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「お待たせしました!」
店員が豪華なバラの花束を持って来た。
花束を抱えて歩くのは少し恥ずかしかったが、妻の驚く顔を想像するとワクワクしてきた。
「おっといけない! 子供たちの迎えを忘れる所だった!」
浩太は踵を返すと、駅ビルの中へ戻って行った。
―確かここだったよな…。
エスカレーターで最上階まで登ると、そこはカルチャースクールになっていた。
大小いろんな教室に別れて、様々な趣味や習い事の教室が催されている。
子供たちのダンス教室は、その中でも大きなスタジオで行われていた。
ダンス教室の壁はガラス張りになっていて中の様子を見る事が出来た。
―いたいた! 二人とも、けっこう上手いじゃないか!
浩太は頬を緩ませた。しばらくするとレッスンは終わり、子供たちが出てきた。
「パパ~!」
リクとルイは浩太に抱き着いた。
「何? この花束。すご~い!」
リクが目ざとく見つけた。
「これはママにプレゼントだよ。驚かせたいから、言うんじゃないぞ!」
「は~い!」
浩太は二人の頭を撫でた。
「リクちゃんとルイ君のパパさんですか?」
不意に声を掛けられた。若い女性の声だった。
見ると、凄く綺麗な女の子がニコニコしながら三人の方の前に立っていた。
「パパ、先生だよ!」
―この人が? 先生っていうから、もっと年配かと思ってた…そうだよな、俺の子供の頃からは時代も違えば、習い事も違うもんな。ダンスの先生ともなれば若い人の方が多いんだろう…。大学生くらいかな…。
「初めまして! 高梨ユナです。」
ダンスの先生はお辞儀をした。
「は、初めまして! リクとルイの父です!」
浩太も慌ててお辞儀をした。
「リクちゃんもルイ君も上手ですよ~!」
先生は笑顔でそう言った。
「ユナ先生、ほんと?」
子供たちは先生から褒められて浮かれた。
目を細めて子供たちを眺めるユナ先生を浩太はボーっと見つめた。
「じゃあ、私はここで。リクちゃん、ルイ君、またね!」
ユナ先生はそう言うと、もう一度お辞儀をして教室の中へ戻っていった。
ダンスをしているだけあって、先生は後ろ姿も美しかった。出るとこは出ているのに、ウエストは信じられないくらい細くて、お尻がキュっと上がっていた。
浩太の脳裏に彼女の笑顔がフラッシュバックした。浩太はクラクラする頭を振って我に返った。
「さあ、帰ろう!」
浩太は子供たちを連れてダンス教室を後にした。
―おかしいな…。僕は美人が苦手な筈なのに…。
そう思いながらも頭の中にユナ先生が浮かんでくる。
―いかん、いかん! 家に愛妻が待っているというのにどうかしてるぞ! 今日は結婚記念日だ!
家に帰るとモッコは既に帰っていた。彼女は食事の用意をしていた。
「結婚10周年、おめでとう!」
浩太はモッコの後ろから声をかけた。振り向いたモッコにバラの花束を渡した。
「覚えてくれてたの?」
モッコの顔がパ~っと明るくなった。
「君は忘れてたんじゃないの?」
浩太はイタズラっぽく言った。
「そ、そんな事無いわよ。」
モッコは口を尖らせて言った。
「それから…」
浩太はモッコの手を取ると、彼女の手のひらに小さな箱を置いた。
「え? 何?」
「開けてみて!」
モッコは白いリボンをほどいて、水色の箱を開けた。中に入っているケースを開けてみると、ダイヤの指輪が現れた。
「スイートテンダイヤモンド!」
浩太は笑顔で言った。
「…あり…がとう…」
モッコは涙を浮かべて喜んだ。
―良かった、良かった。お役目完了…っと…。
浩太は満足げに頷いた。そして二階に上がって部屋着に着替えていると、モッコがバタバタと慌ててやって来て、息を切らしながら言った。
「さっきの、動画に撮りたいから、家に入って来るとこからもう一回やって! あら、スーツ脱いじゃったの? もう一回着てくれる?」
感動していた浩太の気持ちは一瞬で覚め、「…了解。」と、顔をこわばらせて言うのが精一杯だった。