第四話 ~冬の大三角計画~
「お帰り夕那、エリマッキー。任務お疲れ様」
今日も任務から帰還した夕那たちを出迎える夕暮朝日博士。
「ただいま、パカセ」
博士は自分の事をパパと呼ぶように言っているのだが、夕那はパパと呼ぶのが嫌なので、ハカセとパパを混ぜて、パカセと呼んでいる。
それでも半分博士の言うことも取り入れているのは、夕那がとても優しい心の持ち主だから。
「またパカセ……か。そろそろパパって呼んでも良いんだよ?」
「絶対に嫌」
がっくりと肩を落とす博士。
夕那は心優しいけれど、自分の心にとても正直な女の子でもある。
「夕那ちゃん、エリマッキーちゃんお帰りなさーい」
「ただいま、ママ」
その一方で博士の研究パートナーで妻の夕暮那都博士のことはちゃんとママと呼んでいる夕那。
「くっ、なぜなんだ……夕那」
『ドンマイ博士、たぶん思春期じゃないか?』
エリマッキーが気の毒そうにフォローを入れる。
「なるほど、一理あるな」
ならば仕方ないかと瞬時に立ち直るところは、さすがに天才。膝から下は生まれたての小鹿のように震えており、全然、ちっとも立ち直れていないようだが。
◇◇◇
「アマテラス……それって以前言ってた冬の大三角計画?」
『ああそうだ夕那。現在稼働中の北海道洞爺カルデラのシリウス、箱根カルデラのプロキオン、そして最後に現在阿蘇カルデラに建設中のベテルギウスが完成すれば、君の作戦行動範囲が広がり日本列島の大部分をカバーすることが可能になる』
巨大なモニターに映し出される黒髪の巫女。国家AIアマテラスが夕那の質問に答える。
夕那のレーザー兵器はほぼ無敵で無尽蔵だが、それを支えているのは、カルデラ内部に蓄積された莫大な熱エネルギーだ。
夕那自身は自己発電によりほぼ無限に活動可能だが、シリウス、プロキオンから転送することが出来る距離は現時点では限界があるため、大量にエネルギーを消費するレーザー兵器が使用できるのは、現状北日本と東日本に限られる。
そのため政府は西日本をカバーするため、第三のエネルギー転送拠点として、ベテルギウス建設を急いでいるのだ。
もちろん、これらは兵器としてだけではなく、発電などのエネルギー全般も担っている。一度完成してしまえば、地中深くにあるため、核兵器でも破壊することは不可能。定期的なメンテナンスだけで半永久的に稼働できるため、ベテルギウスが完成して稼働を始めれば、全国民の電気代は一律無料化されることになっている。
地熱を利用した送電網は全国至る所まで張り巡らされ、冬場の道路凍結や屋根の雪下ろしはすでに過去の話、一年中天候の影響を受けない地下農業も発展、今や食料自給率は150%を超えている。
すでに首都圏や北日本では電気水道無料化が実現しており、地域格差や不満を解消するためにも、冬の大三角計画は、国家の最優先課題として進められているのだ。
「ふーん、わかった。そのベテルギウスが狙われているから、守れば良いんだね?」
『戻って来たばかりだというのにすまない。動くことが出来ない自分が歯がゆくて仕方がないよ』
愁いを帯びた黒髪の巫女アマテラスが頭を下げる。
「ううん、そのために私がいる。でも九州では通常兵器しか使えないけど?」
現在の九州は戦闘の最前線で、電力は常にひっ迫している。建設が遅れているのもそれが原因の一つとなっている。
『わかっている。そのためにパカセに秘密兵器を作ってもらったんだ』
「アマテラス……なんで急にキミまでパカセ呼び? 昨日までパパって呼んでくれていたのに……」
『おそらくは思春期だと思う』
博士の問いに淡々と答えるアマテラス。
天才のこだわりが生み出したAIはある意味で人間以上に人間らしい。後悔はしていないが、パパ大好き機能を付けておけばと博士は心の中で悔し涙を流す。
「ま、まあ思春期なら仕方がない。それよりも頼まれていたもの、出来てるよ」
わんわんわん!!
