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自転車のハンドルを握る手がかじかんでいた。
モッコは家の車庫の隅に自転車を止めると、両手を擦り合わせた。
―暖かいお茶でも入れよ…。
自転車の籠に入れておいた買い物袋を取り出し、玄関へ回った。
ポシェットの中から鍵を取り出そうとするが、手がかじかんで上手く取れない。
なんとか取り出して玄関を開けた。
リビングのドアを開けると誰もいなかった。子供たちと浩太は水泳教室へ行っているようだ。
昼食用に作り置きしていたおかずを入れたタッパーは空になっていて、食洗器の中へ入れられていた。
―リクがやってくれたのね…。
モッコは微笑んだ。
時計を見ると、すでに2時を回っていた。
―長居しちゃったな…。
モッコは溜息をついた。
買い物袋から食材を取り出して、次々に冷蔵庫や棚へ入れていった。
寒くなって来たので今晩はおでんを作る予定だ。
一通りしまい終わると、湯を沸かした。
モッコは庭に咲いているハーブでフレッシュハーブティーを淹れようと思い、椅子に掛けてあったショールを羽織って庭に出た。
その時、
一台の車がゆっくりと家の前にやってきた。
運転席に座っている男はチラチラこちらを見ながら運転していた。
モッコはその男を見て目を見開いた。
―輝也さん?
運転していたのは輝也だった。
モッコは急いで門を出た。車は少し先で止まった。
窓が開いて、バツが悪そうな顔で輝也が会釈した。
モッコの心拍数は急激に上昇した。
「どうしたの? こんな所で。」
モッコは声を掛けた。
「…いや…その…。」
輝也は頭を掻いた。
「わ、私ね、今、お茶を入れてるところなの。良かったら飲んでいきませんか?」
「いいんですか?」
輝也の顔がパァ~っと明るくなった。
「わぁ…動画で見た部屋だ~!」
輝也は感激しながらリビングの中を見回した。
モッコはその姿を見てクスっと笑った。
「あっ! すみません! いつも動画の中で見ている世界に自分がいるのか~って…その…感激しちゃって…。」
輝也は恥ずかしそうに言った。
「いつも見て下さってるんですか?」
「あっ…いやっ…その…勘違いしないで下さいよ! 僕、ストーカーとか変質者とかじゃ無いですから! ただモッコさんの世界観に憧れているだけで…」
「そんな事思ってないですよ! でも…嬉しいなぁ~…そんな風に思ってもらえて…。うちの主人なんかね、私がカメラ回す度に嫌~な顔するのよ! 露骨に!」
「そうなんですか? あんなに素敵なのになぁ…」
輝也の言葉にモッコの心は温かくなった。
「あの…この辺に用事だったんですか?」
モッコは聞いた。
「あっ…いやっ…その…。」
輝也は真っ赤になって首の後ろを掻いた。
モッコは輝也をじっと見つめた。輝也は意を決したようにモッコを見た。
「実は今朝、息子のオープンスクールがあって、志望校の見学に行ってたんです。」
「そうだったんですか…。」
―どうりでいつまで待ってもショッピングモールに現れなかったのね…。私ったらどうかしてるわ…。
モッコはもしかしたら輝也に会えるかもしれないと思っていた自分が恥ずかしくなった。
「それで…その…。」
輝也の顔は益々赤くなった。
「最近ずっと土曜の朝はモッコさんとショッピングモールで会ってるじゃないですか…。自分にとって…何て言うか…それがすごく癒しというか…つまり…」
輝也は言葉に詰まった。
「…あなたに会いたくなっちゃって…それでその…。」
モッコは輝也の言葉を聞いて頭に血が上った。
輝也も顔を真っ赤にしていた。
―どうしよう…。
モッコの心臓は凄い音を立てて鳴っている。




