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モッコの夫・浩太は、モッコより3つ年上だ。
地方都市に生まれ、両親共に公務員。子供の頃に開発された住宅街の一軒家に育った。ちょうどその当時のきさらぎヶ丘のような街だった。
浩太は幼い頃から勉強が出来て、高校は県内トップの進学校へ進んだ。そして大学進学と共に上京し、そのままこっちに定住した。
浩太は自覚していた。
自分はイケてない…と。
そして美人が苦手だった。
昔から美人を前にすると緊張してしまっていたが、美人嫌いにトドメをさしたのは、大学時代に頭数合わせで連れて来られた数々の合コンだった。
店に入って相手の女の子たちと顔を合わる時、さっきまでイケメンの友達を見て高揚していた顔が、自分を見た途端、あからさまにガッカリした顔をする。
その一瞬が浩太にとっては堪らなく苦痛で、いたたまれない気持ちになるのだった。席替えで美人な子が自分の隣になってしまうと、申し訳ない気持ちで溢れてくる。
―きっと彼女は僕なんかじゃなくイケメンの隣に座りたかったはずだ。ごめんね…僕なんかの横で…。
そんな卑屈な気持ちになるのだった。
浩太は身の程をわきまえようとした。親切にされても、笑顔を向けられても、これはまやかしだ…決して勘違いしないようにしよう…そう心に誓っていた。
その決意は結果、彼を魔の手から守ることになった。
浩太は就職してから何故かモテるようになった。実家に見合い話がたくさん持ち掛けられるようになったのだ。
相手の写真を見ると、今まで自分の事など相手にもしてくれなかったような可愛い子も多かった。
初めは何故か分からなかったが、状況把握能力に長けている浩太には、次第にその理由が分かってきた。
それは彼が高学歴・高収入だからだ。
浩太は就職氷河期と呼ばれた不幸な時代に就職時期が当たってしまったが、努力の結果、見事公務員一種に合格した。
当時、学生たちの就活は散々だった。その為、結婚なんて考えられない若者も少なくなかった。
浩太は今までの苦労が報われたと思った。堅実に一生懸命生きていれば、きっと神様は見捨てないんだ、と決意を新たに真面目に生きて行こうと思った。
ーそんな自分の努力で勝ち得た今の地位を、この子たちは結婚という安易な方法で乗っ取るつもりなのか…。
浩太は過去の惨めな経験から、彼女たちに対して少し意地悪な捉え方になっていた。
―金や地位が目当ての女なんか、僕は要らない…。
浩太は来る見合いを全て断った。
そんな時、趣味で入っていたテニスサークルでモッコと出会った。
素朴で明るいモッコに浩太は最初から好印象を抱いていた。週に一、二度顔を合わすようになって、モッコの人となりを知るにつれ、浩太はモッコに抱いた第一印象は間違いなかったと確信した。
何事も丁寧だし、嫌な事があってもあまり表に出したり、ましてや人や物に当たったりする事も無い。感情が常に安定している。そしていつもきちんとした身なりをして、所作も美しい。ちゃんとした家庭で育ったのが伺える。
何より、美人じゃないところが良かった。美人じゃないと言ってもブスでは無いし、笑った顔は愛嬌があって可愛かった。
浩太は何度かモッコを食事に誘って、それから正式にお付き合いを申し込んだ。モッコは喜んでそれを受け入れてくれた。
―彼女ならうちの両親も喜んでくれるはず!
付き合って3ヶ月後、浩太はモッコにプロポーズした。
「私…幸せ!」
純白のウェディングドレスをまとった新婦は満面の笑みで微笑んだ。
―完璧な妻だ…。
浩太は自分の妻選びに満足した。そして可愛い子供たちにも恵まれ、妻の実家の支援もあって、人気の住宅街に家を持つことも出来た。
―俺の人生、順風満帆だ!
浩太は自分の生き方は間違っていなかった…と幸せを噛みしめていた。
「課長! 海野課長!」
浩太は部下に声を掛けられてハッと我に返った。
「確認お願いします。」
部下は書類を机の上に置いて自分の席へ戻っていった。
―あれっ! いけねっ! 今日、結婚記念日だ! 忘れてた~! そういや俺たち、今年で結婚10年目じゃないか?
月日の経つのは速いものだ、と浩太は思った。
―10年目というと…あれだな…スイートテンダイヤモンド…。そういやココ、何も言ってなかったな…。この様子じゃきっとココのやつも忘れてるに決まってる! いきなりプレゼントして驚かそうかな? そうだ、ここはキザにバラの花束も渡そうか!
浩太は我ながら素晴らしいアイデアだ、と満足気に何度も頷いた。
―最近のココは、vlogにハマり過ぎててちょっとウンザリだけど、それでも家の事はちゃんとやってくれるし、結婚当初から料理のレベルが下がるどころか上がっている。同僚のとこはどこもろくな飯を食わせてもらえないっていうし、俺はラッキーなんじゃないか? それもこれもココのおかげだな。たまには労ってあげなきゃな。
仕事が終わって、浩太はデパートへ向かった。店員に妻に似合いそうな指輪をいくつか出してもらった。悩んだ挙句、店員お勧めの指輪を選んだ。
そして花屋へ行った。花束を作ってもらっている時、モッコからメッセージが来た。
ココ(帰りに子供たちの迎えにいってもらえない? 私、町内会の会合に出なくちゃいけなくなっちゃって、迎えに行けないの)
海野浩太(いいよ。ちょうど今、帰っている所だから。子供たち、どこなの?)
ココ(駅ビルの上にダンススタジオがあるの。そこにいるから)
海野浩太(了解)