背負いながら、誰よりも敵兵を殺し、助けられなかった命をリアルタイムで把握できてしまうんだぞ? あの子がなんで無表情なのかお前らにわかるか? 夕那の……あの子の悲しみ、葛藤がわかってたまるかよ!!!!』


「…………」


 エリマッキーの激昂に押し黙るしかない若者たち。



『それとな……私たちは来なかったんじゃない。来れなかったんだ。日本全土をカバーする防空システム千里眼は、夕那というレーザー兵器と連動している。この阿蘇に建設中のベテルギウスが完成するまでは、エネルギー供給の問題で東日本から離れることが出来なかった。万一夕那が九州に来ている間に、ミサイルが飛んで来たら、迎撃できないからな。今回来ることが出来たのは、博士が大容量の移動式電池を前倒しで完成させたからだ。これ以上早く来ることは不可能だったんだよ……』





「……エリマッキー殿、どうか俺たちを思い切り殴ってください」


 一列に並んで頭を下げる若き兵士たち。


『おう、歯ぁ食いしばれよ』


 

 エリマッキーのビンタによって赤く染まった頬。だが、その表情は皆清々しい。





「ずいぶんゆっくり入っていたんだね?」


『ああ、隊員たちと一緒になって飲み過ぎた』


「ふーん……じゃあ私も飲んじゃおうかな?」


『おいおい、夕那は未成年という設定……』


「まあ……たまには酔いたい夜もある……ってね」


 プシュッ 


 ビールの蓋を開けて一気に飲み干す夕那。


「ぷはあ……温泉の後のビールは沁み渡るね」


『それ……ビールじゃなくてエネルギー缶だけどな』


「うるさい。こういうのは気分が大事なの」



『なあ夕那、早く博士たちがゆっくりと眠れるようになるといいな』


「……もしかして酔ってる?」


『……ちょっとだけな』


「ふふ、そう……だね」



 二人が見上げた夜空には、数えきれないほどの星が瞬いていた。



挿絵(By みてみん)

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