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「朋美さん、大丈夫? 起きられる?」
横田はカウンターでうつ伏して寝ている朋美に声をかけた。
「…ん…私…いつの間にか寝てたのね。」
朋美は起き上がると酷い頭痛に苛まれた。こめかみに手を当ててマスターが持ってきてくれた水を飲んだ。
「送って行くよ。」
横田は朋美のジャケットとバッグを持つと、朋美を支えながら店を出た。
ホテルのエンタランス前のタクシー乗り場へ行こうとすると朋美が呟いた。
「…家には帰りたくない…。」
横田は朋美をジッと見つめた。
―ま、あの旦那の帰って来る家には戻りたくないよな…。
横田は朋美をロビーのソファに座らせると、フロントへ行き、チェックインした。
カードキーを受け取って朋美の元へ戻ると、朋美は眠りこけていた。
横田は朋美の寝顔を見てクスっと笑った。
「朋美さん、乗って?」
「ん? 何? もう搭乗時間が来たの?」
「プッ? 何、寝言言ってんの! まったく…」
横田は朋美の前にしゃがみ込み、朋美は言われるがままに横田の背中におぶさった。
横田はカードキーを口にくわえて、片手で背中の朋美を支え、もう片方に朋美の荷物を持ち、エレベーターに乗り込んだ。
横田の耳元に朋美の寝息が聞こえた。横田はそれを愛しく感じていた。
「朋美さん、靴脱がすよ!」
「…う~ん。」
やれやれと思いながら横田は朋美の靴を脱がした。
そして朋美に布団をかけてやった。
カーテンを開けると、都会の夜景が煌めいていた。
横田は冷蔵庫からペットボトルを取り出してキャップを開けた。
「朋美さん、水! ここに置いとくよ!」
「…う~ん…」
朋美は顔をしかめて起き上がろうとした。
横田は朋美の体を支えた。
「あれ? 研修中の横田さん! 何でここにいるのぉ~?」
朋美は完全に酔っぱらって目をトロンとさせている。
「ほら、水持って来たよ! 飲んで!」
横田はペットボトルを朋美に差し出した。
「…無理…。そんな事、私が一人で出来ると思ってんのぉ~? 私なんて、なぁ~んにも出来ないクズ女なのよぉーーーーーー!」
―やれやれ…。
横田は憐みの目で朋美を見た。
「そんなにお水を飲ませたいなら、飲ませてよっ!」
朋美は口を尖らせて言った。
横田は溜息をついた。
「ほんとは君が正気な時に、ロマンチックにしたかったんだけどね…。しょうがないな…。」
横田はペットボトルの水を口に含んで朋美のに口移しで飲ませた。
横田は朋美をそのままベッドに倒した。
そして顔を上げ、優しく朋美の髪を撫でた。
「…私、正気よ…」
朋美は横田の目を真っすぐ見た。
「でも…気は動転してる…。」
横田は朋美に言った。
「ちゃんと分かってて、あなたとこうしてるって言ってるのよ。」
「…気持ちは嬉しいけど…君が本当に俺の事を好きになるまで待つよ。」
横田は朋美に優しく微笑みかけた。
―あぁぁぁあぁぁ…勿体ないことしたぁぁぁぁぁぁ~~~!
横田は部屋から出ると、頭を掻きむしった。
そして後ろ髪を引かれる思いでエレベーターに乗り込んだ。
そんな自分に笑いが出てきた。
下に降りると和也がまだそこにいるのに気付いた。
和也も横田に気付くと、まっすぐ向かって来た。
「おい! 朋美をどこにやった!」
いきなり横田の胸ぐらを掴んだ。
「ここに泊まってる。もう寝てるよ。」
「きさまっ!」
横田は呆れた顔で和也の腕を振り払った。
「誰かに奪われそうになると…自分の物だ~って泣き喚く…子供と一緒だな…。」
横田は和也に軽蔑の眼差しを向けた。
「キサマなんかに朋美を奪われる訳ない! 自分の事、何様だと思ってんだ!」
和也は怒鳴り散らした。
「ハイハイ…。じゃね。」
横田は呆れて去って行った。
和也は拳を握りしめて震えていた。