ヴォンヴォンヴォン!!
「ワンちゃんだ……パカセ、触っても良い?」
ぶんぶんと尻尾を振るもふもふに、瞳を輝かせる夕那。
「いいとも、大きい白い狼がシリウス、小さい小型犬がプロキオンだよ。シリウスとプロキオンには大量のエネルギーを蓄えておくことが出来るんだ。さらには、熱源から直接エネルギー変換が可能だから、太陽光はもちろんだけど、火や温泉なんかからでも補充も出来る。もふもふするときに発生する摩擦熱からでもね。最大火力の継戦能力は期待できないけれど、短期決戦用の切り札としては使えるはずだよ」
「はうう……もふもふ、もっふもふ……」
二頭のもふもふを抱きしめてご満悦の夕那。
「……全然聞いてないね。後でフォロー頼むよ、エリマッキー」
『……わかった。だが私との扱いに差がありすぎてへこむ……』
夕那がエリマッキーをこんな風に抱きしめたことはあっただろうか、いや無い。
「げ、元気出すんだエリマッキー。そうだ!! お前ももふもふにしてやろうか?」
『い、良いのか!? た、頼む、私ももふもふにしてくれ!!』
「わああ……エリマッキーがもふマッキーになった……』
博士の手でもふもふに生まれ変わったエリマッキーを見て、歓声を上げる夕那。
『ふふふ、そうだろう? 特別にもふらせてやってもいい。相棒だからな』
「うーん、でも九州暖かいから嫌かな」
夕那は心優しいけれど、自分の心にとても正直な女の子。
『……博士、元に戻してくれ』
「……わかった」
「……パカセ、これは何?」
見上げるような筋骨隆々の巨人。
「移動要塞ベテルギウスだよ夕那。装備や備品、宿泊施設も完備。陸海空、すべての移動が可能で、簡単なメンテナンスや修理も可能となっている」
今後、離島や遠距離での作戦が想定されるため、以前から開発をすすめていた夕那専用装備だ。将来的に国外へ舞台が移ったとしても、役に立つのは間違いない。
「……怖いから嫌」
だが、見た目が怖い。子どもが見たら間違いなく泣く。そもそも、どこから内部に入れば良いのか? 考えただけでも嫌すぎる。
「そ、そんな……!? 頑張って作ったのに……」
夕那に拒絶され落ち込む博士。
「こんな感じにしてほしい」
夕那が博士に見せたのは、もふもふの大きな猫のバス。
「もふもふか……もじゃもじゃじゃ駄目か?」
巨人の頭はもじゃもじゃ、体毛ももじゃもじゃしている。博士にはどちらも似たようなものにしか思えないのだが……
「可愛くない」
『ガーンッ!?』
激しくショックを受けるベテルギウス。
『は、博士、もふもふにしてくれ……心が折れそうだ』
ベテルギウスは巨体に似合わず繊細なハートの持ち主なのだ。
「うーん、わかったよ。見た目を変えるだけならさほど難しくはないからな」
夕那とベテルギウスに懇願されては断れない。
博士は渋々ながら改造に取り掛かるのであった。
「完成したぞ、夕那、新生ベテルギウスだ」
さすがに猫はまずいだろうと配慮して、見た目はもふもふの羊がモチーフになっている。
「…………」
「ど、どうした!? 気に入らなかったのか!?」
無反応の夕那に慌てる博士。
「……可愛い。ありがとう……パパ」
「そ、そうか……良かったよ。ち、ちょっと待った、夕那今なんて……」
「じゃあ行こうかメエ」
博士の問いかけには答えず、さっさとメエに乗り込む夕那。
『あの……私はベテルギウス』
「何か言った? メエ?」
『……何でもないです夕那』
『気持ちはわかるぞメエ』
南国九州仕様で薄くスリムになったエリマッキーが同情する。
『私なんてデカワンコなんですが……』
狼なのにと落ち込むシリウス。
『私はケダマ……犬要素ゼロですよ』
同調するプロキオン。
「それじゃあみんな九州に向けて出~発!!」
それぞれの想いを乗せて、初めての九州遠征に向かう夕那たちであった。