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「…だって…そのネームプレート、研修中って…」
朋美は横田の胸を指した。
「あぁ…これ? ウケると思って…。ハハハ…」
横田はノンキに笑った。
「ハハハって…私の事、騙してたの?」
「人聞き悪いなぁ…勝手に誤解し解いて…。こっちで初の立ち上げだから気になっちゃったんですよ。実際に現場で働いてみないと分からない事も多いし…。」
「あ~、もう心配して損した!」
朋美は脱力して言った。
「やっぱり朋美さん! 俺に気があるんでしょ? そんなに心配してくれるなんて!」
横田は目をキラキラさせた。
「…横田さん、朋美の事、好きなの?」
モッコがもういいかと言わんばかりにケーキにパクつきながら言った。
「大好きですよ~! もう恋焦がれちゃってます!」
朋美はヤレヤレ…とでも言いたげだった。
モッコは開いた口に手を当てて、ニヤニヤして二人を見た。
「言っとくけどね~、この人のご主人、それはもう朋美の事しか目に入ってない感じなんだから! すごく大切にされてるのよ、朋美は!」
モッコは自分の事のように友を自慢した。
「…それは…どうかな…。」
横田は急に真面目な顔で呟いた。
朋美はその表情の変化を目にしたが、たいして気には留めなかった。
「社長!」
カフェの店長が横田の元へやって来た。
「開発事業部の方がお迎えにみえました。」
店長は横田の耳元で囁いた。
「分かった。すぐ行く。」
横田は店長にそう告げると、着けていたエプロンを取り外した。
そしてエプロンに付けていた例の「研修中 横田」のネームプレートを朋美の前に置いた。
「これ…あげます! 僕たちの思い出に!」
横田は笑顔で言った。
朋美はプッと吹き出してそのネームプレートを手に取り眺めた。
「…ったく…ヤレヤレだわ…。」
朋美はあきれ顔で横田を見た。
「じゃあ、また会いましょう!」
そう言ってモッコは朋美の家の前で別れた。
自宅への短い道のり、いろんな想いが頭を巡った。
しかし、ちゃんと輝也に告げなければならないとモッコは決意した。
「ただいま~。」
「ママ、おかえり~!」
家に帰ると子供たちはダイニングのテーブルで宿題をしていた。浩太は子供たちの宿題を見ていた。
モッコに気付くと立ち上がり
「…話がある。」
と神妙な顔をして言った。
浩太はモッコに二階の寝室へ来るように言った。
「…どうしたの? 急に改まった顔して…」
モッコが聞くと、浩太は顔を逸らせた。
「もう、何なのよ?」
モッコは来ていたコートをハンガーにかけながら言った。
モッコはきっと別に大したことではないと高をくくっていた。
「…俺たち…別れよう…。」
浩太は呟いた。
「え?」
モッコは浩太が何を言っているのか理解できないでいた。
「だから…離婚してくれって…言っているんだ。」
夫の言葉にモッコは驚いて振り返った。
浩太は真剣な顔でまっすぐモッコの目を見た。
「…何? 冗談か何か?」
モッコが聞くと、浩太は首を横に振った。
「真剣だ! 離婚して欲しい…。」
突然の夫の言葉に、モッコは今までに感じたことの無かったような衝撃が体の中を駆け巡り、頭が真っ白になった。




