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ときめきざかりの妻たちへ  作者: まんまるムーン
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「言おう言おうと思ってたんだけどさ、あなた最近いつも帰り遅かったでしょ! だからつい言いそびれちゃってたんだけど…。」


 朝食の後片付けをしながら朋美は和也に言った。


「私ね! 凄い仕事をする事になったの! それがさぁ、もうビックリしちゃったんだけど、あのカフェの…」


「それより週末、空けといてくれた?」


 朋美が話しているのを遮るように和也が話しかけてきた。


 和也はいつになく苛立っているようだった。


「え?」


「言ったじゃないか! たまには温泉でも行こうって…。」


「あ…ごめんなさい。忘れちゃってた…。あ…そう言えば…あのね、今週の日曜日、お義母さまが一緒に食事しましょうって!」


 朋美は旅行の事も義母がやって来ることも今思い出した。



 ハァ…

 和也は呆れた顔で溜息をついた。


「仕事が忙しいのは分かるけどさ、最近、何なの? 俺への気配りなんか無用って事?」

和也はいつになく乱暴な口調だった。


「そんな事言ってないわよ。どうしたの、あなたらしくない…。」


「あなたらしくない…って…だったらどうすればいい訳? 俺はいつも君を女王様のようにあがめ立てなきゃいけないって事?」

和也はさらにキレた。


 朋美は今まで見せたことの無い夫の態度に驚いて何も言えなかった。


「母さんが来ることも、俺、何も聞かされてなかったよね? 先に旅館予約してたらどうするつもりだったんだよ。」


「…その場合はキャンセルだって出来るでしょ?」


「…君にとって、俺たち夫婦の時間は…簡単にキャンセル出来るような物なのか! もういい。」

和也は捨て台詞を吐くと、家を出て行った。


―何なの、あれ?


 朋美は苛立ちで握りしめた拳が震えた。






 駅に向かう道すがら、和也は絵梨の事ばかり考えていた。


 絵梨を想うと胸が苦しくなって、会いたくて堪らなくなった。


 絵梨は電話番号を変えていて連絡もつかない。


 そしてあれから何度も絵梨のマンションを訪ねたが、絵梨とは会えなかった。


 外から絵梨の部屋を見ると、灯りがついているのを見る事は無く、絵梨は不在のようだった。


ーいったい…どこへ行ってしまったんだ。


 和也は深く溜息をつくと、また駅へ向かって歩き始めた。







 朋美は和也が出て行ったあと、すぐに仕事を始めた。


 怒りは治まらなかったが、横田から受けた案件を進めなければならない。


 夕方、その打合せも入っている。


 気持ちを静めるためにキッチンへ行き、コーヒーを入れた。


 コーヒーを飲んでいると、横田の事を思い出した。



 「研修中 横田」



 朋美は横田がくれたネームプレートを眺めた。


―なぁ~にが研修中よ! あの大ウソつき!


 横田の事を考えると、ふと笑みがこぼれた。


 今朝和也から受けたストレスは、いつの間にかどこかへ消え去っていた。


 しばらく仕事に没頭していると、スマホにメッセージが入った。



(大事な話があるの。時間作れない?)


 沙也加からだった。


―妙にかしこまってどうしたんだろう…。まぁでも…打合せの前だったら1時間くらい空けそうだな…。


(2時に○○ホテルのロビーでもいい?)


 朋美はメッセージを送った。


 するとすぐに返事が来た。


 朋美はそれを確認すると、作業に戻った。







「2時に○○ホテルで朋美と会ってくるわ。」


 沙也加はスマホをバッグにしまい、車のエンジンをかけながら助手席の絵梨に言った。


 沙也加は消化しきれていなかった有給を使って、絵梨を実家に連れて行っていたのだった。


 絵梨を沙也加の両親に引き合わせたり、出産する病院を決めたり、いろいろな手筈を整えてきた。


 沙也加の両親は絵梨をまるで自分の娘のように可愛がってくれた。


 絵梨は感謝の気持ちで胸が一杯になった。


「…沙也加。」

絵梨は呟いた。


「何? どうした? 酔っちゃった? 少し休憩する?」

沙也加は運転しながら聞いた。


「…そうじゃなくて。」


「何よ?」


「…やっぱり私も行く!」


「え?」


「自分の口から朋美に話さなきゃ!」


「…絵梨! あんたまだ安定期に入ってないのよ! ストレスでどうにかなったらどうするのよ!」


「だけどやっぱり…こんなのダメよ! 一番苦しむのは朋美だもの。自分だけ安全な場所にいるなんて出来ないわ。ちゃんと自分で謝らなきゃ! お願いだから一緒に連れて行って!」


「…何を言っても無駄なようね…。分かった。一緒に行きましょう。」


 沙也加には朋美にも絵梨にとってもショックが強すぎていいアイデアには思えなかったが、絵梨を止めるのは無理だと諦めた。



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