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「やっぱり何かあったのね? もしかして…それ…私のせいなんじゃない? ずっとあなたたちをせかしていたから…。そうでしょ? 朋美さん! 私が孫をせがんでいたから…それであなたたちの関係が悪くなったんじゃないの? そうなんでしょ?」
義母は朋美に詰め寄った。
「母さん! そうじゃない…。」
和也が突然声を上げた。
「和也…。」
義母はうろたえた。
朋美は義母をソファに連れて行き、自分もそこへ座った。
「…子供が出来た。」
和也が呟いた。
「え? 子共が出来たって…朋美さんが妊娠したの? ハァ~びっくりさせないでよ。あなたたち私を驚かそうとしたのね、まったく…。年よりをからかうもんじゃないわよ! でも良かった~! 本当言うと私、もう和也のとこは子供が生まれないんじゃないかって、諦めかけていたとこだったのよ。」
義母の喜びようはなかった。
「…違うんだ。朋美は妊娠していない…。」
和也は言った。
「え? どういう事? だってあなたさっき、子供が出来たって言ったじゃ………え? もしかして和也! そういう事なの? ちょっと、朋美さん! 黙ってないで何とか言って!」
義母は朋美の肩をゆすった。
「お義母さま…和也さんと他の女性との間に子供が授かりました。」
朋美は小さく言った。
義母の顔からみるみるうちに血の気が引いて行った。
「…ごめん…母さん…。」
和也は蚊の鳴くような声で呟いた。
「ご、ご、ごめんって…私じゃなくて朋美さんに謝罪するべきでしょ! あなたって子は、何てことしてくれたの?」
義母の目から涙が溢れた。
そして義母は立ち上がり、朋美の前に土下座した。
「ごめんなさい! 息子がしでかしたことは謝っても許されることじゃないけど…。」
「お義母さん、止めてください!」
朋美は義母の姿に狼狽えた。
「だって…だって…。」
義母は震えながら泣き続けた。
「私…和也さんと離婚します。」
朋美は言った。
和也と義母は驚いた顔で朋美を見た。
「後の事は追々やっていくとして、とりあえず早急に私はこの家を出ようと思っています。」
「あ…あなた…そんな自分から出て行かなくても…」
義母は慌てた。
「どういうことだよ、朋美!」
和也は言った。
「…もう…やめましょう! 私たち、自分に正直になった方がいいわ。まだまだ若いと思っていても、人生なんてどうなるかわからない。だったら自分に素直になりましょうよ。」
朋美は言った。
「お義母さま。良い嫁でも無く、孫の顔も見せてあげられなかった私を可愛がって下さり、ありがとうございました。」
朋美がそう言うと、義母は辛そうな顔をした。
「和也…。あなたが愛しているのは絵梨でしょう? もう嘘つかなくていいのよ。」
「俺は君の事だって真剣に愛してきた!」
「そうなの? もしあなたがそうだったとしても…私はそこまであなたの事を愛していなかったのかもしれない。」
朋美は敢えて明るく言った。
和也は言葉を失った。
「最後に私たち、食事に行きませんか? もともと今晩はお義母さまの為にレストランを予約してあったので…。最後の晩餐を楽しみましょう!」
和也と義母はお互い顔を見合わせて朋美の言動に戸惑っていた。
しかし和也には朋美の優しさが分かっていた。
分かっていたけどその事を朋美に感謝する事は朋美を傷つけてしまう事だと分かっていたので、敢えて何も言わなかった。
義母は朋美に申し訳ないと息子の不祥事に罪悪感を感じながらも、まだ見ぬ孫の存在に心の中が暖かくなっていくのを感じていた。
「私たちの結婚生活終了に乾杯!」
朋美は笑顔でグラスを傾けた。




