第二話 ~温泉と女の子の笑顔、どっちが大事?~
20xx年、一発の核弾頭を搭載した弾道ミサイル発射から連鎖した主要都市壊滅と大規模火山噴火によって荒廃し無法化した世界。秩序は失われ、生き残りをかけた過酷な時代はまさに終末世界の様相を呈していた。
そんな中、日本国は無傷とは言えないものの、変わらぬ繁栄と秩序を保ち続けている。
世界に先駆けて、選挙ではなくAIが選んだ人物が議員となり、AIが提案した方針や政策を議員たちが決定するというAI民主主義を導入したことにより、エネルギーや安全保障といった重要課題が最適化され、迅速な改革が可能になったためだ。
そして、そのプロジェクトの中心にいたのが、世紀の天才科学者夕暮博士夫妻。
彼らは、疑似国家人格AI『アマテラス』を開発、AI民主主義という新しい国家運営形態の基礎を作り出したのだ。
そして最大の懸念であった国防面で後れを取っていた日本が国土を維持することができているのは、夕暮博士夫妻の最高傑作である戦闘型アンドロイド『夕那』の活躍によるところが大きい。
『夕那、味方は全員退避完了、プロキオンからのエネルギー転送100%完了、いつでもいけるぞ』
「……うん。すぐに終わらせる」
首元にチェックのマフラーを巻いた一見普通の女子高生。
その髪は冬の空のように灰色で、感情が抜け落ちたように無表情。そんな彼女が両手を前に突き出すと、閃光とともに極大出力のレーザーが射出され、領海に侵入してきた敵艦隊と戦闘機はなすすべもなく一掃される。
わずか10分足らずで戦闘は終了。
『お疲れ夕那』
首元に巻かれたマフラーが労わりの言葉をかける。
夕那が装着しているマフラーは、最新鋭AI搭載のマフラー型人工生命体識別名『MF109』、会話はもちろん伸縮自在のその体は翼となって飛行したり、刃となって敵を倒したり、銃弾を防いだりすることが可能。夕那の良き相棒・サポート役である。
「エリマッキーもサポートありがとう」
そう……夕那と呼ばれた少女、彼女こそ、夕暮博士夫妻が生み出した傑作。
女子高生型戦闘アンドロイド識別番号『YU-NA1107』
国家AI『アマテラス』が頭脳だとすれば、夕那は強力な手足。
最強の頭脳と最強の手足、この両輪によって、日本の国土と平和は辛うじて維持されている。
『今回はほとんど出番は無かったがな。あと私はエリマキじゃなくてマフラーだ』
「まだ諦めてないんだね……しつこいエリマキは嫌われるよ?」
エリマッキーはマフラーであることに誇りを感じているのだが、夕那は気にすることなく、今日もエリマッキーと呼び続ける。
◇◇◇
夕那たちがメインに活動しているのは、北海道だ。
海岸線が広く、頻繁に侵攻を受けているエリアでもあり、防衛網の穴を夕那たちが埋めている状況である。
このところ一進一退の状況が続いていたが、夕那たちの大車輪の活躍によって、占領された都市をすべて奪還、防衛線を本来の位置まで押し戻すことに成功する。
「久しぶりのお休みだね」
『まあ休みといってもメンテナンスがあるから実質半休だけどな』
「贅沢言わない。このところ戦闘ばかりでうんざりしていたから私は嬉しいよ」
夕那とエリマッキーは定期メンテナンスとアップデートのために久しぶりに東京へ戻って来ていた。
『ふう……やっと終わったよ。結構疲れるんだよな、メンテナンス』
「そう? 私はスッキリするから好きだけど。それよりこの後どうするの?」
『そうだな……温泉なんて良いんじゃないか?』
「……また温泉? エリマッキーってばいつもそればっかり。別にいいけど」
『よっしゃ、前から行きたかった温泉があるんだよ。今データ送るからよろしく』
「ふーん……なかなか良さそうなところじゃない」
『だろ? じゃあ早速出発だ』
翼のようにマフラーがふわりと広がると高速振動によって飛翔を開始する。
温泉に向けて順調に飛行を続ける夕那とエリマッキーだったが――――
「……エリマッキー、降りるよ」
『どうした夕那? 温泉はまだ先だぞ』
「ん、ちょっと気になる子がいる」
眼下には広大な緑地に囲まれた由緒正しそうな神社が見える。
『……たしかに様子がおかしいな』
「でしょ?」
国民に装着が義務付けられているタグによって、国家AIアマテラスは全国民の位置情報はもちろん健康状態までリアルタイムで把握している。戦闘時には敵味方の判別や、災害救助の際にも利用されているのだが、この情報は夕那たちにも当然共有されており、緊急度によって随時アマテラスから指令が送られてくるのだ。
特別生命の危険が迫っているとかそういうわけではないのだが、小さな女の子が泣いているとなれば見過ごすわけにはいかない。
飛翔をやめて神社に降り立つ二人。
「ああ……どうしよう……」
年の瀬迫る神社で、震えながら呆然と立ち尽くす女の子。年の頃は六、七歳といったところだろうか。真っ白なウサギのセーターとネコミミの付いた赤いコートを着ている。
「どうしたの?」
夕那は無表情で冷たい印象があると自覚しているので、できるだけ優しく、精一杯苦手な微笑みを浮かべて少女に声をかける。
「あのね……お姉ちゃん、おみくじ引いたんだけど、大凶だったの」
突然声をかけられ少女は一瞬ビクッと驚いたように身体を震わせたが、夕那の姿を見ると安心したように答える。
「……なるほど」
小さな手に乗せられた細長い紙には、たしかに朱文字で大凶と書かれていた。
こんな小さな女の子が一人でおみくじを引くというのは何か事情があるのだろうか?
