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浩太と子供たちはダンス教室の後、いったん帰宅し、モッコが作り置きしておいた昼ごはんを食べた。
水泳教室までまだ2時間以上ある。
子供たちはリビングでゲームをしていた。
浩太はずっとユナの事を考えていた。
”…何で…”
”何で…パパさんは…私の事が分かるの?”
”ほんとは、立ってるのも辛いくらいなの…。ご飯も食べられなくて…。”
”あ~、やばい、やばい! うっかりパパさんにすがりつきそうになっちゃう!”
浩太の脳裏にユナの潤んだ大きな目が浮かんだ。
そしてその目からはポタポタと大粒の涙がこぼれていた。
そしてユナは涙ぐんだ顔で浩太にクシャっと笑いかけた。
―ああああああああああああああああああ!
浩太は心の中で叫びながら頭を抱えた。
「パパ! そろそろ出かける時間だよ!」
リクが浩太の元に寄ってきた。
時計を見ると3時半を回っていた。
子供たちは楽しそうに泳いでいる。
水泳教室の通路はかなり広く、壁が全てガラス張りになっていて、子供たちが泳いでいる姿を見る事が出来た。
そのガラス壁の前には等間隔にベンチが並べられている。
保護者たちはそのベンチに座って我が子の泳ぐ姿を嬉しそうに眺めていた。
ほとんどが母親で、たいてい3~4人集まって世間話に花を咲かせていた。
浩太は誰も座っていないベンチに腰掛け、ボーっと中の様子を眺めていた。
目は子供たちを追っている筈なのに、頭に浮かんでくるのはユナの事ばかりだった。
浩太は後ろにあった自販機でコーヒーを買い、飲んで気を紛らわそうとした。
が、その時、ふと思った。
―俺…あんなにたくさんユナ先生に渡したけど…家まで持って帰るの大変だよな…。
浩太が渡した袋の中にはスポーツドリンクやジュースのような重量のある物も入っていた。
その時、レッスンが終わって子供たちが水着のままタオルを肩から巻いてやって来た。
「パパ! 今日ね、これからリクレーションするらしいの! ゲームに勝ったら何かもらえるんだって! 参加してもいい?」
「え、そうなの? どのくらいあるのかな…」
「これから30分休憩があって、その後からするって言ってたよ! 一時間くらいするみたい!」
「1時間半…か…。」
浩太は渡りに船と思った。
「分かった! パパね、ちょっと用事を済ましてくるから、リクとルイはみんなと一緒にここにいるんだぞ! 分かった?」
「うん!」
浩太は急いでダンス教室へと向かった。
車で来ていたので、駅の駐車場の中に車を止めた。
―ちょうど夕方のレッスンが終わる頃だ…。
浩太の鼓動は速くなっていった。
教室のある階に着くと、生徒たちが保護者と帰っていた。
ちょうど最後の子が教室から出ていて、保護者と一緒にユナに挨拶していた。
浩太はまっすぐユナの元へ行った。
「…あれ? パパさん…。」
ユナは目を丸くした。
「…あ…どうも…」
浩太は顔を真っ赤にして会釈した。
「どうしました? また何か忘れ物しちゃいました?」
ユナはクスっと笑った。
「…い…いや…その…」
浩太は頭を掻いた。
「先ほど…僕…何も考えずに先生にいろいろ渡しちゃって…」
「そんな! 嬉しかったですよ!」
ユナは浩太に笑顔を向けた。
浩太はその笑顔にまたやられそうになった。
「あんな重い物…先生に持たせて帰らせるなんて…考えが至らず、すみませんでした。」
浩太は頭を下げた。
「あ~! 止めてください! 私、本当に嬉しかったんですから~!」
ユナは狼狽えた。
「あの…僕…今、車で来てるんです。もしご迷惑でなければ、ご自宅まで送らせてもらえませんか?」
「え?」
浩太は頭を下げた。
顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。
恥ずかしくてユナと目を合わせる事すら出来なかった。
「どうぞ!」
浩太は助手席に回り込むと、ドアを開けてユナに言った。
「ほんとにいいんですか? ここまでしていただいて…申し訳ないです…。」
ユナは恐縮した。
「全然大丈夫ですよ! 今、子供たちは水泳教室に行ってて、迎えの時間までまだたっぷりあるし…。」
浩太は車をゆっくり発車させた。
駅地下の駐車場を出て、ユナのマンションのある弥生が丘へ向かった。




