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モッコの朝は早い。5時には起床、すぐに朝食と夫のお弁当の準備に取り掛かる。もちろんカメラのセッティングを忘れずに…。
―その前に…。
モッコは食器棚を開けた。中を物色する。
―これにしようかな…。
北欧デザインの陶器のポットを取り出した。優しい茶色のポッテリとしたデザインが気に入って買った品だ。
―グラスは…。
ガラス製のシンプルな耐熱カップを取り出した。そして下の引き出しを開けて、籐のコースターを出した。そして壁の作り付けになっている棚から四角い籐の籠を取った。
中には輸入食材店で購入したヨーロッパ直輸入のオーガニックハーブティーがたくさん入っている。モッコはその中からモーニングブレンドという袋を取り出し、中のハーブティーをスプーンですくってポットに入れた。
お湯を注ぎ入れると良い香りが部屋中に漂う。その様子を動画で撮影するのも怠らなかった。
あらゆる角度から、そして露出を変えて背景をぼかすのも忘れない。竹製のお盆にポットとカップを乗せると、モッコはリビングの外のテラスにあるテーブルの上にそれらを置いた。
―顔は映らないように…!
持っていく自分の後姿もちゃんとカメラに収めてある。そしてテラスの椅子に座りハーブティーを入れ、ゆっくりとそれを味わった。
引っ越して間もないこの家だが、モッコの頑張りによって家の中は既に整理整頓されてある。
テラスからは、モッコが丹精込めて手入れをしている緑溢れた庭が広がっていた…といっても小さな庭だけど、モッコはそれをとても気に入っていた。
木立の間にヨーロッパ風の淡い色の植物やハーブが無造作に植えられてある。無造作といっても、彼女は雑誌やユーチューブなどで研究を重ね、いかにも無造作に見えるように完璧にデザインしたのだった。
そんな努力の甲斐もあり、その庭は雑誌に出てくるイングリッシュガーデンのようだった。モッコは一通り動画を取り終えると、映像を確認した。
フッ…
自然と笑みが溢れる。
―完璧だわ…。いい動画になりそう!
モッコはポットに残っているハーブティーをドボドボとカップに注ぐと、さっきの優雅さはどこに行ったと言わんばかりに、それをグビグビと飲み干した。
「オッシャー! やるぞ!」
モッコは勢いよくエプロンを腰に巻き付けて紐をキュっと結び、少し出てきた下腹を力士の如くパンっと叩いて気合を入れた。
カメラをタイムラプスに設定して、朝食作りとお弁当作りの様子を撮った。一通り終えると、子供たちと夫を起こしに行った。
シャッ
モッコは子供部屋のカーテンを開けた。朝日が差し込み、部屋は一気に明るくなった。娘のリクと息子のルイが眩しそうに眼を擦った。
「洋服はそこに置いてあるからね! 着替えたら降りてきて!」
二人の子供に笑顔でそう言うと、今度は夫婦の寝室へ向かった。ドアを開けると浩太は枕に抱きついて爆睡していた。
パジャマのズボンが少し下がってお尻が半分見えていた。浩太はその半分はみ出た尻をボリボリと掻いて、そしてまた気持ちよさそうにいびきをかきながら寝入っていた。
モッコはカーテンを勢いよく開けた。夫は眩しそうに顔をしかめると、今度は反対向きに寝返った。
「起きて!」
モッコが起こしても反応は無い。夫は寝ながら右手をパジャマのズボンの中に入れて、またお尻を掻いた。モッコが呆れていると、夫はさらにオナラをした。
「ちょっとー!」
モッコはすぐさま窓を開けて換気した。このままでは埒が明かないと思い、夫の背中を揺さぶった。
「あと3分…いや、あと5分だけ寝かせて! お願い!」
夫は向こうを向いて横になったまま言った。
「5分だけだからねっ!」
モッコはそう言ってキッチンへ降りて行った。
モッコはテーブルにリネンのランチョンマットを4つ並べた。これはモッコが自作したものだ。テーブルはアンティークショップで買った物で、新品では出せない年季の入った風合いがとても気に入っていた。
ランチョンマットの上に朝食を並べた。今日はフルーツをたくさん入れたミューズリーだ。
ル・クルーゼのボウルにミューズリーを入れ、その上からヨーグルトを入れ、さらに牛乳を注ぐ。そして綺麗にカットしたフルーツを彩りよく並べて、庭で積んできたミントの葉を真ん中に添えた。簡単なのにオシャレに見えるこの朝食は、モッコの最近のブームだった。
夫は味噌汁と納豆が食べたいとほざいていたが、和食器はまだ素敵な器を揃えていないので、当分その予定は無い。
モッコは庭から積んできた花を小さなガラスの花瓶に活けてテーブルの真ん中に置いた。
―うん、我ながら完璧…おっといけない! 録画ボタン押し忘れちゃった。しょうがない…最初からやり直してテイク2だ!
動画撮影に夢中な妻を夫の浩太は冷めた目で見ていた。
「ちょっとパパ~! 顔入っちゃってる! 取り直すからもう少し避けて! そうそう! もう一回手を合わせて「いただきます」から初めてね!」
―おまえは映画監督か? やれやれ…。
浩太は溜息をついた。しかしウンザリしながらも気を取り直して妻の指示通りに動いた。こんなところで妻を怒らせてもしょうがない。多少不自由ではあるが、別に大したことではないさ。
浩太は妻への不満に対して、いつもそう自分に言い聞かせていた。