「気にすること無いよ。大凶っていうのはね、これ以上悪いことはない、今が底っていうことだから」
夕那は少女の頭を撫でながら気にすることは無いよと励ます。
「あのね……お父さんがね……お正月に帰って来れますようにってお願いしたの……だから……」
大粒の涙が頬を伝う。こらえきれなくなったのか泣き出してしまう女の子。
「もしかして……お父さんは軍人さん?」
こくりと頷く女の子。
「わかった。私は夕那、お姉さんに任せて」
そういうことならと真剣な表情でおみくじを引く夕那。
「くっ……大凶!? どうなっているのこの神社は」
神社によっても異なるが、一般的なおみくじの場合、大凶を引く確率は1%程度だと言われている。それが連続で出るとは尋常なことではない。少女を慰めるつもりが、このままでは余計に傷つけてしまうではないか。
なあに、すでに大凶が二枚も出ているのだ。後は上がるしかない。夕那は新たなおみくじへと手を伸ばす。
「凶!!」
「末吉!!」
「吉!!」
「小吉!!」
「中吉!! ふふふ、この流れ……来たわね」
勝利を確信した夕那の目が光る。
「大凶!! なんでやねん!!」
思わずおみくじを地面に叩きつける夕那。
「お、お姉ちゃん……ありがとう。もう良いよ?」
「駄目、諦めたらそこで終わりだよ。未来っていうのはね、自分の力と意志で掴み取るものなんだから」
格好良く言い放つ夕那だが、幼女に気を使われている時点である意味終わっている可能性もある。
「はい、これ。交換してあげる」
おみくじの山を燃やしながら、ようやく出た大吉を手渡す夕那。今時のおみくじは電子決済だから、請求は全て国の負担。ある意味税金の無駄遣いとも言えなくもないが、こんなおみくじを作った神社の責任も問われることになりそうだ。
「あ、ありがとう、ゆなお姉ちゃん」
ようやく笑顔が戻った女の子に夕那のポーカーフェイスも崩れる。
「うん。良い笑顔。神さまはね、笑っている人が大好きなんだ。だからね、そうやって笑っていれば、きっとお父さんお正月に帰ってくる」
「うん!!」
「あ、そうだ名前聞いても良い? お姉ちゃんも神さまにお願いしておいてあげる」
「七星未来。じゃあね、ゆなお姉ちゃん。どうもありがとう」
「どういたしまして、家まで送らなくて大丈夫?」
「うん、家、神社の裏だから」
「そう、じゃあまたね未来ちゃん」
手を振りながら駆けてゆく未来。
「さてと……年末大掃除といきますか。聞いていたんでしょう、エリマッキー?」
『ああもちろん聞いていたさ夕那、あの子の父親の配属先わかったぞ。よりにもよって新潟連隊所属だ』
「新潟……あそこってたしか……」
『ああ……私たちが担当している北海道以外だと最激戦地区だな。戦況を考えたら正月どころか生き残れるかも微妙だぞ?』
「普通ならね。でも私たちなら……行くよエリマッキー」
『マジか……せっかくの休養日だぞ……温泉楽しみにしていたのに』
「温泉と女の子の笑顔、どっちが大事?」
『……わかりました。飛べば良いんでしょ、飛べば』
エリマッキーは、伸縮自在のその体を翼のように広げる。
「急ぐよエリマッキー」
『はいはい、なるはや了解だ』
エリマッキーの翼が高速振動を始めると、あっという間に夕那の身体は大空へと舞い上がる。
超音速を超えるそのスピードも、夕那なら問題なく耐えられる。新潟なら十分もかからない。
『あーあ、それにしても派手にやったな夕那』
無残にも壊滅した敵艦隊を上空から見下ろす夕那とエリマッキー。
「うん、これが大凶パワー」
『……大凶だったのは、敵さんと休日が台無しになった私だと思うがな』
「ねえエリマッキー」
『だからエリマキじゃなくて私はマフラーだと何度言えば……』
「新潟って、良い温泉がたくさんあるんだって。せっかくだし入っていこうか」
『信じていたぞ、夕那』
「あ、でもエリマキは良いけどマフラーは入浴禁止だってさ」
『そんな訳あるかあああ!!』
[マフラーを付けたままの入浴は禁止とさせていただいております]
『……マジかよ……終わった』
絶望するエリマッキー。
「大丈夫だって。すいませーん、エリマキはOKですか?」
「おう、お嬢ちゃん、もちろんOKさ」
「だって、良かったねエリマッキー」
『……解せん』
◇◇◇
「え? 正月、家に帰れるんですか?」
思わぬ知らせに新潟連隊は歓喜に沸く。
「なんでも『灰色神』が降臨したらしい。敵さんは壊滅、当面の脅威は去ったと言えるだろう」
「え……? 『灰色神』ってあの? なんでまたここに?」
『灰色神』はすべてが謎に包まれた防衛省最強の秘密兵器、女子高生型戦闘アンドロイド識別番号『YU-NA1107』通称『夕那』、灰色髪の守護神であり破壊の女神。
「さあな? 俺たち下っ端にはわからんよ。そんなことよりお前も小さい娘が家で待っているんだろ? ほら、さっさと帰る準備するぞ」
「はい!」