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「モッコさん…正直に言う…。俺、あなたの事が好きなんだ!」
輝也は言った。
「モッコさんは…俺の事…どう思ってる?」
輝也は真剣な眼差しでモッコに聞いた。
「…どうって…。」
モッコは返答に困った。
「…嫌い?」
輝也は少年のような目で訴えた。
「…そんな事…ない。」
モッコは俯いて呟いた。
輝也はその言葉にパァ~と顔を赤らめた。
その後ろで出て行くタイミングを逃してしまった沙也加はうずくまって二人の会話に耳をそばだてていた。
― 一体、いつの間にこんな事になっちゃったわけ? 私は絵梨の事で大変だったってのに!
沙也加は輝也に対してもモッコに対しても怒りしか湧いてこない…。
―アイツ…私と別れてモッコと再婚でもしようって魂胆じゃないでしょうね…。
沙也加は後ろから輝也の後頭部を睨みつけた。
「そんな事聞いて…どうするつもりなの? それに…お互いの気持ちを知ってしまった以上…私たち、もう二人でなんか会っちゃダメよ!」
モッコは輝也に言った。
「分かってる! どうしようも出来ない事くらい。モッコさんには大事な家族があるし、それを壊そうなんて思ってない! 俺だって息子がいるから…。沙也加からはいつも虐待されてるけど…。」
―あ? おまえ今なんつった? あたしから虐待されてるだって?
輝也の言葉に沙也加は怒り心頭で、二人の間に割り込んで怒鳴り上げてやろうかと思った。
―しかし、まだ早い…。最後まで話を聞こう…。聞き終わるまで我慢するんだ!
と込み上げてくる怒りを制した。
「…週末の買い物の時間だけでもいいんだ! 今みたいにお茶を飲みながら他愛もない話をしたり、嬉しかったことや、悲しかったことなんか、たまにメッセージを交換したり、それだけでいいんだ! 俺、決して多くを望んでいる訳じゃ無い!」
輝也はモッコに懇願した。
「…沙也加は…私の友達なのよ! 裏切るようなマネ…出来ないわ…。」
モッコは呟いた。
「…そんな…」
輝也は涙目だった。
「私…正直言って…輝也さんが初めてなの! ちゃんと告白してくれたの…。」
モッコは薄っすら涙を浮かべて輝也に笑いかけた。
「誰もね、私の事を好きになる人なんて…いなかった。主人ですら、まぁ、気に入ってはくれたんだろうけど、心底惚れられたって訳じゃ無いし…結婚相手にちょうど良かっただけなのよ…。それでもありがたいって、私の事を選んでくれてありがとう…って、本当に思ったの。だけど…知らなかったなぁ…。誰かから愛の告白をされるのって…こんなにも幸せな気持ちになれるものなのね…。」
モッコはバッグの中からハンカチを取り出し、堪えきれずに流れ落ちてしまった涙を急いで拭った。
「ありがとう! 私の事…好きって言ってくれて!」
モッコは満面の笑みで輝也に言った。
「…モッコさん…」
輝也はモッコの口から次に出てくる言葉に怯えていた。
出来る事なら聞きたくない。しかし、モッコは言った。
「もう、私たち…会うのはこれで終わりにしましょう。」
モッコはそう言うと、輝也に笑顔でお辞儀をして、その場を去って行った。
一人取り残された輝也はその場から立ち上げる事すら出来なかった。
胸を突き刺されるような痛みが走った。
そして頭を抱えたままベンチにうずくまった。
沙也加は立ち上がって、失恋して打ちひしがれる哀れな夫の姿を見ていた。
さっきまで二人を怒鳴り上げてやろうかと思っていたほど怒りや憎しみの感情が煮えたぎっていたのに、何故か今はその気持ちがどこかへ行ってしまっていた。
沙也加は移動販売車へ行き、かなり甘くしてもらったヘーゼルナッツコーヒーを買って、夫のうずくまるベンチへ行った。
「…バカじゃないの。」
沙也加は輝也の横にドカっと座り、コーヒーを飲んだ。
輝也は沙也加が現れたことに驚いていた。
「…もしかして…」
輝也は恐る恐る沙也加に話しかけた。
「全部聞いてたわよ、あんたたちの後ろでね!」
沙也加の言葉に輝也は青ざめた。
沙也加の事だ、ブチ切れて何をするか分からない。
輝也はとっさに身構えた。
しかし沙也加の態度は意外だった。
「…モッコは…たいした女だわ…。人間って…生涯、発情期だってのにさ…。」
沙也加はそう呟くと、フーと息を吹きかけながら、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。
輝也は意外な妻の言動に驚いていた。




