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ときめきざかりの妻たちへ  作者: まんまるムーン
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 a.m.5時。


 簡単に身支度をして表に出た。外はまだ暗い。


 夫の和也を助手席に乗せて、ひたすら高速道路を走る。和也はまだ眠いのか、シートを倒して熟睡している。


 朋美はお気に入りの音楽を聴きながら運転した。誰にも邪魔されないドライブの時間は嫌いではなかった。


 成田空港まで和也を送った。和也は今日から1週間の出張だ。


 和也を空港で降ろして別れると、帰りのドライブでは、行きがけ遠慮していた音量を思いっきり上げて、歌いながら運転を楽しんだ。


 いい気分だったのもつかの間、そんな気持ちはすぐに萎えてしまった。


 家に帰って間もなくスマホが鳴って、見ると義母からの電話だった。



「ご無沙汰してます、お義母様。」


「朋美さん、お久しぶり。どう、引っ越しの片づけは済んだ?」


「…まだあまり進んでなくて…。少しずつやっている所です。」


「そうなの…。じゃあ、まだしばらくはそちらに行けないかしら…。」

義母は残念そうに言った。


―和也もいないのに、一人の時にお義母さんが来るのはキツイ…。


 朋美は家が片付いていなくて良かったと思った。


「とにかく、一軒家に移れて良かったわ。これからの事を考えると…やっぱりね。」

義母の言葉に無言の圧力を感じた。


 直接朋美に言ってくる事は無いが、和也には早く孫の顔が見たいとせがんでいるようだ。


 朋美は話を逸らすように世間話をして誤魔化した。電話を切るとグッタリした。


 空腹だが自分で用意するのが面倒だ。気分転換に、どこか外で食事をする事にした。すぐに思い浮かんだのが、この間、和也と行ったカフェだった。





「いらっしゃいませ!」

入ってすぐ声を掛けられた。


 この間の同年代の人…研修中の横田さんかと思い振り向いた。しかしそれは店長だった。店内を見回しても横田さんはいなかった。


―今日は休みかな…?


「チキンサンドとソイラテお願いします。」


 この間と同じ窓際の席に座って注文の品が運ばれてくるのを待った。


 外を見ていると、店の前の道路にトラックが停まった。作業員たちが荷台から大きな箱を次々と取り出していた。


 店の中からもスタッフが数名出て行って、運ぶのを手伝っていた。一人、熱心にその様子をチェックしている人がいた。


―横田さん?


 その人は紛れもなく横田だった。


 ここのスタッフの制服は、黒のワイシャツに緑のエプロンだ。下は好きなボトムスを履いてもいいらしく、それぞれジーパンだったりワークパンツだったりする。


 横田さんも前回会った時はその格好をしていた。しかした今日はどうみても普段着だった。


 仕立ての良い白のシャツにグレーのデニム、足元は濃い紫のスエードのローファーを履いていた。目立ったロゴは見えないが、どう見てもハイブランドの物にしか見えない。


―横田さん…オシャレなのね…。でも何で一人だけ私服なんだろう? 研修中の人間が勝手に好きなファッションに身を包んでいると、他の社員から僻まれて嫌がらせされないかな…


 他人ながらも朋美は心配した。男同士の嫉妬の方が、タチが悪いと知っているからだ。


 そんな事を考えていたら横田と目が合った。


 横田は朋美に気付くと「あっ!」と小さな声をあげた。そして朋美の席へやって来た。


「こんにちは! あ…まだおはようございます…でしたね。」

横田は笑顔でそう言った。


「おはようございます。あの…私の事…覚えてるんですか?」


― 一回来た客の事なんて普通覚えていないだろう…。


「…お綺麗な方だったので…。」

横田は首の後ろに手をやって照れていた。朋美は気恥ずかしくなった。


「今日はお休みなんですか?」


「あぁ…、本当は休みだったんですけど、やっぱり気になっちゃって来てしまいました。」

横田は恥ずかしそうにそう言った。


―研修中なのに…仕事熱心な人なのね…。得た仕事を頑張ろうと思っているのね…。

朋美は横田に好感を持った。


「今日はお一人なんですか?」


「…えぇ…主人が海外出張に行ったので…。さっき成田まで送ってきた帰りなんです。」


「そうだったんですか! じゃあ…僕もご一緒していいですか? 実は朝食まだなんで…。」


 横田はわざと苦しそうな顔をして自分の腹を押えた。その様子がおかしくて朋美は噴出した。


「どうぞ!」


 朋美がそう言うと、横田はニッコリ笑ってカウンターへ行った。店のスタッフに何か話すと、自分でドリンクを作って商品棚からクロワッサンとチーズケーキを取り出した。


―あんなに堂々と店の品物を出して大丈夫なの? 後で支払うのかしら? 店長から叱られないといいけど…。


 朋美は他人事ながら心配になった。


「これ、良かったら。」

横田はそう言うと、朋美の前にさっき取ったチーズケーキを差し出した。


「えっ! いや、そんな…」

朋美は遠慮した。


「遠慮しないでください。単なるお礼です。本当なら一人寂しく食べなきゃいけないとこだったので…」


「そうですか…? じゃあ…遠慮なくいただきますね。」

朋美は受け取ることにした。


「改めまして、初めまして! 僕、横田旬と申します。」

横田は丁寧にテーブルに手をついて頭を下げて自己紹介した。


「…クスッ。変な人ですね、横田さん…。」

朋美はおかしくなって笑った。


「良く言われます。今は誉め言葉として受け取ってます。」

横田はニコっと笑った。


「青山朋美と申します。ついこの間、この街に引っ越してきたんです。」


「そうなんですか…。いい街でしょう? きさらぎガーデンヒルズは…。」


「そうですね…。良い街ですよね…。実は…この街に来た瞬間から…ここに住むような気がしていたんです…。」


 今までいろんな街を見て歩いた。素敵な所はたくさんあった。しかし、このきさらぎヶ丘は、どこの街にも感じたことが無い、心が揺さぶられるような、深い縁を感じた。


 そして今、自分はこの街に住んでいる。


「…運命…。」

横田が不意に言った。


「…え?」


「僕もこの街にはそれを感じたんだ…。」


 窓から風が吹き込んで、横田の前髪を揺らした。



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